第三十八話 開かれた扉
「これを、どうしたら?」
フェルへ問いかけながら、ルシアは手の中のティアラを見下ろした。
つい先ほどまで、赤い宝石だったものだ。
王国の崩壊についても気になるところではある。
だが、まずは揃えるべきものを揃えなくては──ということで。
フェルの背に乗せてもらい、国王の肖像画から宝石を取り外した。
するとその途端、宝石はなぜかティアラへと姿を変えたのである。
「男が取り外した場合は、王冠になる仕組みだった」
地上へと降り立ったフェルが得意げに笑うが、そんなことは聞いていない。ルシアは慌てふためき、危うく落としかけたのだ。
──こんな仕掛けを作った人は反省してほしい。
そうフェルへ告げると、「我と初代国王で頑張ったのに……」と、しょんぼりされてしまった。
……なんかごめん。
「三つ、揃ったよ」
フェルへそう言うと、「そうだな」といつもの調子で返された。だが、その尻尾は大きく揺れている。喜びを隠しきれていない白狼に、ルシアは思わず笑みを零した。
「どこに持って行けばいいの?」
「自分で考えろ」
「またそれじゃん……」
考えろと言われても……。
そう思った瞬間、一つの場所が脳裏に浮かんだ。
いつも、この狼がいた場所。
お母さんが好きだったから──フェルはそう言っていた。
けれど、それだけの理由で、ずっとあそこに居続けていたとは思えない。
だって、荒れ果てていた周囲と比べ、あの場所だけ不自然なほど守られていた。
「分かったかも」
にやり、と笑ったルシアを、フェルが面白そうに見つめる。その反応に、ルシアは「多分、当たりだ」と確信を深めた。
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「ほぉ」
歩みを進めるルシアの頭へ乗ったフェルは、ぶんぶんと尻尾を振っている。もはや本当に隠す気があるのかと思うほど分かりやすい。
「あってるでしょ?」
「さてな」
どうやら本人は、きちんと隠しているつもりらしい。
それがなんともフェルらしくて、ルシアは思わず笑ってしまった。
「とうちゃーくっ」
かつてフェルが丸くなっていた温室。
その場所は変わらず、花が咲き誇り、柔らかな陽光が差し込んでいた。
照らされた温室の中央には、よく見ると複雑な模様が描かれた円形の台が設置されていた。その奥には、小さな白い祭壇のようなものが見える。
以前はフェルばかり見ていて気づかなかったし、それ以降、温室へ足を運ぶこともほとんどなかった。
だから今まで、存在に気づけなかったのだ。
「これは……あからさますぎる……」
「むしろ、今までお主らが気づかなかった方が、我には信じられなかったがな」
「教えてくれればよかったじゃん」
「我にも色々あるのだよ……制約というものがな……」
そう言われると何も言えない。
グッと文句を飲み込んだルシアは、祭壇へと近づいた。祭壇には、女神像のようなものが据えられている。
その指先は、まっすぐこちらへ向けられていた。
まるで──そこにはめろ、と告げているかのように。
「ここにはめたらいいの?」
ルシアの問いに、フェルがすっと目を細めた。それが答えだった。
ルシアはゆっくりと像へ歩み寄り、その頭へティアラをそっと乗せた。
そして一つずつ、身につけていたネックレスと指輪を外し、像へとはめ込んでいく。
それはまるで、宝石を捧げるかつての王族のようだった。
すべてをはめ込んだ瞬間──“カチリ”と、鍵が開くような音が響いた。
次の瞬間、円形の台が眩く輝き出し、辺り一面を白い光が包み込む。
強すぎる光に耐えきれず、ルシアは思わず目を閉じた。そして、光が収まったのを感じてそっと目を開く。
そこには、一面の花畑が広がっていた。
「……なっ!」
「久しぶりじゃのぉ……一安心じゃ」
言葉を失うルシアとは対照的に、フェルはほっと息を吐いた。その顔には、ルシアが初めて見る安堵の色が浮かんでいる。
「これって……?」
「精霊国への入り口が開いた。ざっと三百年ぶりかの」
「さ、さんびゃくねん!?」
素っ頓狂な声を上げたルシアを、フェルが呆れたように見上げた。
「お主らのせいじゃぞ? 一箇所にあると危ないとか言って散らばせおって。挙句の果てには、分からなくなるなど……笑止千万だ」
「それは……申し訳ありませんでした……」
ふんっと鼻を鳴らしたフェルに、ルシアは小さく身体を縮こませる
「まぁ……間に合ってよかったな」
「ちなみに、間に合うってなんだったの?」
「国が崩壊すると言ったじゃろうが」
しょうがないな、という顔をしたフェルが、渋々と説明を始めた。
かつてこの国では、十年に一度、精霊国への入り口を開いていたらしい。
マナを補充すると同時に、妖精やドワーフたちも里帰りをしていたのだという。
だが三百年ほど前、その開き方が失われた。以来、入り口は閉ざされたままになっていたらしい。
すぐに影響が出たわけではない。
けれど、長い年月をかけて少しずつ歪みは広がっていった。
妖精やドワーフたちは生きづらくなり、このままではマナを失った王国そのものが立ち行かなくなっていたという。
実際、マナが減っただけでも農作物には影響が出ているのだ。
その先に待つ未来など、想像したくもなかった。
「ま、間に合ってよかったね」
「うむ。我は一度帰ってくるが。お主はどうする?」
「私は……開戦準備もあるし、今は無理かな? っていうか、行けるの!?」
「王族だけな。普通の人間には無理じゃ」
「ちなみに、その宝石を外せるのも王族だけだ。安心しろ」
そう言うと、フェルはルシアの返事も待たず、円形の台へと飛び込んだ。その姿は、水へ溶けるようにすっと消えていく。
「行っちゃった……」
一刻も早く帰りたかったらしい。
──それはそうか。三百年、だもんな。
はしゃいだ様子のフェルを思い出し、ルシアは「仕方ないか」と小さく息を吐いた。
一瞬、自分も触ってみようかと思った。だが、今は皆への報告が先だと思い直す。
……一人で飛び込む勇気はなかった、とも言う。
皆が集まっているであろう会議室へ向け、ルシアは足を進めた。
その背後で、次から次へと飛び出しては駆け去っていくドワーフたちの姿に、ルシアはまったく気づいていなかった。
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「そうか……精霊国への鍵だったのか……」
会議室で先ほどの出来事を報告すると、驚きや喜びなど、さまざまな反応が返ってきた。
しかしその後、王国崩壊の危機が寸前で防がれていたことが明かされると、場の空気が一変する。
皆の顔から一斉に血の気が引いた。
「間に合って良かったね……」
「本当だよね……」
「これは……ルシアに感謝だな」
大佐の言葉をきっかけに、時戻りをしたルシアへ感謝の言葉が次々と降り注いだ。
リア先輩に至っては、抱きしめたまま泣きべそをかき、頬をすり寄せてくる。
「ありがとうねぇ、ルシアぁぁ」
「いいってー。私もお母さん生きてるし、色々いいことあったから」
「ちょっと待って! お母さん生きてるって、死んでたの!?」
ノエルの叫び声に、ルシアはしまったと表情を固めた。
しまった、と思ったがもう遅い。
気にしてはいけないと、頑なに隠していたことを口を滑らせてしまったのだ。
ルシアの発言に、皆の視線が母へと集中する。
当の本人は「あらあら。私、本当はもう死んでたのねぇ」と、呑気に笑っていた。
「ありがとうね、ルシア。おかげであなたたちが大きくなるところまで見れるわ」
その言葉に、ルシアの目からはポロポロと涙が溢れました。
「頑張って良かったよぉ」
「そうね、よく頑張ったわ。あとは王国だけね」
ぎゅっと優しく抱きしめられ、頭ごと包み込まれる。母の目にも涙が浮かび、声もかすかに震えていた。
それに気づいた瞬間、ルシアの涙はさらに止まらなくなる。
「ありがとうね、ありがとう」
泣きじゃくるルシアの背を、母がぽんぽんと優しく叩く。
そこへ、勢いよく駆け込んできたノエルも加わり、三人はそのままぎゅうぎゅうと抱き合った。
その様子を、皆は微笑みながら見守っていた。
そっと目尻に浮かんだものを拭いながら、その光景をただ静かに見つめている。
フェルの一言から始まった時戻り。
業火の中に、たった一人で放り込まれた少女。
母を救い、王国の未来を背負い、それでも歩き続けた。
──そして今、その重さがようやく終わりを迎えた。




