第三十四話 アイゼンシュタットから上がる狼煙
部屋にいる誰もが、ルシアが口を開くのを待っていた。
「アイゼンブルクへの願いは二つ」
ルシアの向かいに座った中将の喉が、大きく上下するのが見えた。よく見れば、膝の上で握られた拳も震えている。
この人も、こんなふうになるんだな──と、ルシアは少しだけ肩の力を抜いた。
「一つ目は、アイゼンシュタットの鉱山への立ち入り許可」
「鉱山……ですか?」
怪訝そうな中将の顔には、「何のために?」という疑問が色濃く浮かんでいた。それに対し、ルシアは意味ありげに微笑み、ゆっくりと口を開く。
「ルミナリアの王族しか入ることのできない場所がありますね?」
ルシアの言葉に、中将が目を見開く。思わず母へ視線を向けたものの、「私は知らなかったわよ。ルシアが知っていたの」と返され、ゆっくりとルシアへ向き直った。
「“鉱山の奥に、閉ざされた扉あり。妖精に愛されたルミナリアの民のみが開く”──そうですよね、中将?」
その言葉が、決定打となった。
“恐れおののく”という言葉が似合うほど、中将は目を見開いていた。
まるで信じられないものを前にしたような表情だ。だが、その瞳の奥には確かに好奇心も見え隠れしている。
──変わらないな。
そのことが妙に可笑しくて、ルシアは小さく笑みを漏らした。
「許可をくださいますね? 中将」
「はっ。ぜひ、お持ち帰りになるのであれば、わたくしめにも拝見させていただけますと幸いです」
「分かった
二人にしか分からないような会話になってしまったが、赤い装飾具の存在については事前に皆へ伝えてある。
目配せをすると、皆も力強く頷き返してくれた。
「ありがとう。明日、早速行ってくるわね」
「はっ。かしこまりました。案内の者はお付けいたしますか?」
「いらないわ。目立つもの」
一つ目のお願いはこれでよし。
問題は二つ目だ。
中将がどこまで動いてくれるかで、今後の動きやすさは段違いに変わってくる。もはや、この先は中将にかかっていると言っても過言ではなかった。
金、人、流通──。
その全てを握っているのが、目の前の男なのだ。
ルシアは深く息を吸い、中将へ向き直った。
「二つ目のお願いなのだけど」
「はっ。なんでしょうか」
”二つ目”という言葉に反応し、中将も姿勢を正した。
一つ目は、アイゼンブルク家に伝わる口伝について。それは、たとえ王族であっても知るはずのない内容だった。
だからこそ、中将が二つ目にも警戒を強めているのが分かる。
そして残念ながら、その予感は外れていなかった。
「私たちは、ルミナリア王国の復興を目指すわ」
その言葉に中将は目を輝かせた。
──あれ?予想した反応と違う?前のときは結構渋ったんだけどな……
そう思ったが、前回とは違い母がいることを思い出した。つまりは、信頼。スタートからして違うのだ。
「このアイゼンブルク。積年の願いを叶える機会を頂ければ」
「……ありがとう。頼りにしているわ」
だが、彼が欲しているのは恐らくルシアからの言葉ではない。それを察したルシアは、母へと視線を向けた。その視線の意図を汲み取った母が中将に向かって口を開く。
「あまり、無理はしないように。アイゼンシュタットの民が最優先ですよ」
「畏まりました」
母の言葉に、アイゼンベルク中将の目がさらに輝く。熱を帯びた視線は、もはや隠そうともしていなかった。
それを見た一同は、思わず舌を巻いた。
自分なら何と言っただろう。恐らく、「頼りにしている」だとか、そんな無難な言葉だ。
──これが、格の違いか。
母と中将を除く全員の心が、見事に一致した瞬間だった。
こうして無事にアイゼンブルク家の協力を得たルシアたちは、王国奪還に必要な流通、情報、人材──そのほとんどを手中に収めることに成功したのである。
そして中将を中心に、今なおルミナリア王国へ忠誠を誓い、牙を研ぎ続けている者たちへ、水面下で声がかけられていく。
すべての準備が整い次第、王都グランディアを落とす──そう方針は定まった。
ルシアたちはその間、ルミナリア城を拠点に、決戦へ向けた態勢を整えていく。
一連の話し合いが終わる頃には、日はすでに沈み、街は深い闇に包まれていた。
それでも、アイゼンシュタットで灯った火は消えない。王国再興の狼煙は、瞬く間に各地へと駆け巡っていくこととなる。




