第二十八話 廃塔の天邪鬼
その日の昼過ぎ、ルシアたち一行は無事に廃塔へと到着した。
前の時よりも幾分か早いはずなのに、その姿は記憶と変わらなくて、どれだけ古い塔だったのかと思い知らさせる。
それと同時に、あの妖精がどれだけの間一人待っていたかを痛感して胸が痛んだ。
「わー、ぼろぼろ」
「おー、凄いな。よく崩れてないね」
双子のきゃっきゃとはしゃぐ声に、胸が慰められる。早く行ってあげなくちゃ、と目の前のツルが絡んでいる金属扉へと視線を向けた。
「あ、外で待ってて。王族しか会う気ないみたいだったからさ」
足を踏み出そうとしたとき、大事なことを思い出して、顔だけ皆んなの方へと向けて口を開いた。
「妖精から指輪受け取ったら、塔崩れちゃうから。気をつけて!他の人が近づかないから見張っててねー」
「なに!?おい、ルシア!」
呼び方が戻っている大佐に苦笑しながら、振り返らずにルシアは中へ入った。なんとなく、大佐の顔を見るのがしんどくて、逃げただけ。
大人気ない自覚はあったけれど、しょうがない。
一人で中に入ると、感じ慣れた衝撃と重みが肩にぶつかる。
「ふんっ」
「あ、フェルも一緒行ってくれる?ありがと」
「懐かしい奴の顔を拝んでやろうと思っただけだ」
「あ、やっぱり知り合いなんだ」
素直じゃないなぁ、と苦笑しながら頭を撫でると、くるんと尻尾が回る。それがなんだかおかしかった。
「でも、意外と中は綺麗なんだよねぇ」
「妖精がいるところはそんなものじゃ。ルミナリアの城も綺麗じゃったろ?」
「あ、確かに。フェルのおかげ?」
「あそこは妖精国への入口だからな」
「……ん?」
「あ……今のは聞かなかったことにしろ」
「いやいや、無理でしょ」
おーい、なんか大事なことが聞こえた気がした聞かされた真実に、心臓がバクバクといっている。
「わーーーー、何でだれもいないのーーー」
つい叫んでしまうと、
「おい、大丈夫か!?」
と外からみんなが心配する声がし、入り口へと顔を向けると、扉から顔を覗かせているのが見えた。
「大丈夫ー!フェルが爆弾落としただけー!」
「爆弾とはなんじゃ!口を滑らしただけじゃ!」
「それが爆弾っていうの!」
やいやいいう二人に、大丈夫だと判断したらしい。「気をつけろよ」という声と共に、頭が引っ込んでいった。
子供扱いがすごい。
「早く上がるのじゃ」
「うるさいなぁ、邪魔したのはそっちでしょ」
「我はなにもしとらん、ほら早く」
「またこれ登るのかぁ」
上を見上げると、螺旋となった階段の先に木のドアが見える。あそこに妖精がいるわけなんだけど。あのドアまでが、遠い。遠すぎる。
「せめて、自分で歩かない?」
「埃がつく。却下じゃ」
「まっとけば?」
「早く上がれ」
全く自分で登る気も待っておく気もないフェルにこれ以上言っても無駄か……と肩をおとし、ルシアは足を踏み出した。
「ねぇ……全然近くならないんだけど……」
「それはそうだろうな」
「……ん?」
そういえば、この階段って魔法かかってなかったっけ?
「フェル……気づいてたね」
「気づかない馬鹿がいるとは思わんかったな」
涼しげに言い退けたオオカミは、頭の上で大きな欠伸をしている。本当に、失礼な奴だ。
勢いよく頭を下げると、シュタッとフェルが軽やかに着地して、ニヤリと口角を上げた。
──べしゃっと潰れればよかったのに。
そう思ったけれど、そんな期待を裏切るあたり、本当に嫌な奴だ。
「もう乗せてあげないから」
ふんっとそっぽを向くと、ぺしゃり、と耳が伏せられ、尻尾までしゅんと垂れ下がった。さっきまで「埃がつくのだ」と偉そうに言っていたくせに、である。
「い、いいのだ……歩くのだ」
ぷいっと顔を逸らしたまま、フェルは意地を張るようにそう言った。その様子が妙に可愛くて、思わず口元が緩む。
「うん、歩けば?」
そう返すと、フェルはトボトボと歩き始めた。
けれど、その歩幅は子供みたいに小さい。ちら、ちら、とこちらを窺うように進む姿に、なんだかこちらが大人気ない気分になってしまった。
「……乗る?」
からかいすぎたか、と肩を差し出すと、「ふむ、苦しゅうない」と偉そうに言って、フェルがぴょんっと飛び乗ってくる。
その瞬間。
わさぁっ、と盛大に埃が舞った。
「げほっ、ごほっ!」
「ごほっ、なのだっ……!」
二人して咳き込みながら顔をしかめる。
「馬鹿オオカミ!」
「ルシアが悪いんじゃ!」
「どっちがよ! 元はと言えばっ──」
ぎゃあぎゃあとルシアとフェルが言い合っていた、そのとき。不意に、頭上から幼い子どものような声が響いた。
「ねぇ……それ、いつまで続く?」
声に釣られて視線を上げると、階段に妖精の男の子が腰掛けていた。
ミアたちよりもずっと煌びやかな衣装を纏ったその妖精は、脚を組み、偉そうにふんぞり返っている。
「どんくさいなー、ルミナリアの王族のくせに」
「あなた、相変わらず生意気ね」
もう少しくらい待たせておけばよかっただろうか──そんなことを思う。
とはいえ、ルシアたちにもそこまでのんびりしている時間はない。仕方ない、と小さく息を吐いた。
それにしても、どうしてこの妖精はこんなに可愛げがないのだろう。ミアとシルフィはあんなに可愛いのに。
……いや、ミアもわりと偉そうなときはあるか、とすぐに思い直したが。
「相変わらず?会ったの初めてだけど」
「……気にしないで」
「ふーん、まぁいいや」
くるん、と妖精は回転すると、「お前の主人、ダッセーの!」とミアに向かってあっかんべーと舌を出した。
それに、ミアが「なによ! 置いていかれたくせに!」と言い返した。言い返してしまった。
──あ。
ルシアがそう思ったときには、もう遅かった。あからさまに肩を落とした妖精は、ふらふらと部屋の奥へ戻っていってしまう。
そして。
バタンッ、と勢いよく扉が閉められた。
おまけに、ぺたり、と扉へ“立ち入り禁止”と書かれた張り紙まで現れる。
「……ミアのせいだからね」
「私のせいなの……? え、あいつが悪くない?」
ルシアとミアが顔を見合わせると、「我は知らんぞ」とフェルがふんっと鼻を鳴らした。
これ、本当にイヤリングは手に入るの……?
天邪鬼だらけの妖精たちに、ルシアは遠い目となった。
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