第三話 絶望へ送り出す選択
「貴方は、これから絶望を知る。
その意味がわかったら──会いに来て。フェルンベルクで待ってる。
私の名前は、ルシア・ルミナリア。
マレディア王に滅ぼされた、ルミナリア王族の生き残りよ」
ルシアの宣言ともいえる発言に、レオンは目を見張った。息の仕方も忘れてしまったのか、目を見開いたまま微動だにしない。
次第に明るくなり始める空を見て、ルシアはリミットが近いことを悟った。この人を早くフェルンベルクへ──そうでないと、なにもかもが変わってしまう。
「どういうことだ……ルミナリアの、王族だと?だが……」
掠れた声を絞り出したレオンに対し、ルシアは、それ以上何も伝えなかった。
ただ、首を振って、「フェルンベルクへ帰って、今はそれしか言えない」と言ったきり、口をつぐんだ。
早く、帰ってほしい。そう思っているのに……行かないで、と幼い自分が心の中で叫んでいた。
行ってしまえば、彼は変わってしまう。自分が守ればいい、すべてを妖精の力で。
そう叫ぶ自分と。それでも、共に肩を並べて歩きたいと思ってしまう自分がいた。
自分が好きになった彼は、綺麗ごとだけを語る人じゃない。
全てを飲み込み、苦しみ、それでも前を向く。仲間を愛し、命を懸けても守ろうとする。誰よりも国民を大切にしようとする。
そんな彼が──好きだった。
そして、彼に救われたのは、自分だけじゃない。これから向かう戦場で、レオンは彼らを救うのだ。ルシアの我儘で、ほかの人の未来まで変えることはできない。
苦しむと分かり切っている場所に送り出さなければならない自分が、嫌になる。それでも、ルシアは選んだ。
「……朝になるわ」
そっと背中を押すように呟いたルシアの言葉に、レオンは目を見開き、はっとした様子で明るみ始めた空を見上げた。ぐっと手を握りしめ、ルシアをじっと見つめる。
「フェルンベルクに……本当に、いるんだな」
ルシアをじっと見つめた瞳には、疑いの色が浮かんでいる。必ず居ろ、そう念を押すように繰り返された言葉に、ルシアは小さく頷いた。
「ええ、必ず」
その言葉にぐっと顎を引いたレオンは、踵を返し、慌ただしい足音を立てながら去っていった。緑が深い森の中では、大きな背中はあっという間に木々に隠され、見えなくなった。ざくざくと葉を踏みしめる足音が、次第に遠ざかっていく。
「気を付けて」
聞こえるはずのない声を、見えない背中に向かってそっと呟く。
──最低だ、私。
今更になって滲みかける視界に、ぐっと奥歯を噛み締めて堪える。土で汚れた服の袖でごしごしと目をこすった。その頭を母であるエリシアが優しくなでた。
母は、レオンと向き合うルシアを止めなかった。ただ、その様子をじっと見守っていた。それは、娘を信じる母の強さだった。
「ルシア……あなたは、ルシアなのよね」
ルシアであること──自分の娘であることは疑っていない、ゆっくりとした優しい口調。それでも敢えて問いかける、意図。
ルシアは、母の想いに応えなければならない。
「私は、ルシアだよ。ルシア・ルミナリア。お母さんと、お父さんの娘だよ」
その事実は、何も変わらない。それがたとえ、ルシアは18歳まで生き抜き、7歳に戻されたルシアであったとしても。
「でも──」
その続きを、言うことはできなかった。
時を戻ってきた、そう言おうとした言葉は音にならない。必死に動かす口からは空気ばかりが漏れ、声を出すことが出来なかった。
ルシアの様子に、エリシアは小さく笑った。何かを、諦めたように。
「そう。あなたも、妖精に……精霊に愛されたのね」
「その内容は、きっと人に伝えることはできないわ。精霊から守られているもの」とエリシアは続けた。その言葉に、ルシアは目を見開いた。
「なんで……?」
「なんでって、私だって一応ルミナリア王族の端くれよ。なにがどうしてルシアがこうなったのかは分からないけれど。あなたは精霊に愛されたのね。なにかを、頼まれた?」
そういえば、最後にフェルは何と言ったか。足りない、集めろ──そう告げられた気がする。
こくり、と頷いたルシアに、ふふっと母は優しく笑った。
「そう。それなら、頑張らないとね」
なにかを噛み締めるように、母はしばらく目を瞑っていた。ゆっくり瞼を上げたとき、その目には強い光が宿っていた。
「胸を張りなさい。そして、強く生きなさい」
「それが、あなたの生まれた意味よ」
そうほほ笑んだ母は、王族の顔だった。
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