第三十二話 動き始めた王国の未来
アイゼンシュタットで無事に落ち合うことができたルシアたちは、宿の一室に集まっていた。
「へぇー。これがねぇ」
木の椅子に腰掛けたノエルの手の中には、部屋に差し込む光を受けてキラキラと輝く金平糖があった。
青い金平糖の比率が高いルシアのものに対し、ノエルのものは緑色が多い。
「金平糖はマナの凝縮体で、金平糖を食べたドワーフたちは、身体からマナを振りまくんだって。それが空気に馴染んでマナが濃くなるの。今は消費するばっかりだったから薄くなってるって……」
「別にそれだけの問題でもないがな。ドワーフたちの住処を破壊するほうが問題だろう」
ミアから聞き取ったことを伝えていると、昨晩はどこかへと出掛けていたフェルが口を開いた。
「んー、でも。今マナが足りないのは確かなんでしょ?」
「そうじゃ。城から離れるほど息苦しいな」
フェルの言葉にギョッとしてミアを見ると、「私たちは大丈夫ー、ルシアたちから金平糖貰ってるし」というなんとも大丈夫じゃない言葉が返ってきた。
「全然大丈夫じゃないじゃん!」
「初めから大丈夫とは言っておらぬ」
ふんっと鼻を鳴らしたフェルがそっぽを向く。
ぐぬぬ……とルシアは唸るが、気にする様子もない狼に諦めてため息を吐いた。
「これって、金平糖ばらまけばなんとかなる?」
「応急処置にはなるであろうの。実際、フェルンベルクの周りのドワーフたちは元気じゃったし、数も多かっただろう」
全然意識していなかったが、言われてみればこちらに来るほど数は減ってきている……気がした。
「どうして?」
「お主らがまき散らしておったからな。ちなみに、エリシアとそこの男もマナは中々持っておるぞ」
ちらり、とフェルが大佐を見て言うと、驚いたように大佐が目を見張った。
「ノエルとお母さんは分かるけど……大佐も?」
「その男もなかなかのマナの保有量だぞ。褒めてやる」
素直に喜びづらいフェルの褒め方に、大佐は苦笑混じりに『ありがとうございます』と頭を下げる。その表情には、嬉しさも滲んでいた。
「そうなんだ。じゃあ、大佐も参加できるね?」
「そうだな。ぜひとも参加させてもらおう」
大佐と目を合わせて頷いていると、「なんのこと?」とノエルたちが首を傾げる。
「昨日の夜さ、ミアからこの話を聞いて考えたんだけど──」
ルシアは皆へ向けて提案を口にした。
昨夜、どうすればマナを拡散できるのかを大佐と相談した結果、応急処置として大量の金平糖を作り、ドワーフたちにバケツリレー方式で運んでもらうことになった。
ドワーフたちは住処からあまり遠くへは行けない。だが、その代わりにドワーフ同士の横の繋がりは強い。試しに近くのドワーフたちを呼び、ミアから事情を説明してもらうと、「金平糖をもらえるなら!(ミア談)」と、両手を上げて喜んでくれたらしい。
まだ大きく状況を変えることはできない。
それでも、少しでも王国の人々が楽になるのなら、やらない理由はなかった。もちろん、マレディア王のためではないが。
やれることがあるなら、いくらでもやる。
題して、『国内マナ拡散大作戦』だ。
そこまで一気に説明したルシアは、ぐるりと皆を見渡した。
「問題は、そのマナの凝縮体──金平糖を、誰が作るかだったんだけど」
ルシアの視線が、部屋の隅に腰掛けていた人物へ向けられる。それにつられるように、皆の視線も集まった。
その人物の名は、アルノー・クラウゼ。元ルミナリア王国専属の魔法使いであった。
マレディア王に騙され、結果的にルミナリア王国崩御の引き金を作ってしまったことで、彼は北の山奥へ引きこもっていた。だが、母は無事に説得に成功したらしい。
合流した際、一番後ろにその姿を見つけたときは目を疑った。
まさかクラウゼさんが、このタイミングで山から出てくるとは思わなかったのだ。前回では、最終決戦まで引きこもっていた。
──さすがお母さん。
ルシアは内心で拍手を送った。
「……僕?」
ここで注目されるとは思わなかったのか、クラウゼさんが目をぱちくりと瞬かせている。
「そう!クラウゼさんもたぶん沢山作れるよ!大佐にいけるんだし!一緒に頑張ろうね!」
にこり、と笑いかけると、クラウゼさんは「僕にできることなら」と嬉しそうに笑った。その様子を母が嬉しそうに見つめており、心にじわりと温かいものが広がった。
確実に、前回よりも良い方向へ進んでいる。
小さいながらもフェルの宿題のヒントも徐々に集まってきているし、国の状況も前回ほど悪化せずに済みそうだった。
前回は、本当に酷かった──と思わず遠い目になる。
国を取り戻した頃には、マレディア王の政治によって王国内の農地は戦火で焼き払われ、備蓄もほとんど底を尽いていた。さらに散財と軍費が嵩んだ結果、旧ルミナリア王国時代の蓄えも残っていなかった。
次の冬を越えられるのか。
そう危機感を覚えるほど、切迫した状況だったのだ。
正直、やり直させてもらえるのならありがたい──そう思えるくらいには。
どうして自分だけ時を戻ったのか。何度も自問自答してきた。
けれど今は、沢山のことが良い方向へ進み始めていることで、少しずつ前向きに受け止められるようになってきていた。
それもこれも、みんなが変わらず、一緒の方向を向いてくれているからだ。
そう思いながらルシアが皆を見渡すと、ちょうど目が合ったリア先輩が「ん? どした?」と首を傾げた。緩みかけた涙腺をごまかすように、ルシアは思わず抱きつき、頭をこすりつける。
「わわっ」
驚きながらも、リア先輩は優しく頭を撫でてくれた。後ろから「あらあら」という母の嬉しそうな声が聞こえ、更に目の奥が熱くなる。ずずっと鼻をすすり、なんとか涙を堪えた。
「よし! がんばるぞー!」
いきなり拳を振り上げたルシアに、皆も笑いながら「おー」と応えてくれる。
温かな空気に満ちた部屋へ、穏やかな笑い声が落ちた。
その一方で、窓の外には徐々に冷えた空気が満ち、冷たい冬が訪れようとしていた。
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