第三十三話 アイゼンシュタットの重鎮
アイゼンシュタットは、昔からの有力者であったロイス・アイゼンベルクが、中将としてこの地を収めている。
代々、アイゼンシュタットの鉄鋼業を支えた有力地主でもあり、王国内でも有数の大商会を抱える商会長でもあった。
「ここか?」
「ここだね」
ルシアたち一行は大きな屋敷の前に立っていた。歴史を感じさせる立派な佇まいに、かつては美しく整えられていたであろう庭園が屋敷の門からでも見渡せる。
こんなところまで、マレディア王による影響が来ているんだな──と前回は気づかなかったところにも目が入ってしまう。
「何の用だ」
門番がルシアたちに気付き、眉を顰めて問いかけてくる。その口調は短く、冷たい。当たり前である。ルシアたちは一介の冒険者にしか見えない。
先頭に立っていた大佐が代表して口を開いた。
「アイゼンブルク中将にお会いしたい」
「約束は」
「……ありません」
「中将はお忙しい。帰った帰った」
手を払う門番の応対に、ルシアは奥歯をぎりっと噛み締めた。門番たちの反応は当然だ。だが、この反応からいって中将は屋敷にいるのだろう。
そのとき、ルシアはあることに思い付いた。
「ねぇ……」
「なんだ?」
中将と話していた門番がルシアの方を向き、少しだけ顔を緩めた。
それを見て、面白くなさそうにウィル先輩が鼻を鳴らす。すると、リア先輩がウィル先輩の足を思いっきり踏みつけた。「いってぇ!」とウィル先輩が小さく叫んでいる。
……何やってんの。
ルシアは思わず白い目で二人のやり取りを見てしまう。そして、気を取り直して門番へと向き合った。
「伝言をお願いできますか?ここで待たせて貰いますので」
「伝言?まぁ……伝言ぐらいなら構わないが……。なぁ?」
もう一人の門番へと確認をとりながら、話をしていた門番が答えたことで、ルシアは小さくガッツポーズをした。
「では、伝言を。"妖精に愛された、ルミナリアの民が来た"。そう伝えていただければ結構です」
「妖精に愛されたルミナリアの民が来た、だな。分かった、待っていろ」
門番は、もう一人へと視線を合わせて頷き、屋敷へと駆けて行った。もう一人の門番は、ウィル先輩と何故か談笑している。……いつの間に。
「ルシア、先ほどの言葉は?」
すすっと隣にやって来て、耳元で囁いて来た大佐にドキリとしながらも、ルシアは平静を装って答えた。
「ん?あぁ、あれはね、前来たときに中将から言われた言葉なの。アイゼンブルク家の口伝なんだって。あれを言ったらルミナリア王族が来たぞーって分かるかな?と思ってね」
「なるほどな」
何度か頷いた大佐はすすっと移動し、ウィル先輩と合流して情報収集をし始めた。本当に時間を無駄にしないな、と感心半分呆れ半分でルシアはそれを眺めた。
しばらく待つと、見覚えのあるガタイのいい男性が早足でやって来た。その後ろには、先ほどの門番と、執事と思われる男性がついて来て居る。
「お主たちか?あの伝言を残したのは」
「はい。私です」
ルシアの答えに、中将の視線がルシアへと向く。
すっと鋭い目で一同を見渡し、口を開こうとした──その瞬間、ある一点を凝視した。
先ほどまでの厳つい表情は完全に抜け落ち、そこに浮かんでいたのは、"信じられない"という色だった。わずかに口を開いたまま、固まったように動かない。
その視線の先には母──エリシアの姿があった。
「旦那様……?」
固まってしまった中将を不審に思った執事が、そっとその肩に触れる。
はっと息を呑んだ中将が、思わず声を上げかけた──その瞬間、母がすっと口元へ指を立てた。
「……っ!」
寸前で言葉を飲み込んだ中将は、深く、深く頭を下げたまま、しばらく動かない。
やがて静かに顔を上げると、母へエスコートの手を差し出す。
その表情は、かつて王家に仕えていた頃の──温かく、それでいて熱を宿した男の顔そのものだった。
「お手を」
「ありがとう」
当然のようにその手を取った母は、確かにルミナリア王族へと戻っていた。
──これが、王族。
いつものお母さんと全然違う……
普段とはかけ離れた雰囲気を纏う母に気後れしていると、母はルシアたちへ視線を向け、「一緒にいらっしゃい」と微笑んだ。その顔は、確かにいつもの母のもので。
その笑みに嬉しくなったルシアとノエルは、母のすぐ後ろをついていく。そして、その後をアルグレイ隊の面々も追いかけた。
⸻⸻⸻⸻
紅茶を運んできた執事たちが一礼し、パタン、と扉が閉じられる。
その間、ルシアたちは誰一人として口を開かなかった。
部屋の中には、中将とルシアたちだけが残される。
以前見た時と変わらない屋敷には、至る所に宝石の嵌った剣や盾、槍が飾られていた。
それらが、長い年月をかけてドワーフたちからアイゼンブルクの人々へ贈られてきた宝物であることも、ルシアは知っている。
ふと視線を向ければ、今も中将の周りを元気よく飛び跳ねるドワーフたちの姿があった。
中将自身には彼らが見えていないにも関わらず、こうして懐かれているところまで、何一つ変わっていない。
「……よくぞご無事で」
「よく私だと分かったわね。誰も気づかなかったわよ?」
「ご冗談を。このアイゼンブルクが、貴女様のお顔を忘れるはずがございません」
自然な動作で床に跪き、頭を下げるアイゼンブルク中将は、何も変わっていなかった。
忠義に厚く、民のことを真摯に考え、ドワーフたちを尊重する。
──そんな、熱い人なのだ。この人は。
時が変わってもなお変わらないその姿が嬉しくて、ルシアは目を細めた。たとえ彼が、まだルシアを知らなくても構わない。こうして再び会えただけで、十分だった。
「紹介するわね。私の娘と息子、ルシアとノエルよ」
「初めまして。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
出来るだけ威厳があるように。
「王女様……。ですが、ルシア様はどう見ても……」
ルシアの年齢が合わない──そう言いたいのだろう。
ルシアは王が崩御した時、まだ生まれていなかった。だというのに、目の前のルシアはどう見ても成人している。中将が納得できるはずもなかった。
「ちょっと妖精の関係でね。あまり深掘りしないでもらえたら嬉しいわ」
「はっ」
だが、母に笑いかけられた中将は、「承知しました」と頭を下げた。
いいのかそれで──と思ったが、中将がいいのならいいのだろう。
「お会いできて何よりです。ですが──ほかの者たちは?」
「ほかの者? あぁ、さすがに彼らのことまでは分からないわね。姿を戻した方が分かりやすいかしら」
大佐から事前に、中将とは面識があると聞いている。
母の言葉に、ルシアはミアへ「お願いできる?」と声をかけ、本来の姿へ戻してもらった。
「なっ──!」
突然、髪色と瞳の色が変わったルシアたちの姿に、中将が言葉を失う。
「お前は……レオン・アルグレイ!」
反射的に銃へ手を伸ばしたあたり、さすがは軍人だった。だが、母と共にいることを思い出したのだろう。中将はすぐにその手を離す。
「なぜ、貴様が──」
「ロイス」
母に名前を呼ばれた瞬間、中将はざっと姿勢を正した。その様子だけで、彼がどれほど忠実な部下だったのかが分かる。
「彼はユリアの子よ。”アルグレイ”でしょ?そもそも、彼が逃げているのもうちの子が巻き込んじゃったからだからね」
「いえ、そういうわけでは」
否定しようとした大佐の足を、隣に座っていたルシアが容赦なく踏みつける。少しくらい空気を読んでほしい。足を踏まれた大佐は、「しまった」とでも言いたげな顔をして口を閉ざした。
「そうですか……失礼いたしました」
大佐へ頭を軽く下げた中将は、何か納得の表情を浮かべている。
「分かりました。これからは私もお力にならせていただければ──」
そう言った中将は、そのままじっと言葉を待っている。
何か中将の中で合点がいったらしい。だが、それについては今から話すつもりだ。──まぁ、良しとしよう。ルシアは心の中で一人頷いた。
そっと皆を見渡せば、全員の視線が自分へ集まっている。自分が説明役なのだと察したルシアは、小さく頷いて中将へ向き直った。
「アイゼンブルク中将」
「はい。ルシア王女殿下」
顔を上げた中将に、ルシアは小さく首を振った。そして、年相応の話し方を心がけた。中将の心を掴まなくてはならない。
「王女殿下はいらないわ。ルシアで大丈夫。敬語も使わなく大丈夫です」
「ですが……」
「私たちは冒険者。貴方は中将。中将が冒険者に敬語はおかしいわ」
渋る中将に、ルシアも引かなかった。そもそも目立つのは困るのだ。ルシアたちは逃亡の身なのだから。
「今日は二つ、お願いがあって来たの」
「お願い……でしょうか?」
「とりあえず、座ってもらえるかしら?」
慣れないルシアの話し方に、リア先輩の肩が小さく震えているのが視界の隅に見える。どうにか耐えてほしい。今は威厳が大事なんだ。たぶん。
ルシアは目の前のソファーへ中将を促した。視線を向けた母が静かに頷く。すると中将は、渋々といった様子でソファーへ腰を下ろした。
「それでは、話をしましょうか。この王国の未来について」
ルシアの言葉に、ピリッとした緊張が部屋の中に満ちる。
先ほどまで臣下の顔をしていた中将も、今はこの地を治める領主そのものだった。
──こうでなくっちゃ。
内心の昂りを抑えるように、ルシアは大きく深呼吸をする。
部屋の中はしんと静まり返っていた。
いつもは自由奔放に振る舞っているドワーフたちでさえ、中将の椅子の後ろへ隠れるようにして、じっとこちらを見つめている。それはまるで、本来なら王族の側につくはずのドワーフたちが、中将を守っているかのような、不思議な光景だった。




