第二十六話 揺れる火影、揺れる距離
「気をつけてね」
「ルシアたちも、気をつけるのよ」
ルシアたちは南海岸の廃塔へ向かい、母とノエル、ヴァイスさん、グレインさんの四人は北のノースブルクへ向かうことになった。
北のノースブルクには、かつてルミナリア王族を支えた専属魔法使い、アルノー・クラウゼがいる。
クラウゼさんは、マレディア王の息子ブレインに騙される形で、ルミナリア王族崩壊のきっかけを作ってしまった人物だ。その罪悪感から、今はノースブルクの山奥に幻術を張り巡らせ、半ば引きこもるように暮らしている。
前の時間では、ルシアとノエルが直接説得し、半ばお尻を蹴飛ばすような形で王国奪還へ協力させた。
だが今回は違う。
クラウゼさんの親友である母が、生きているのだ。
実際に再会し、言葉を交わすことでしか解けないものもあるだろう。そう考えたルシアが事情を説明すると、母は「いつまでぐちぐち引きずってるのよ。男らしくないわね……」と、なんとも怖い笑顔を浮かべていた。
きっと、いい感じにまとめてくれるはずだ。
なにより、クラウゼさんは王国奪還において欠かせない戦力である。ぜひ母とノエルには頑張ってもらいたい、とルシアは密かに願っていた。
「たぶん、こっちの方が先にアイゼンシュタットに着くから。待ってるね」
「ちゃんとレオンさんの言うこと聞くのよ」
「私、もう18なんだけど……」
「身体はね。私の中ではまだまだ子供よ?」
ひらひらと手を振った母は、ノエルの手を引いてそのまま歩いていく。その後を追うヴァイスさんとグレインさんに、ルシアは頭を下げた。この二人が一緒で、シルフィもいるのだ。母たちのことを何も心配することはない。
「それじゃ、私たちも行こっか」
「そうだな。待ちくたびれているだろうし」
「妖精たちはたいして気にしておらんと思うぞ」
興味なさげに乗っかっているフェルが、くわっと欠伸をする。
「海岸線に美味しい海鮮が……」
「なに!?早く行くぞ!急ぐのだ!」
食いしん坊の狼がぶんぶんと尻尾を振る。頬に触れるそれがくすぐったくて、ルシアは笑いながら歩き出した。
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「おー!美味しい!うまいぞ、ルシア!」
「フェル!喋らないで!目立つでしょ!」
海辺のレストランに設置されたテラスでご飯を食べる。冒険者のカモフラージュとして、魔獣狩りや依頼等もこなしているルシアたちは、資金もバッチリだ。
「でも、本当に美味しいね」
「ルシア、ほっぺついてるよ」
ウィル先輩がひょいとつまんで、ルシアの頰についていた食べかすを食べる。
「なっ」
ウィル先輩は、あの一件からルシアに対しては態度を隠さなくなった。それは、他の人には分からない程度だけど、ルシアにはわかってしまう。
「ん、美味しいね?」
ただでさえ顔が整っているのだ。本当にやめてほしい。
「今からどうする?」
向かいの席から投げさせられた大佐の問いに、ルシアは視線を向けた。
「んー、北との調整もあるし、少しこの辺りの遺跡も巡りたいな。海岸線沿いは、あまり知り合いがいなかったんだよね。仲間集めはアイゼンヴァルト中将に任せてたから、私も全部は把握できてなくて……ごめん」
「いや、十分だろう。君はよくやっているさ」
向かいの席で料理を頬張る大佐が、気にするなと首を振る。ルシアは小さく肩の力を抜いた。
「廃塔、先に行く?」
「うん、それはそうだね。待ってくれてるし」
リア先輩の問いかけに、ここからでは見えない塔へと思いを馳せる。あの場所にいる妖精は、今も一人、窓際に座っているのだろうか。
そう考えると、早く迎えに行ってあげなくてはという気持ちが胸に広がった。
「ここから近いのか?」
「んー、野営して一日かな。たぶんだけど」
「そこそこ、というところか」
「では、暗くならないうちに進もう」という大佐の声に、ルシアたちは腰を上げた。
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パチパチと枯れ木が弾ける音が響く。夜の闇に浮かぶ火は、何かに追い立てられるような気がして少しだけ苦手だ。時折ミアと小声で話しながら、時間をやり過ごす。
湿った土を踏み締める足音にルシアが振り向くと、大佐の姿があった。
「あれ?もう交代?」
「いや、目が覚めたから起きただけだ。変わるか?」
「んーん、まだいいよ。寝てきたら?」
「いや、それでは、番に付き合おうか」
どさり、と隣に腰を下ろした音に、そちらを向くことができなかった。
「……どうした?」
口を開かないルシアを不思議に思ったのか、大佐がルシアの顔を覗き込んできた。
「いや、なんにも……」
意識、されてないんだもんなぁとため息を吐く。
身体が成長して少しは相手にされるようになるかと思いきや、全く態度は変わらない。近くなった目線にドキドキするのはルシアばかりで、少し腹が立つ。
「ねぇ」
「なんだ?」
「大佐は、どうやったら見てくれるの?」
久しぶりに呼んだ"大佐"という言葉に、大佐がピクリと反応した。なんとなく、皆んなみたいにレンとは呼びたくなくて、最近、そもそも名前を呼んでいなかった。
そして、ルシアの問いかけに、一瞬怪訝そうな顔をした大佐は、すぐに意図を理解したらしい。少し気まずげに、視線を宙に彷徨わせた。
「あー……、うーん……」
「そんな困らなくても……」
「いや、困るだろう。普通に」
あれ?なんか、前と反応違う?
「前はもっと軽く流してたじゃん」
「君がいきなり、成長するのが悪い」
おっと、これは。意外と効果があったりして?
開いていた隙間を埋めるようにぴたりと身を寄せると、大佐はすぐにするりと横へ逃げた。
けれど、ルシアも負けじとその隣へ身体を滑り込ませる。
「やめなさい」
「やーだね」
「君は全く……行動が以前と変わらないじゃないか……」
額を抑えて、ため息を吐いた。ムッとしてルシアは口を尖らせた。
「もともと中身は18だったんだから、変わるわけないでしょ」
「では、元々が子供っぽいということだな」
「ひどいっ!」
頰を膨らませたルシアに、大佐はくくっと楽しそうに笑った。
「そういえば、その“大佐”呼びはなんとかならないのか?」
膝に肘をつき、頬杖をついた大佐が覗き込んできて、胸が高鳴る。
──大佐は、もう少し自分の顔の良さを自覚した方がいいと思う……
動揺したのが悔しくて、ルシアは平静を装いながら問いを返した。
「大佐……じゃないって、どういうこと?」
「私は既に指名手配されている。大佐としての権限も剥奪済みだ。つまり、私はもう“大佐”ではないのだが?」
面白がるような男の言葉に、ルシアの心は大きく揺さぶられた。
これまで、一度たりとも“大佐ではない彼”を意識したことなどなかった。いや、厳密にはあったのかもしれない。けれど、考えたことすらなかったのだ。
──たった今、本人からそれを突きつけられるまでは。
やっとの思いで絞り出した声は、情けないほどに掠れていて。
「……っ!じゃあ、なんて呼べば……」
「そうだな……"レオン"なんてどうだ?」
「君は皆を名前で呼んでいるだろう?」と絶対に楽しんでいる声でクツクツと笑う。
レオンって呼ぶ?え、無理すぎない!?
「え、無理!」
「無理ではないだろう?」
──本当にこの人、なにがしたいの!?
そう叫びたいのに、まったく言葉が出てこなかった。笑い続ける大佐を見ていると、なんだか腹が立ってくる。
文句を言おうと勢いよく顔を上げた瞬間、ぐらりと身体のバランスが崩れた。
「おい! 急にうごっ──」
バランスを崩したルシアを支えようと、ぐいっと手を引いた大佐の文句は、不意に途切れた。思っていたよりもずっと近くに、ルシアの顔があったのだ。
互いの吐息が触れそうな距離。
その近さはルシアにとっても予想外だったのだろう。ぱちりと目を瞬かせたまま、固まった。




