第九話 同じ顔で問いかける、愛しい人
「座りなさい」
少佐の部屋に入り、何度も座った馴染みあるソファーを示される。ソファーは、記憶よりもずっと綺麗だった。それが、胸を抉る。レザーがやけに肌に張り付いて、落ち着かない。
「……なにから、話そうか」
椅子を持って向かいに座った少佐が、視線をあげ、軽く息を吐いた。そして、じっとその紫色の瞳にルシアをうつす。少しの変化も見逃さない、と言わんばかりの探るような視線に少しだけ寂しさを感じる一方で、その瞳に自分の姿だけがうつされている喜びに心が躍った。
ずっとこの瞬間を、待っていた。
「ルシア──君は、なにを見ている」
静かな、低い声が部屋の沈黙を破った。投げかけられた予想外の質問に、ルシアの首が傾く。
なにを、見ている……?不審に思われてる?
なんて言ったら怪しまれない?
……だめだ。何を言っても、怪しすぎる。
ルシアは、自分のこれまでの言動を振り返り、頭を抱えたくなった。疑われても仕方がない自分の言動に顔が歪むのが自分でも分かった。
ルシアの表情の変化に、自分の質問の意図が間違って伝わっていることに気づいた少佐が、再び口を開いた。
「君は、私たちを妙に親しげな──嬉しそうな目でこちらを見る。
私と君が会うのは二度目のはずだ。部下たちに至っては初対面。それなのに、だ。
君は確かに、私たちを見ている。
だが、見ているようで見ていない。どこか遠くを見ているだろう?
そして、この家に入ってきたとき。
君は、懐かしそうに目を細めた。そして次の瞬間、絶望に染まった。
誰も、何も言っていないのに。
ルシア。君は、何がしたい?何を見ている?」
「君は──何者だ」
ルシアが大好きだった優しい口調。だがその眼は逃さない、そう語っていた。大好きな人なのに、どこかが違う人。自分の選択で、変わってしまった関係──
「どう……して……」
なぜ、どうして──なんでそんなに、分かるの。
どうして、同じ顔で、同じ声で、優しい声で──そんなことを言うの。
「どうして……か」
ルシアの言葉を中佐がどう捉えたのかは分からなかった。だが、なんと伝えればいいのかが分からない。伝えることが、できない。目の前の大きな手が、ゆっくりと動くのをただ目で追った。少佐の全てから、目を離すことなどできなかった。
「私は、君の言うとおりこの4年で地獄を見てきた。あのときの、初対面のはずの君は、私に起こる未来を確信していたのだろう」
静かな少佐の言葉が、胸へと突き刺さる。
「……知っていて、送り出したのだろう」
静かに告げられた言葉に、思わず身をすくませた。何を言っても、言い訳にしかきこえないだろう。それだけのことを、恨まれる覚悟で、あのときルシアは少佐の背中を押したのだ。
──ただ、自分が共に歩みたいがために。
目の前が真っ暗になる。自分の居場所がないアルグレイ隊に絶望したときとは比べ物にならないぐらいの衝撃がルシアを襲った。
何を言っても、手遅れだ。
傲慢な自分に、バチが当たったんだ──
そう自分に言い聞かせ、ルシアは俯いた。膝を握りしめた指先は、爪が食い込み、白く震えていた。
だがそこへ、予想外の言葉が降ってきた。
その声は優しく、深い、染み入るような低音で。
「だが、私は君を恨んではいないんだ……不思議なことにね」
続けられた言葉は、あまりに自分に都合が良すぎる言葉だった。あまりの都合のよさに、何かの罠か、と思ったが、すぐに頭を振った。
少佐がそんな人ではないことを知っている。ぶつかると決めたときには、正面からぶつかっていく人だ。馬鹿正直なくらいに。
目の前の瞳は、ぶつかると決めたときの瞳だ。今の少佐は、確かにルシアの大佐だった。
どこまでも真っ直ぐで、相手と向き合う人──
黙りこくるルシアを、どう捉えたのだろう。少佐はふっと息を吐いた。それは自嘲するかのようで。
「あまりに、愚かだっただけだ。君と出会った、4年前の自分は。自分の力で守ることができると信じていた。私は知っていたのに。全てを壊したのは、マレディア王であり、軍であると。そう知っていたはずなのにね……」
「私は、両親の……何を見ていたんだろうね」と切なげに笑う顔に胸を締め付けられる。
前世のレオン・アルグレイは、大佐は、こんな顔をルシアに見せたことはなかった。だが、それはそんな感情を抱いていなかったということではない。
ルシアが、それを共に背負うことが出来なかっただけだ。自分が、守られるだけの対象であったばっかりに。
「君は私に、自分がルミナリア王族の生き残りだと、そう告げた。その言葉がずっと引っかかっていた。
その結果が、部下たちのあの態度だ。傷つけてしまって、すまなかった」
「君のことを一度だけ漏らしてしまったんだ。大したことは言っていないんだが、君のことを過剰に警戒してしまってね……二人が何か失礼なことをしたのなら申し訳ない」
そう頭を下げた少佐に、ルシアは慌てて否定する。本当に、ヴァイスさんもリア先輩も何もしていないのだ。
「いや、本当に二人はなんにもしてないよ。私がただ、泣いちゃっただけ。ごめんなさい」
「……そうか。君がそういうのなら、分かった。この話は終わりにしよう」
納得はしていない様子だが、話を進めることにしたらしい少佐は、ルシアに改めて向き合った。
「私は君が、君の主張どおりにルミナリア王族の生き残りだ、という言葉を鵜呑みにしたではない。
信じるだけの、材料があった。
私の両親は、ルミナリア王族の騎士をしていた。ルミナリア王国が滅びたとき、私は10歳。光栄なことに、王族の方々を見かける機会も多かった。
あの日出会った君の後ろにいた女性。あの女性は──エリシア様だね」
その言葉に、ルシアは息を呑んだ。
自分の心臓の鼓動で頭がぐらぐらした。
そして、自分の愚かさを──呪った。
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