第三十一話 妖精たちの秘密
駅のホームに降り立つと、カンカンと響く金属音が耳についた。街の中には、作業服を着た体格の良い男たちが、腕まくりをして歩いている。
ルシアたちは、母たちとの合流地点であるアイゼンシュタットへと足を踏み入れた。
活気に溢れた街には、絶えず鉄を打つ音が響き、賑やかな喧騒で満ちている。
アイゼンシュタットは、王国の東に位置する鉱山都市だ。国境沿いにそびえる鉱山では鉄鉱石の採掘が盛んで、その加工技術によってマレディア軍の重要拠点として発展している。さらに、副次的に採れる宝石も有名で、街へ大きな利益をもたらしていた。
「わー! すごい!」
「可愛いね」
ルシアは、露店の宝石店に並ぶ煌びやかなアクセサリーを、リア先輩と共に眺めていた。
「大佐に買ってもらいなよ」
「いらないっ、ばか! そういうんじゃないし」
「よく言うねぇ。あからさまに空気違うけど?」
「私は面白いからいいけどねー」
リア先輩はケラケラと笑いながら歩いていく。その後ろ姿を、ルシアは頬を膨らませて追いかけた。すると、突然リア先輩が立ち止まって振り向いたため、ルシアはその背中に思いきり鼻をぶつける。
「いったぁ……」
「ごめんごめん。そういえば、アクセサリーといえば、あれどうなったの?」
「あれ?」
「ほら、指輪」
突然投げかけられた質問に、ルシアは目を瞬いた。
「リア先輩にはいってなかったっけ?」
そういえば、その話をしたときには先輩はいなかった気がするな、と思い起こす。
「貰えたよ。ほら、これ」
リュックのポケットから取り出された宝石に、リア先輩が目を吊り上げた。
なんとなく、指に嵌める気が起きなくて入れっぱなしになっていた宝石は、手に取った際の輝きはなく、鈍い光を含んでいる。
「ありえない……」
「ん……?」
なぜか機嫌の悪くなったリア先輩に、首を傾げる。
「なんでつけないの!?」
「冒険者がつけたらおかしいでしょ!?」
「そんなことないでしょ!?付けてる人たちもいるじゃん」
小声での応戦に、皆が不思議そうな顔をして集まってきた。
「なにを揉めているんだ?珍しいな、二人が喧嘩なんて」
「喧嘩じゃない!けど……」
やってきた大佐の問いかけに、口ごもってしまう。なぜリア先輩が怒っているのかが分からなかった。
「ルシアが付けないからいけないでしょ!?」
「待て待て、なんで怒っているんだ?」
大佐もなぜリア先輩が怒ったのか分からないらしい。視線が絡むと、こてんと首を傾げた様子が可愛くて、つい頬が緩んでしまった。すると、そんな様子を見ていたリア先輩の怒りがさらに増す。
「いちゃつくな!」
「いちゃついてなんか」
否定しようとしたルシアの声をリア先輩が遮った。
「ずっと待っててくれたんじゃないの!?なんでつけてあげないの!?」
その言葉に、ガン、と頭を殴られたような衝撃が走った。
なんとなく──前のことを思い出して、寂しくなってしまいそうで。無意識のうちに避けていた指輪が、手のひらの中で鈍い光を放っている。
ルシアがそっと触れると、きらり、とその輝きが一瞬だけ増した。
「はめて……あげてよ……」
なぜか泣きそうになっているリア先輩に、ルシアは何も言うことができなかった。
そういえば、塔が崩れ落ちたあとも、リア先輩の瞳は潤んでいた気がする。
ルシアが呆然と見つめていると、ゆっくりと近づいてきた大佐が、そっとルシアの手の中の指輪を手に取った。そして、動かないルシアの右手を優しく取ると、そのまま薬指へ指輪を通していく。
ルシアは息をひそめて、その様子を見守った。
ルシアの薬指に嵌められた指輪は、嬉しそうに瞬き、内側から光を宿し始めた。
「良かったねぇ」
噛み締めるようなリア先輩の呟きが、じんわりと心に染みた。
⸻⸻⸻⸻
ベッドの上でリア先輩がバタバタと暴れる。
「ひまーぁ」
「暇って言っても……もうすぐお母さんたちも来ると思うから、待っててよ」
ルシアたちがアイゼンシュタットに到着してから2日。そろそろ着くころだと思うが、なかなか連絡がない。
「連絡取れればねぇ」
「時間かかっていいなら取れるわよ?」
思わぬところから返事が聞こえ、天井を見上げると、梁に腰掛けたミアが得意げな笑みを浮かべながらこちらを見下ろしていた。
「……はい?」
「だーからぁ、取れるって」
どうやら、また隠していた特技があったらしい。恨めしげに視線を向けても、ミアは素知らぬ顔をしている。
──知らないほうが悪い。
まるでそう言いたげな、いつも通りの態度に、これ以上言っても無駄だとルシアは肩を竦め、ため息を吐いた。
「今、お母さんたちどこ?」
「シルフィの場所なら、ドワーフ伝いに分かるから聞いてみるわ。しばらく待ってれば返事くるから」
なんと、ドワーフたちを活用するらしい。
ミアに呼ばれて入ってきたドワーフは、しばらくミアと話したあと、金平糖をお礼にもらって帰っていった。跳ねるように出ていくその様子に、もしかしたら思ったより早く返事が来るかもしれない、と期待してしまう。
「私も!」
手を差し出してきた妖精に、ルシアはぽろぽろと金平糖を出して手渡した。
金平糖を頬張ったミアは、とろけるように頬を緩ませる。
その様子をベッドから見ていたリア先輩が、「えー! 私も!」と手を差し出してきたので、ルシアはその手のひらに金平糖を落とした。
リア先輩が口に含んだ瞬間、眉を顰める。
「え、にがっ」
「そうなの?」
そういえば、自分で食べたことはなかった。
ルシアも一粒、がりっと噛んでみる。けれど、そんなことはない。どちらかといえば無味に近い味に、首を傾げた。
「そんなの、ルシアのマナなんだから当たり前じゃない」
「へー、そうなんだ。人によって味違うの?」
「普通の人間のなんて食べないから知らないわ。ルシアとノエルのは甘くておいしいから好き」
初めて知った情報に、ルシアはふむふむと頷いた。
時折訪れる束の間の時間は、こうして新しい発見があるから、ルシアは好きだった。
──普段、じっくり話す時間がないということの裏返しでもあるのだけれど。
そんなことをしていると、先ほどとは別のドワーフたちが、バタバタと駆け込んできた。しかも、数が多い。
ミアの周りへ集まった彼らは、なにやらワイワイと騒いでいる。声が聞こえないのが残念だった。
報告が終わったのか、今度はルシアのほうへやってくる。その顔は期待に輝いていた。
「明日には来るって、シルフィからの伝言。あと、この子たちも金平糖欲しいって」
「さっきのドワーフが自慢したみたいね」と、呆れたように言うミアだが、自分も先ほど蕩けそうな顔をしていたことは、しっかり棚に上げている。
せっかくだから、とルシアは手元にあった袋へ金平糖をざらざらと入れて渡した。すると、半狂乱になったドワーフたちは、踊るようにして部屋から飛び出していく。
その様子を、ルシアはくすくすと笑いながら見送った。
「あちゃー。いいの?」
「ん? なにが?」
「あんなにあげて」
「……どういうこと?」
呆れたようなミアに、ルシアは眉を寄せた。
今までドワーフたちにあげることを止められたことはない──と思ったが、ここまでの量を一度に渡したことはなかった気がする。
「この土地、結構痩せてるから、一気にマナが満ちたらやばいかもよ?」
「……なにそれ」
ミアが何気なく放った一言に、部屋の空気が凍りついた。
やばい。今、聞いちゃいけない話を聞いてしまった気がする──と、背筋にひやりとしたものが走る。
「あれ?言ってなかったっけ?マナが満ちると、土地も満ちるの。食べ物とか、生き物とかも一緒。ちなみに、今は使うばっかりだから、どこもかしこも最悪な状態ね」
「あーあーあー、私聞いてなーい!なんも聞いてないよ!」
ここぞとばかりに耳を塞ぎ、枕に顔を埋めたリア先輩を横目でにらむ。素知らぬふりをできるリア先輩が少しだけうらやましい。
だけど、聞いてしまったからには流すことはできない。
──それで救われる命が、あるかもしれないのだから。
「ミア、大佐のとこ行くよ」
「えー、なんでー。明日にはみんな来るんだから、ゆっくりしようよー」
「いいから来る!」
こうして、ミアの放った特大の爆弾によって、ルシアと大佐の二人は頭を抱えることとなった。
次の日。
明け方まで続いた作戦会議のせいで、二人はすっかり疲労困憊であった。
そんな彼らを見て、やっとアイゼンシュタットへ到着した母たちは、不思議そうに首を傾げていた。




