第三十九話 変わらない彼、変わった私
新連載始めました!
妖と棲むアトリエ〜挫折した絵描きは不思議な古民家で幸せを紡ぐ〜
現代スローライフファンタジー。
可愛い妖たちがあなたを癒します。
ぜひお越しください。
──春。
花々が咲き誇り、山からは暖かな風が吹き抜ける。
そんな明るい季節とは対照的な空気が、ルミナリア城には満ちていた。
集った人々の瞳には、一様に激しい焔が宿っている。
王国軍の制服に身を包む者。冒険者の装備を纏う者。そして、武器など握ったこともないような農民たち。
その姿はバラバラだった。だが、胸に抱く想いだけは違わない。
──王国を、この手で取り戻す。
ただ、そのためだけに、この場へと集っていた。
そして──むせかえるような熱気と熱狂の渦、その中心に彼女はいた。
かつて不安げにたたずんでいた少女の面影は、もうどこにもない。
この人にならば──そう自然と思わせる、堂々たる佇まいだった。
「時は来ました」
ざわめいていた空気が、一瞬にして静まり返る。
「私のあとに続きなさい。誰一人として、傷つけなどさせません」
凛と響いたその声に、場の空気が引き締まる。同時に、人々の胸にはある想いが芽生えていた。
──この王女を、誰にも傷つけさせてたまるか。
彼女を守り抜く。その決意が、確かな熱となって広がっていく。
集った人々へと背を向けた王女が、一歩前へ足を踏み出した。
それは静かな動作だった。だが、その一歩だけで場の空気が変わる。
そして──次の瞬間。彼女の姿は、まるで最初からそこに存在しなかったかのように掻き消えた。
息を呑む間もない。
その後ろを追うように、彼女と共に戦い続けてきた大佐たちが前へ出る。長きにわたり王女を支えてきた王国内では有名すぎる豪華な顔ぶれ。
そんな彼らもまた、迷うことなく彼女が消えた場所へ踏み込み──その姿を消した。
ざわり、と群衆が揺れる。
誰も説明など受けていない。どこへ向かったのかも、何が起きたのかも分からない。
それでも、人々は理解した。
──行かなければならない。
胸の奥底から込み上げる衝動のように、その想いが全身を突き動かした。
彼らに置いていかれてたまるものか。王女だけを戦わせてたまるものか。
理屈はなく、説明できるようなものではなかった。
ただ、彼女たちが消えたあの場所へ進めばいい。その確信だけが、不思議なほど鮮明に胸へ刻まれていた。
なだれ込むように人々が彼らの後を追って姿を消した。
人々が消えたあとのルミナリア城は、水を打ったような静寂に包まれていた。
先ほどまで渦巻いていた熱気が、まるで幻だったかのように。
⸻⸻⸻⸻
王都、グランディア。
マレディア城は突如として現れた大量の人々によって包囲されていた。
彼らの視線は、どう見ても友好的なものではなかった。
敵意を隠そうともしない眼差しが、マレディア軍の兵士たちへ突き刺さる。
だが、誰一人として襲いかかってこない。
ただ、そこに立ち。ただ、こちらを見つめている。
その光景は異様だった。
まるで、何かを待っているかのようで──不気味なほどに静かだった。
「なぜだ!どこから現れた!」
「分かりません!いつの間にか包囲されています!」
情報は掴んでいた。
ルミナリアの廃城に、敵意を持った者たちが集結していること。
その中心には、すでに死んだはずの王太子妃と、その子どもたちの姿があること。
そして昨年から消息を絶っていたアルグレイ隊もまた、そこへ加わっているということも。
「おのれ……裏切りよって」
苦いものを噛み潰したような顔で、司令官が低く呻く。その背後から、鈴のように澄んだ少女の声が聞こえた。
「ふーん。先に裏切ったのはどっち?」
この場には似つかわしくないほど愛らしい声。
──にも関わらず。その声音には、凍えるほどの敵意が滲んでいた。
ばっと振り返った先には、先ほどまではいなかったはずの少女の姿──いや、王女の姿がそこにあった。
司令官は息を呑み、直後には口元を歪めた。
「そちらから来てくれるとは好都合」
突き出した手のひらに、轟、と炎が生まれる。
揺らめく業火は獣のように唸りを上げ、そのまま王女を焼き尽くさんと襲い掛かった。
「おっそい」
王女が指を弾く。
その瞬間、迫り来る炎は跡形もなく掻き消えた。
圧倒的な技術差。そして、一瞬で最適解を選び取る判断力。
勝ち目などないと、本能だけで理解させられるほどの差がそこにはあった。
「まさか、お前は──」
「そう。私はルシア・ルミナリア」
穏やかな笑みを浮かべたまま、ルシアは小首を傾げる。
「ああ、“ルシア・フェルン”って言ったほうが分かる?」
司令官の顔色が変わった。
「“特級魔法使い”って呼ばれてるんだってね。──案内してくれるよね? 司令官さん」
その声音はどこまでも柔らかい。だが、瞳の奥に宿る光だけは凍えるほど冷え切っていた。
気づけば、司令官の身体は薄い氷に覆われている。表面だけを凍らせる精密極まりない魔法制御に、司令官は声を失った。
辛うじて動く目だけで、必死に肯定を示す。
──誰だ。可愛らしい王女などと言ったのは。こんなもの、化け物ではないか。
そんな内心を見透かしたかのように、ルシアは小さく鼻で笑った。
「ま、いいや。あなたじゃなくて──向こうから来てくれたみたい」
ルシアの言葉に、司令官は目だけを動かす。
その先にいたのは、マレディア王家の子息──ブレイン・マレディアだった。
「ひっ……」
情けない悲鳴が喉から漏れる。
死ぬ。殺される。
こんな化け物の前にいては──
そこまでだった。
次の瞬間、視界を埋め尽くすような炎の奔流が迫る。
逃げる暇も、叫ぶ暇もない。
奇しくもそれは、彼自身が得意としていた炎の魔術。だが、その威力は比較にすらならなかった。
自らの魔術を遥かに凌駕する灼熱に呑み込まれ、彼の命は一瞬にして散っていった。
⸻⸻⸻⸻
「味方の命、なんだと思ってるの?」
ルシアは、自らへ襲い掛かってきた炎を氷で容易く打ち消しながら、静かに後方へ視線を向ける。
だが、そこにいたはずの司令官の姿は、すでに跡形もなく消えていた。
部下ごと敵を焼き払う。その程度の判断を、彼らは何の躊躇もなく下す。
──変わらない。
何度やり直しても。どれほど犠牲を積み重ねても。
彼らは、決して変わることができない。
そして。
人一人の命が失われても、何一つ心を動かされなかった自分もまた、変わってしまったのだろう。
ルシアは小さく息を吐いた。
「大佐」
後方にいるはずの彼を呼ぶ。まだ名前で呼ぶことのできない、大切な人を。
「なんだ?」
即座に返ってきた低い声に、ルシアはほっと息を吐いた。
戦場のど真ん中だというのに、彼の声を聞くだけで安心できる。
そんな自分が、少しだけ可笑しかった。
「みんなのこと、任せたよ」
「任された。お前は目の前に集中しろ」
「はーい」
そこに不安は一切ない。ルシアが負ける可能性など、最初から考えてすらいない声だった。
顔を見なくても分かる。今、彼がどんな顔をしているのか。
それくらい、長い時間を共に過ごしてきたのだから。
ルシアは、目の前のブレインへ意識を戻した。ルシアたちの会話を、つまらなそうな顔をしてブレインは聞いていた。
「あなたは、変わらないね」
「変わらないっていうほど、会ってないと思うけど?」
首を傾げる仕草は、どこか無邪気ですらあった。だからこそ、残酷だ。
「あなたから始まったのにね。私の物語は」
「……は?」
「あぁ、クラウゼのこと?」
「んー。あなたがクラウゼさんを騙したのが、ルミナリア崩壊のきっかけなのは間違ってないけど……」
ルシアは小さく首を傾げる。
「──村、焼いてくれたよね?」
「村……?」
ブレインはしばらく考え込むように視線を彷徨わせ──やがて、何かを思い出したように顔を上げた。
「あー、あれか! なんかやたら強い男がいた村?」
「お父さんのこと?」
「お父さん……?ってことは、あいつ王太子だったの?」
へぇ、と面白そうにブレインは目を細めた。
「そりゃ強いわけだ」
「……」
「つまんなかったけど、あれだけは結構楽しかったな」
にやにやと笑うブレインを見て、ルシアの中で静かに苛立ちが膨れ上がる。
少しは。ほんの少しくらいは──罪悪感というものを抱くかと思っていた。
そんな期待をするのはばかげている、そう思ってはいたけれど。それでも──
「やっぱり、あなただけは許せないな」
「ふーん。じゃ、どうするの?」
「消えてもらう」
ルシアの言葉に、周囲がはっと息を呑んだのが気配で分かった。
普段の彼女なら、決して口にしない結論。
だけど。
前回、ルシアは彼を殺さなかった。変わるかもしれない、そんな淡い期待を込めて。
自分の手を汚すのがただ怖かっただけかもしらないけれど。
今回のブレインは、前回と何一つ変わらなかった。
同じことを繰り返し。
罪悪感の欠片すら抱かず、無邪気に、気まぐれのように。
ただ、自分が父親に認められたいという、歪んだ自尊心を満たすためだけに人を殺す。
──だから、自分が今ここで止める。 そう、決めていた。
彼がこれから先も誰かの命を奪い続けるその前に。
ルシア・ルミナリア、最初の殺人。
誰かに命じられたわけではない。自らの意思で、選び取った。
──戦いの幕が、今、落とされる。
明日完結予定です。
よろしくお願いします!




