第三十六話 赤い石のネックレス
起動したゴーレムが、ゆっくりとルシアたちへ顔を向ける。広いはずの広間ですら、ゴーレムの巨体のせいで狭く感じられた。
ゴーレムが動き出した瞬間、ルシアの意識も戦闘へと切り替わった。
「来るよ」
ルシアの声が落ちたとほぼ同時、ゴーレムが地面を蹴った。
その動きは巨体に似合わず、素早く、軽やかで、手に持つ剣から繰り出される斬撃は重いことを既にルシアは知っている。
ならば──その動きを止めるだけ。
ゴーレムがグレインさんに斬りかかろうと地面に足をついた瞬間、ルシアは魔法を発動した。
「ミア、凍らせて」
「久しぶりのミア様の出番ねっ!」
昨晩、金平糖を大量に貰ってマナを蓄えたミアは、やる気十分だ。以前対峙した時に比べて、ルシアの魔法の腕も格段に上がっている。
負ける気は全くしなかった。
ミアが宙を舞うたび、世界が凍りつく。
まるで、空間そのものが凍りついていくような光景だった。
ミアが本気で魔法を使うところを初めて見た面々は、息を呑んだ。
──まるで、天災だ。
足元からピシピシと音を立て、凍りついたゴーレムの赤く光った目だけが異様に浮いている。
誰もが凍りつく中、ただ一人通常運転であるルシアの軽やかな声が宙を駆けた。
「クラウゼさん、仕上げよろしく!」
「……っ!あ、ああ!」
クラウゼさんの風が剣となってゴーレムを襲う。身体の芯まで凍りつかされたゴーレムは、あっさりと砕け散り、その目から光が失われていった。
前回は危機一髪で倒したゴーレムは、ルシアとミアの魔法によって呆気なく崩れ落ちた。
満足げに服の埃を払うルシアとは対照的に、一同は言葉を失っていた。
「ねぇ……これ、姉さんがいれば王国手に入るんじゃ……」
ポツリと零れたノエルの呟きが、静寂へと沈んでいく。
その小さな声は鉱山の中に反響し、虚しく響いた。
⸻⸻⸻⸻
「ここら辺なんだけどなー」
呑気に壁のスイッチを探すルシアに対し、疲れた表情をした面々の足取りは重い。
可愛らしい顔をした王女様が、一番怒らせてはまずい相手だったのかもしれない──と内心で冷や汗をかく。
そんなルシアに「許さない」と明言されているマレディア王に、若干の哀れみを抱いてしまったのは仕方がないことだろう。
「あ、あった!」
ルシアの明るい声に注目が集まる。ルシアが嬉しそうに指差した先には、確かにわずかな壁の凹みが存在していた。
そこへ、いつの間に取り出したのか、ルシアがゴーレムのコアだった赤い宝石を嵌め込む。
“ゴゴッ”という重低音と共に、壁がゆっくりと動き始めた。
開けた空間には、中央に大きな赤い石のはまったペンダントが鎮座していた。
「みんなーあったよ!……あれ?」
クルリと振り向いたルシアは、一同が疲れた表情をしていることにやっと気がついた。
「なんか……疲れている……?」
コテン、と首を傾げたルシアに、大佐が「いや……大丈夫だ……」と首を振る。気にしても仕方がないと息を吐き、ペンダントへと視線を向けた。
「それがお目当てのネックレスか?」
「うん、これだよ」
変わらない姿のペンダント。ブリリアントカットが施され、僅かな光を浴びた宝石は、その内に光を閉じ込め光を発しているように見えるその装飾具は、不思議と目が吸い寄せられる。
「なんだか不思議なペンダントだな……」
「そう。首にかけてても全然肩凝らないんだよ」
「いや……そういうことではなかったんだが……」
意図したことと違う答えが返ってきて若干困惑していたが、気にしないことにしたようだった。
「それで?これを持って帰ればいいのか?」
「うん。取り敢えず中将に持っていかなきゃね」
台座からペンダントを手に取る。“しゃらり”と、微かな音が静かな空間に響いた。
そのままリュックに仕舞おうとした瞬間、リア先輩の鋭い言葉が飛んでくる。
「ルシア?分かってるよね?」
「あ……はい」
仕舞おうとした、なんて言えない。
ホックを外して首に掛けようとしたが、うまく嵌まらない。
すると、すっと寄ってきた大佐が髪を掬い上げ、そのままチェーンのホックを嵌めてくれた。
「誂えたように似合うな」
その言葉に、ルシアはひゅっと息を呑んだ。
かつての彼と同じ言葉を、彼は昔と変わらない声音で口にした。その瞬間、胸の奥がきゅうっと締め付けられる。
切なくて。嬉しくて。
どうしようもなく、愛おしかった。
泣きそうになって、慌てて俯いた。
「ルシア、帰ろー?」
リア先輩の明るい声に、慌てて顔を上げる。リア先輩は、動かないルシアを不思議そうに見つめていた。
それに慌てて笑みを返し、ルシアは小さく笑う。
「うん! 帰ろ!」
「似合うわね」と優しく頭を撫でられながら、のんびりと足を進めた。
──その姿を、大佐だけがじっと見つめていた。




