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第三十話 あなたとの距離は


 鬱蒼と茂る森の中。


 本来であれば心安らぐはずの自然の中に、殺伐とした戦闘音が響き渡る。ルシアたちは、北組との時間調整のため、魔獣討伐の依頼を受けている真っ最中だ。


「たっのしー!」


 トンッと地面に着地したリア先輩が、剣についた血を払った。久しぶりの魔獣狩りに、リア先輩はとても楽しそうだ。


リア(リン)先輩って、銃じゃなくて剣も使えたんだね」

「ん? ルシア(ルーア)の前で銃使ったことあったっけ……? あ、前の時? 銃の方が得意ってだけで、士官学校では一通りやるからね」

「なるほどー」


 “戦場の天使”は多彩らしい。リア先輩の戦いは、見ていて華がある。


ルシア(ルーア)は魔法だからいいよね」

「頑張ってるのはミアだけどね」


 あちらこちらをふらふらしている妖精へ視線を向ける。魔獣討伐には過剰戦力であるため、ルシアたちは魔法を用いた警戒をするくらいで、手持ち無沙汰だった。


 少し離れたところで、攻撃魔術の練習をしている大佐を盗み見る。


 以前、「私は攻撃力に劣るからな」という呟きを聞いたとき、「あれ? 攻撃魔術、練習してたんじゃなかったの?」と、ルシアがうっかり口を滑らせてしまったのだ。


 前の大佐が習得していたものは、今の大佐もできるだろうという前提で、ついぽろぽろと零してしまうからよろしくない。比べているようで、しまった、と思ったけれど、それ以来、大佐は目の色を変えて練習をするようになった。


 今も、少し離れたところで、土を変形させて飛ばす練習をしている。

 あまり見ることのなかった、汗を滴らせた大佐の姿は新鮮で、本当にかっこいい。前のときは隠れて練習していたため、絶対に見せてくれなかった姿だ。


 ──あまり直視はできないけど。

 ルシアは、ちらちらとその様子を窺っていた。


「そんなに気になるなら、一緒に練習すればいいじゃん? 魔法だけじゃなくて、魔術も使えるんでしょ?」


 呆れたように、リア先輩が声をかけてきた。こっそり見ていたつもりだったのに、しっかりバレていたらしい。


「あのさぁ、ウィル(ウィン)に気ぃ遣わなくていいんだよ?」

「……なんのこと?」


 少しだけ声を潜めて問われた言葉に、心臓が跳ねた。


「しらばっくれなくていいって。双子だよ? あいつのことなんて、分かるに決まってんじゃん」


 ケラケラと笑うリア先輩に、なんと返していいのか分からなくて、思わず唇を噛んだ。


「誰を好きになるかなんて、その人の自由だけどさ。相手の気持ちに全部応えることなんて、できるわけないんだから」


 あっけらかんと笑っていたリア先輩が、ふっと目を細める。その視線に、背筋が伸びた。


ルシア(ルーア)は気を遣いすぎ。最近、大佐(レン)と話してなくない?」

「あー、まぁ……」


 話していない理由は、それだけではないのだが。あの晩以降、なんとなく気まずくて、話せずにいる。

 

「ってことで!話してきなさい」


 トンっとリア先輩に背中を押されたと同時に、「大佐(レン)ー!ルシア(ルーア)が一緒に練習するって!」とリア先輩が叫んだ。


「ん?」


 大佐の視線がこちらに向いて、心臓が跳ねる。どうしよう、と焦っている間に、大佐がこちらへ来てしまった。


「どうした?」


 皆んなへの態度と何も変わらない。気にしているのは自分だけで、ほっとすると同時に、歯痒くなる距離。

 詰められても困るのは自分のくせに。


ルシア(ルーア)が一緒に練習するって。魔術使ってないから」

「ちょ!わたしは」

「いいからいいから。行っておいで」


 優しく添えられたリア先輩の手が、そっと背中を撫でた。はっと振り向くと、声を出さずに"がんばれ"と口が動いた。


「うぅ……」


 低く唸ると、大佐がくくっと笑った。

 はい?と大佐を見上げると、屈託のない笑顔がそこにはあって、


ルシア(ルーア)リア(リン)は本当に仲がいいな」

「そうですよ、因みに私はルシア(ルーア)の応援隊ですからね」


 分かってますよね──?と細められた目に、大佐がぐっと息を詰まらせた。


「俺に味方はいないのか……?」

「いるじゃないですか。ウィル(ウィン)が」


 いつもより少しだけ冷たい声で、リン先輩が


「大体、相手にする気がないならもっとはっきり断ったらどうですか?今の大佐は無責任です」


 いつもニコニコ笑っているリア先輩が珍しく怒っている。しかも、大佐に。大佐が黒といえば黒だと言い張るくらいのあの大佐狂のリア先輩が──


「ルシアが好きじゃないなら、ウィルにルシアを譲ってください。今の大佐なら、ウィルの方がマシです」


 一歩も引くつもりはない──そう告げているリア先輩の強い視線が大佐を射抜いた。


「お前たちは……本当に」


 はぁと、大佐が大きく息を吐いた。顔を上げた大佐が、ルシアとリア先輩に向き直った。


「お前たちは、なにをどうしたいんだ?」


 低く響いた声に、感情は読めない。敢えて言うなら……そこにあるのは、"無"だった。


「リア、向こうへ行け。私はルシアと話がある」


 隣にいるリア先輩の方へ視線も向けず、大佐が()()()。その言葉の強さに、リア先輩が息を呑んだ。


「分かりました。ウィルも連れて行きますので」

「ああ。終わったら呼ぶ」


 大佐の返事に、リア先輩は無言で敬礼をして去っていく。行かないで──っと縋りたくなったが、そんな訳にはいかない。


 いつかは向かい合わなくてはいけない。


「それで?何がしたいんだ、お姫様」

 

 ──なんか、怒ってる。


 それだけは伝わった。


「正直に言おう。好きか、嫌いか。2択で言うならば、好きだよ、君のことは」


 全然好かれているなんて思えない口調で告げられた告白。


「この旅の目的はなんだ?」


 そんなことも、忘れてしまったのか?


 大佐の目はそう告げていて。その視線からルシアは目を逸らすことができなかった。口の中が一気に乾いていく。カラカラになった口を開くと、くっついた唇がゆっくりと離れた。


「私は……手の届くものを、助けたい。出来ることがあるなら、手を伸ばしたい」

「そうだろう……」


 ルシアの掠れた答えに、大佐が満足げに微笑んだ。その顔に、ほっと息を吐く。自分が無意識に息を潜めていたことに、今更ながら気がついた。


「君が強い子だということも、優しい子であるということも、強がっていることも……知っているよ」


 大きな木の根に腰掛けた大佐が、ぽんと隣を叩き、座るよう促してくる。


「私が好きだ、と君は言うが……時々、そう思い込もうとしているように見えてならないんだ」

「ちがっ──」


 否定するルシアの言葉に被せるように、大佐の声が少し大きくなった。


「君は、()()私が好きだったんだろう?」


 同じ声で、同じ口調で告げられる言葉に、ルシアは息を呑んだ。違う──そう伝えたいのに、声を出すことができない。


 ルシアの反応に、大佐はふっと視線を逸らし、諦めたように息を吐いた。腰を上げようとした大佐に、ルシアは慌てて服の裾を掴んだ。


「違う……」

「ん?」


 話を聞いてくれるらしい。腰を上げかけた大佐が、再びルシアの隣に腰を下ろした。


「前の大佐は好き。大好き。だけど、私は──あなたが、好きなんだよ」


 伝わってほしい。伝われ。


 そんな想いを込めて、木の根に置かれた大きな手を上から包む。ルシアの左手では包みきれないその手のひらは、戦士のそれだった。

 ごつごつとした指に、無意識に自分の指を絡ませる。


「確かに、前は重ねてたかもだけど……」


 ルシアが横を向くと、驚いたように見つめる大佐の顔がすぐ隣にあった。視線は、ルシアが絡めた指へ向けられている。

 それがなんだか嬉しくて、ルシアはぎゅっと指先に力を込めた。


「大佐と、前の大佐は、同じ人で──別人なの。彼は、もう会えない人。……私が好きなのは、レオン・アルグレイ。あなたなんだよ?」


「違うところなんて、いくらでも言えるよ?」


 大佐が黙っているのをいいことに、ルシアは次々と言葉を紡いでいく。

 普段は言えなかった本音まで、堰を切ったように溢れ出した。


「ちゃんと弱音を吐くところ。皆を素直に頼るところ。頑張って練習してるのを隠さないところ。よく笑うところ、よく──悲しむところ」

「前の私は……どんなだった?」


 ルシアの答えは、完全に予想外だったのだろう。信じられない、とその顔には書かれている、


「前の大佐は──全部を抱えて、頑張りすぎる人」

「そんなこと、できる訳ないじゃないか」

「そうでしょ?でも、そうだったの」


「全くしょうがない奴だな、それは……」

「そう、しょうがない人だったの──でも。そんな大佐が、好きだった」


 つんと目の奥が熱くなる。泣きなくないのに、視界が揺れる。


「でも、今、私が好きなのは……大佐なんだよ……」


 グスグスと鼻を啜ると、大佐が「はぁ……」と大きなため息をついた。


「すまなかった。君の記憶に残る私に、勝手に妬いていたんだ……」

「それって……?」


「つまりは、こういうことだよ」


 ぐいっと手を引かれて、唇に熱いものが重ねられた。ふわりと香ったハーブの匂い。


 少しかさついた唇に、大佐も緊張していたんだ、とどうでもいいことを考えてしまう。ただの現実逃避だ。


 だけど、口元の熱は変わらなかった。


 触れるだけの口付け。

 優しく抱きしめられた体温は温かくて、ひどく安心した。


 そっと大佐が離れていく。


「まだ、言えないぞ。言うのは、国を取り戻してからだ──。待っててくれ」


  ぽんぽん、と優しく頭を撫でられて、そのまま大佐は去っていった。


 振り返らない背中を見上げると、耳先が赤くなっているのが見えて──大佐も照れているのだと分かり、嬉しくなる。


 先を行く大佐の腕に、ルシアは飛びついた。


「ねぇ、大佐。好きだよ」

「分かったから、離れなさい」


 否定されないことが、嬉しい。


「とりあえず、()()()からだな?」

「それは無理っ!」


 くつくつと笑う大佐は、今までで一番楽しそうで──どこか肩の力が抜けたように見えた。


 恋って単純だ。

 彼の一言だけで、目の前の景色が鮮やかに煌めいて見えた。

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