第四話 遠い戦場、変わらない想い
穏やかな春の日差しが差し込む朝。
フェルンベルクの小さなアパートの一室では、三人の親子が朝の準備に勤しんでいた。
ルシア、10歳。ノエル、9歳。
あの日から、三年の月日が流れていた。ここまでの時間が流れることになろうとは、ルシアも想定外だった。街で漏れ聞こえる噂によると、レオンは順調に武勲を上げているらしい。出会った時には少尉だった階級も、今では少佐になっていると聞いた。
それが、喜ばしいことなのかどうかは別として。
今もこの空の下、血と土に塗れた戦場を駆け抜けているであろう男を想う。
三年の歳月は、あまりにも長かった──
「ルシアー、準備できた?」
「うん、大丈夫。行けるよ!」
前世(ルシアは、年戻り前のことを前世と呼ぶことにした)では弟と二人、孤児院で身を寄せ合って送った幼少期も、今は母と三人、穏やかで温かい時間を送っている。森で薬草を集め、それを母が調合する。母に薬師の腕があることは知らなかったが、父と出会うまでは薬師として有名だったらしい。おかげでルシアたちは、裕福とまでいかないものの、お金には困らない程度の生活を送ることができている。
このまま、ここで──
幸せな日々に、そう思ってしまいそうな自分と、それではいけない、と葛藤する毎日。
「早く、帰ってきて──」
三年も会えていない人。その人を支える頼もしい仲間たち。かつて戦場を共に駆け抜けた仲間は、きっとレオンの元に揃っているだろう。きっと、彼を支えてくれている。
少しでもいいから、顔を見たい。
フェルンベルクを離れることのできないルシアには、叶わない願いだとは分かっているけれど。
それを、選んだのは自分だ。
分かっていても、胸を締め付ける想いが消えることはなかった。戦場で生き抜く仲間たちとは対照的に、自分だけが幸せな日々を過ごしている。その現実は、想像した以上にルシアを苦しめていた。
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「ルミナリア王族……か……」
その頃のレオンは、東部の都市、アイゼンシュタットの近く。その戦場に、彼はいた。
満月の晩。ふと思い出したのは、同じ色の瞳を持つ少女の姿。自分のことを王族だと言い、これからレオンが絶望をすると言い切った少女。
「何者なんだ……」
彼女に急かされるように向かった戦場。その戦場で自分は、彼女の宣言どおり絶望を知った。
絶望という言葉では、言い表せない現実。それは生き地獄のようで、心を殺したレオンは人形のようになった時期もある。
護るために得た魔術で、兵も民間人も関係なく地獄へ突き落とした。ただの虐殺兵器と見なされ、上が指示を出すまま手を血に染める日々の中で、レオンは決意した。
この国を、変えてみせる──
人を人とも思わない所業を繰り返す国の全てを、ひっくり返す。それが、自分にできる唯一の罪滅ぼしだ。そう、決意した。
それからレオンは変わった。上官たちへもうまく立ち回り、立場を得た。信頼できる部下を集めた。その数は、他の将官たちに比べて格段に少ない。それでも、心から信頼できる者しか近くには置かなかった。
まだまだ力が足りない。人脈も、部下も。
成そうとしていることを考えれば、焦るわけにはいかない。だが、ゆっくりしている時間もなかった。
最後の鍵は、フェルンベルクにいる。
「王族の、生き残り──か」
国をひっくり返そうとする自分にとって、喉から手が出るほど欲しい大義名分。
仰ぎ見た満月は、眩しいほどの光を放っていた。まるで、自分が太陽かと勘違いしているかのような姿に、自分を恐れることなく堂々と言い放った彼女が重なった。
「待っていろ、ルシア・ルミナリア」
目を細め、空に浮かぶ月を睨む。輝く月の周りには、きらめく星たちが瞬いていた。
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「レオン・アルグレイが赴任するらしい」
「アルグレイ隊が帰ってくるって!」
娯楽の少ない街の人々にとって、街を巡る商人たちの情報は数少ない楽しみの一つだ。レオン・アルグレイが率いるアルグレイ隊は、容姿良し、商人や街の人々、子どもたちへの愛想も良く、気を遣ってくれる。そんな話が様々な商人たちから流れ、信頼に変わっていた。人々の中で密かに人気を得ていたアルグレイ隊がフェルンベルクへ赴任するとあって、街全体が浮き足立っていた。
「レオンさん、帰ってくるのね」
きゃっきゃと噂していた女の人たちをルシアが横目で見ていると、隣で歩く母が話しかけてきた。
「長かったわね……四年?よく待ってたわ」
ルシアは、待っている、なんて一言も言ったことはないし、そんな行動をとった覚えもない。それなのに母にはお見通しのようだった。温かい眼差しを向けられ、身体がむずむずする。
「待ってなんかない」
ふんっと息を吐き出し、そっぽを向く。頰が赤くなっているのが自分でも分かったが、他に誤魔化しようがなかった。
「レオンって誰のこと?時々お客さんたちが話してる軍人さん?お姉ちゃんたち知り合いなの?」
ノエルはあの晩のことを、すっかり忘れてしまったらしかった。ルシアたちも刺激を与えるようなことをしたくなくて、あの晩のことを話題に出すことはない。
「昔ね、会ったことがあるのよ?」
ふふっと笑って答えた母は、意味ありげにルシアを見る。その視線に、ルシアは気づかないふりをした。
「会いに来てくれるといいわね」
二歩前を歩くルシアに、そっと優しい言葉がかけられる。
「会いにくるよ、絶対」
そうなるように言ったのだから。絶対に彼が会いに来てくれるように。神様が与えてくれた一度きりのチャンスを、ルシアは逃すつもりはなかった。だから宣言したのだ。不審がられることを承知で。
「……遅い」
ぼそり、とこぼしたルシアの言葉は、後ろを歩く母にもしっかりと聞こえたらしい。クスクスと笑う声がルシアの背中を追いかけた。
ルシア、10歳。ノエル、9歳。
あの日から、四年の月日が流れていた。
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前作【妖精に愛された亡国の王女、少年として軍に潜む】が4月17日完結となりました。
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