第四十話 氷花、空へ散る
新規連載始めました。
【妖と棲むアトリエ〜挫折した絵描きは不思議な古民家で幸せを紡ぐ〜】
現代スローライフファンタジーです。
妖好きな方は是非!よろしくお願いします。
「相手してくれるの?王女様」
にやにやと楽しそうに笑うブレインの顔から、一瞬だけ視線を逸らした。
その視線の先には、息をのんで見守っている皆の顔と、城を取り巻く、ここまでついてきてくれた人々の姿。
守らなくては。この人たちのために。
そう自分を鼓舞し、ブレインへと向き合い直す。
「ごめんね。消えてね」
「いいよ。消せるもんならね」
その一言を皮切りに、戦いの幕が上がった。
炎と氷が、空中で激突する。砕け散った氷の粒が、炎の光を反射して幻想的に煌めいた。
魔術と魔法。
互いに必殺の力を叩き込み合う、常人では踏み入ることすら許されない領域の戦い。
だが。
ルシアの方が、一枚上手だった。
彼女には、魔法を繰り出すミアがいる。
そして、魔術を操るルシア自身も。
正面から襲い掛かる氷に意識を割かれていたブレインは、背後より迫る炎への反応が遅れた。
それは、彼自身が最も得意としていた炎だった。
故に、一瞬だけ判断が鈍る。
自らが知る炎と、あまりにも似ていたから。
違和感を覚え、咄嗟に振り返ったブレインの視界を埋め尽くしたのは──真っ青な業火だった。
すべてを焼き尽くす、超高温の炎。炎が駆け抜けたあとの地面は、まるでマグマのようにどろりと溶け落ちている。
それは、ルシアの怒りだった。
同時に。
これまで数え切れない命を焼き尽くしてきた彼に対する、せめてもの情けでもあった。
「なっ──」
「さよなら。ブレイン」
それが、最後だった。
呆気ないほど一瞬で、戦いは終わる。
ルシアが背を向けた時には、燃え盛っていた青い炎はすでに消え失せていた。
代わりに、その場へ咲いていたのは大輪の氷花。
死を彩るように。あるいは、せめてもの弔いのように。
透明な花弁が陽光を浴び、幻想的な輝きを放つ。
そして次の瞬間。
氷花は儚い幻だったかのように砕け散り、光の粒となって空へ溶けていった。
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「お疲れ様」
ルシアは、とぼとぼと皆のもとへ戻っていく。
圧倒的な強さで勝利したとは思えないほど、その足取りはどこか頼りなかった。
そんなルシアへ、最初に声をかけたのは大佐だった。
たった一言。それだけで、張り詰めていたルシアの肩から力が抜ける。
「綺麗だったよ」「すごかったね」
大佐の言葉をきっかけに、周囲から次々と労いの声が飛ぶ。
まるで、元気のないルシアを励ますかのようだった。
そんな声に、ルシアは小さく微笑み、顔を上げ──止まった。
その先には、母、エリシアの姿があった。
「ありがとう。……ごめんなさい」
静かに紡がれたその言葉には、数え切れないほどの想いが込められていた。
ルシアは、小さく頷く。
「うん。ありがとう」
涙は流さない。そんな資格は、自分にはないと思っていた。
だけど。静かに涙を流す母の姿を見ただけで。
胸の奥に張り付いていた何かが、少しだけ救われた気がした。
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「ん、もう大丈夫」
ルシアは、パンッと自らの頬を叩き、気合を入れ直す。
ここで止まるわけにはいかない。最後に倒さなくてはならない相手が──いる。
背後にそびえ立つのは、重厚な黒鉄の城。
白亜の石壁が陽光を受けて柔らかく輝き、自然と共にあるような静かな美しさを宿していたルミナリア城とは、あまりにも対照的だった。
マレディア城は、無骨だった。
巨大な城壁は威圧するように空へ伸び、冷たい鉄と鈍色の石で築かれたその姿には、温もりなど、欠片も存在しない。まるで、人を守るためではなく、支配し、押さえつけるためだけに築かれた城。
どこか無駄なく整えられたその造形は、美しさよりも効率と機能性を優先していることを嫌でも理解させてくる。
風に揺れる旗。規則正しく並ぶ砲台。冷え切った空気。
そのすべてが、ルミナリアとは決して相容れない価値観を示していた。
──なにもかもが、相いれない。
「行こう」
城の最奥で待っているであろうマレディア王のもとへ、ルシアたちは静かに歩みを進める。
その行く手を阻む者は、もはや誰一人としていなかった。
先ほどの戦いを見ていたのだろう。
兵士たちは、ルシアたちの姿を目にした瞬間──蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていく。
そこには、王を守ろうとする覚悟も忠誠も存在しない。
ただ、自分たちは命令に従っていただけなのだと。責任などないのだと、そう言い訳するような姿勢ばかりだった。
──ルミナリアとは、まるで違う。
王が崩御して長い年月が経った今なお。それでも国を取り戻したいと願い、人々は集まった。
失われてもなお、人の想いだけは消えなかった。
だというのに。
こんな者たちのために。こんな王のために。
長い年月、多くの王国民が苦しめられてきたのかと思うと、胸の奥から苦い感情が込み上げてくるのだった。




