第六話 穏やかな、最後の日
アルグレイ隊がフェルンベルクへ赴任してから三日。街は落ち着きを取り戻し、変わらない日々が戻っていた。
変化といえば、定期的にアルグレイ隊の面々が街に現れ、巡回と称して見回るようになったことくらいだろう。治安はわずかに良くなったらしい。もっとも、日中は森に出ていることの多いルシアが、その様子を知ることはなかった。
「ぜんっぜん来ないんだけど。どういうこと?ミア」
「知らないわよ、そんなこと」
「お姉ちゃん、ミアが可哀そうでしょ」
前世と違う点を挙げるなら、ノエルの様子だ。
あの頃はどこか大人びていた弟は、今では年相応にのんびりとしている。可愛げのない自分とは大違いだった。
「早く魔法の練習しなよ、ノエル」
「お姉ちゃんが上手すぎるんだよ。なんでそんなに上手いわけ?」
薬草取りのついでに、森では魔法の練習もしている。教師役はルシアで、母は街の薬屋に残り、調合や販売を担っていた。
初めの頃は母も付き添い、手ほどきをしてくれていたが、最近ではルシアとノエルの二人だけで森を訪れている。二人が成長したこともあり、妖精を持たない母には魔法を教えるのは難しいらしい。
魔法を使えるのは、妖精と契約した者だけ。母のパートナーであった妖精は、ルミナリア王国が崩壊した際に消えてしまった。今の母に扱えるのは、マナを用いた“魔術”のみだ。
そのため、「ルシアが教えたほうがいいわ」と言って、ノエルの魔法の練習はルシアが担っていた。
ルシアが魔法に長けているのは当然だった。十八歳まで生きた記憶があるのだから。
かつての彼女は、ミアと共に阿吽の呼吸で魔法を操っていた。少し感覚を取り戻せば、扱うこと自体に苦労はない。そんな事情を知らないノエルは、わずか一歳差のはずの実力差に不満げだった。
「練習あるのみ。ね、シルフィ?」
名前を呼ぶと、きらきらとした光を纏った妖精シルフィがノエルの肩に舞い降りる。
「そうだねぇ。ルシアの上手さはそれだけじゃないみたいだけどね?」
意味ありげな視線を向けるシルフィに、ミアも小さく頷く。妖精たちは何かを察しているようだったが、それ以上は踏み込んでこなかった。
「さ、早く練習するよ」
「お姉ちゃん、お手本」
「お手本って言っても……私の魔法は水だよ?」
頬を膨らませるノエルに、ルシアはしぶしぶマナを手に集める。液体となって染み出したマナは、水色の金平糖へと変化した。
「はい、ミア。金平糖」
「やったー!張り切りますよっ!」
「いや……そんなに張り切らなくていいよ……」
「遠慮しないで」
妖精たちは、マナを固めた金平糖が大好きだ。魔法の威力の源だと言っていた。
そのおこぼれを狙って、周囲で跳ねていた小人たちにも分け与える。すると彼らはお礼のように、薬草を籠へと集め始めた。
「いくよ、ミア。ウォーターカッター」
「ほい来た!いっけぇぇぇ」
ルシアの声を合図に、ミアが放った水の刃は湖面を裂き、対岸の木々をも切り倒していく。どぉぉぉぉん、と地響きが森に響き、鳥たちが一斉に飛び立った。その光景に、ルシア、ノエル、シルフィの三人は絶句した。
「……お姉ちゃん、やりすぎ」
「私じゃなくてミアじゃん……」
「私じゃないよー、ルシアの魔法だもん」
明らかに出力を誤った。背筋に冷たいものが走る。彼が会いにこない苛立ちが、無意識に混じったのだろう。軽くため息が漏れる。だが、気分は妙にすっきりしていた。
「……誰もいないし、いっか」
「よくないよ……」
「じゃあノエルが直して」
「無理だって!」
時戻り前のノエルならできたのに、と胸の内で呟く。だが、今のノエルには魔法の基礎がやっと固まったばかり。マナを集めて発動する魔術の制御も甘い。
戦闘訓練を繰り返した時戻り前の弟と比べるのは酷だろう。
「ま、練習練習。身体のマナの巡りを意識して。シルフィとの魔法訓練だけじゃなくて、ちゃんと魔術の練習もしなよ?そっちも基礎なんだからね」
「はーい」
間延びしたノエルの返事にクスクスと笑う。
今日も平和だ。
だが、この時間が長く続かないことも分かっている。彼が来れば、すべてが動き出す。そのときが、すぐそこまで迫っていることも。
それでも今は、この穏やかな時間を噛み締める。
「できた!」
ノエルの声に顔を上げると、小さな花が咲いていた。
「やるじゃん!」
飛び跳ねるノエルと、ハイタッチして喜びを分かち合う。
──ずっと、続けばいい。
でも、彼と共に歩みたかった。
同じ未来を描きたい。
それに、この国のことも見捨てられない。この地に住まう、全ての人々のために。
ルシアは、マレディア王によって引き起こされる未来を知っているから。
平和な日々を送るノエルが、ルシアと共に来てくれるかは分からない。それでも、ルシアは進むしかなかった。
「そろそろ帰ろうか、ノエル」
「うん、帰ろう。今日のご飯は何かな?」
「んー。クリームシチュー、食べたいな」
ドワーフたちにより、薬草で満杯となったバスケットを抱える。
「ありがとうねー」
ドワーフたちに手を振ると、元気よく手を振り返してくれた。彼らの目的が金平糖であると分かっていても嬉しくなる。
駆け抜ける風が、ルシアの長い髪をくすぐる。柔らかい風が、二人の背中をそっと押した。
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昨日は私用により投稿ができず大変失礼しました。明日も投稿し、そこからはまた隔日で投稿いたします。よろしくお願いします。
前作【妖精に愛された亡国の王女、少年として軍に潜む】が4月17日完結となりました。そちらもぜひ楽しんでいただければ幸いです。
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