第二十七話 交差する焔
「なにしてるの?」
ルシアと大佐が固まったすぐ後ろ。
音も立てずに立っていたのはウィル先輩だった。
「いや、違う!バランス崩して!」
「なにもない」
慌てるルシアに対し、大佐はいつも通りの声を出した──ように見えた。けれど、よく見れば耳がほんのり赤い。
その変化に気づいて視線を向けていると、ウィル先輩が、片眉をかすかに上げた。
「あのさ、レンさん。──大佐」
わざわざ大佐、と呼びなおしたウィル先輩に、なんだか嫌な予感がした。
「今更、"やっぱりいる"とか、言わないよね?」
言葉は大佐へ向けられているのに、ゆっくりと近づいてくるウィル先輩の視線は、真っ直ぐルシアを捉えていた。
逃げる間もなく、とん、と軽く引き寄せられる。気づけばルシアの身体は、ウィル先輩の胸元へすぽりと収まっていた。
「俺、ずっと見てたし、待ってたんだけど」
耳元へ落ちてくる低い声に、心臓が跳ねる。
「成長したからってさ。"やっぱり好きです"なんて、今更そんな都合いいこと言わないでよ」
身体越しに響いてくる声に、胸をぎゅっと掴まれる。
喧嘩を売っているような口調なのに、どうしてか泣きそうにも聞こえて。
その感情が痛いほど伝わってきて、ルシアは息を呑んだ。
振り払わなくちゃいけないはずなのに、伸ばされた手を拒むことができない。ウィル先輩の服を、無意識にきゅっと掴んでしまったところで、しまった、と肩が震えた。
服を掴んだ瞬間、ウィル先輩の抱きしめる腕にも一瞬だけ力が入って、すぐに抜けた。それが、なんだか胸が痛くて、視線が地面に下がる。
パチパチと爆ぜる焚き木が、ゆらゆらと揺らめいている。揺れる焔を見つめていないと、なんだか泣いてしまいそうだった。
「……そうか」
黙って見ていた大佐が、小さく息を吐いた。その息の音が、やけに大きく聞こえて、ルシアは息を呑んだ。視線を上げると、一瞬だけ視線が絡む。
──どうしよう、なんて言おう。
纏まらなくて、言葉が出ないうちに、大佐は地面へと視線を落として、そのまま腰を上げてしまった。
──え?
拍子抜けしたように目を瞬かせるルシアへ、大佐はいつも通りの声音で告げる。
「もう少し、寝てくる」
それだけ言って背を向けた大佐は、振り返ることなく自分の寝床へ入っていってしまった。
「大佐っ」
思わず呼び止めると、足を止めた大佐が肩越しに振り向く。
「ん?」
ウィル先輩の胸に収まったままのルシアを見て、大佐はふっと目を細める。そして、何かを言いかけたように口を開いた。けれど結局は、なにも言わずに閉じてしまって。
「……おやすみ」
一言だけ、優しくそう残すと、今度こそ背を向けて寝床へと入っていってしまった。
残されたルシアは、胸の奥がきゅうっと締めつけられるような感覚に、何も言えず唇を噛んだ。
その背中に、もう声をかけることなんて出来なくて。唇を噛み締めたルシアを、あやすようにウィル先輩が撫でてくれる。
「ど……して……」
なんで、どうして。そう思ったけど、分かってる。一番ずるいのは……自分だ。
「ごめんね」
ウィル先輩は一度だけぎゅっと抱きしめて、ルシアを離した。
「寝ておいで。見張り、変わるよ」
そう言ったきり、ウィル先輩もルシアのことを見なかった。
なぜだかぽろぽろと涙が溢れて、誰かに縋りたくなる。だけど、目の前の背中に縋ることなんてできるはずもなくて。
ぎゅっと拳を握りしめて、リア先輩の眠るテントへと戻った。
いつもなら温かいはずの寝袋は、何故かひどく冷たく感じた。
少しでも安心したくて、隣で眠るリア先輩へそっと擦り寄る。規則正しい寝息と体温を感じながら、ルシアは静かに目を閉じた。
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翌朝、ウィル先輩も大佐もいつも通りで。
「あれ?なんでウィルが見張りしてんの?」
「ん?夜起きたらルシアが眠そうだったから変わった」
「優しいじゃん」
「まぁね。俺、優しいから」
ケラケラと笑う双子は、いつもと全く変わらない。ウィル先輩と視線が合っても、いつもと同じ微笑みが返される。
まるで、昨日のことが嘘だったみたいに。
だけど、それがウィル先輩の優しさであることは、この旅の間でよく分かっていた。
ぼんやりとウィル先輩を見ていると、いつのまにか隣にいた大佐から声がかけられた。
「そろそろ着きそうか?」
「ん?……あ、塔?」
「他になにがある」
こちらもなにも変わらない。いつも通りの、変わらない姿。この人は、本当に分からない。
「もう少しかな、なんか見覚えがある風景な気がする」
「そうか。確かこっちだとは思うが、地図がないとなんともな……」
その一言に、前の時間でヴァイスさんと大佐が道案内をしてくれたことを思い出す。あのときは必死で気づかなかったけれど、きっと事前に色々と調べてくれていたのだろう。
不慣れな土地を迷わず進めたのも、危険な場所を避けられたのも、全部二人が支えてくれていたからだ。
──甘えてたんだなぁ。やっぱり。
今さらになって胸の奥が熱くなる。もう遅いと分かっているのに、その温もりが、恋しくなった。
「よし、行こっか」
「行こう行こう!」
元気いっぱいなリア先輩の声に背中を押される。空を見上げると、雲ひとつない快晴で。その眩しさに目を細めた。




