第三十七話 最後のピースがはまる時
「こ、これが……」
その言葉に、机に置かれたネックレスに視線が集まる。確かに、光を閉じ込めて光るネックレスは幻想的でこの世のものとは思えない光を放っていた。
「これ……持って行ってもいいかな?」
「勿論でございます。これは王族のためのもの、どうぞお持ちください」
「目にすることができただけで身に余ります」と目を細めた中将は本当に嬉しそうだ。
「ん、ありがとう」
「ごめんなさいね、ロイス」
「そ、そんな!本当に気にしないでください!」
謝罪を告げた母に、中将が慌てふためく。その様子が強面の中将には余りにも似合わなくて。ルシアは思わず吹き出してしまった。
それを皮切りにクスクスとした笑いが部屋へと満ちる。
反乱にかける重すぎる思いなどまるで感じさせない、穏やかな時間がすぎて行った。
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「それでは」
「頼んだわよ」
中将が母へと深く頭を下げる。
それを皮切りに、一人ずつ中将と固い握手を交わしていく。
言葉は少なくとも、その手には互いの覚悟と健闘を願う気持ちが込められていた。
冬が明ける春──開戦の狼煙が上がる。
あまりにも短すぎる準備期間を前にしても、中将は“可能だ”と言い切った。
時間が経てば経つほど、王国は疲弊していくのだから。
その言葉は、一地方を預かる高官の覚悟として、あまりにも重かった。
ルシアの番となり、中将の前へと立つ。
「お願いします」
ルシアは、そんな中将へ深く頭を下げた。
これから先の彼の苦労を思えば、こんなことなど何の足しにもならないと分かっている。
だが、それでも──。
前回は数年かけたこの道のりを、数か月でやり切ると言い切った彼に、頭を下げずにはいられなかった。
「頭を上げてください、ルシア様。あなた様は、このような場所で頭を下げてよいお方ではありません」
そっと顔を上げる。
「礼を述べるのは、こちらです。私共の先頭に立っていただき、誠にありがとうございます」
中将の目には、涙の膜が薄く張っていた。
彼らの想いも、王国民の未来も、自分は背負っている。
その事実は、胸の奥に沈殿していた黒い感情を、ゆっくりと溶かしていった。
時を戻ってから決して消えることのなかった“憎しみ”が、自分の中から静かに消えていくのを、ルシアは確かに感じた。
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ルシアたちは、程なくしてルミリア城へと戻った。
城の外観こそ変わらないものの、必要最低限の部屋は、ミアとシルフィの魔法によって元の姿を取り戻している。
「ねぇ……」
「……なんだ?」
ルシアは、自室でくつろぐ白狼へ声をかけた。
城へ戻ってからというもの、フェルは部屋と温室を行き来しており、ほとんどルシアたちと行動を共にしていない。
もっとも、ルシアたちも開戦準備に追われており、それどころではなかったのだが。
「あと一つ、どこにあるの? 知ってるんでしょ?」
「自分で探すことだな」
くぁ、と退屈そうに欠伸をしたフェルは、答える気など微塵もないまま、再び丸くなる。
「見つかるはずないじゃん」
「そんなことはない。お主が見つける気がないだけじゃ」
ヒントはやったぞ、とでも言いたげにフェルは目を閉じた。
──見つける気がないだけ……?
つまり、どこか見つけようと思えば見つかる場所にある……?
フェルの思わぬヒントに、ソファへ腰を下ろしたルシアは、顎に指を当てながら思考の沼へ沈んでいく。
「そういえば、精霊国への入り口ってこの城にあるんだっけ……? でも、どこに……? 一通り見たけど、そんな場所なかった……」
ぶつぶつと呟くルシアを見ながら、フェルの耳がぴくりと動く。
だが、考え込んでいる本人はまったく気づいていなかった。
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ギィッ──と重い音を立て、重厚な扉が開く。
「当たり前みたいに、あったりして……」
帰ってきてからというもの、王の間にはほとんど足を踏み入れていなかった。
静まり返った空間に、ルシア一人分の足音だけが響く。
「灯台下暗し、っていうし……?」
静けさを誤魔化すように呟きながら、ルシアは部屋の隅々まで視線を巡らせていった。
高級そうな絨毯に、ずらりと並ぶ甲冑。今にも動き出しそうな石像。かつては華やかな花が生けられていたのだろう、砕けた大きな花瓶。
何もかもが、今なお息づいているような場所だった。
「うーん……やっぱりないよねぇ」
一通り部屋の中を見回したルシアは、小さく息を吐く。
「はぁ……どこにあるわけ?」
ぽすり、と。
なんとなく玉座へ腰を下ろした、その時だった。
視界の隅で、何かがきらりと光った。
「ん?」
玉座に座ると、真正面に見える扉──そのすぐ上。
描かれていたのは、初代国王と王妃の肖像画。
そして国王が戴く王冠の中央に、それはあった。
気づいてしまえば、なぜ今まで気づかなかったのかと思うほど堂々と。
だがきっと、玉座に座った者にしか見えないのだろう。
立ち上がり、少し横へずれる。
すると先ほどまで見えていた宝石は、何事もなかったかのようにただの絵へと変わっていた。
「え……あれって……」
「やっと気づいたか」
不意に、頭上からフェルの声が降ってきた。
「え……?どうして?」
空から舞い降りた精霊は、玉座の前に立ちすくんだルシアの目の前へと姿を現した。
「そうやって、歴代の王たちが息を呑むのを楽しみにしていたのだ」
ククッと笑い、目を細めたフェルは、どこか懐かしそうに遠くを見ていた。
「気づかないかと思ったが、間に合ってよかったな」
「……何に?」
「この国の崩壊に、だ」
普段と変わらない口調。
だからこそ、その言葉は重く王の間へと響いた。
なぜルシアが戻されなければならなかったのか。
その答えのすべてが、今の一言に込められていた。




