第二十三話 妖精たちの秘密
「大丈夫?」
ルシアの呼吸が落ち着いたのを見て、母が声をかけてくれた。
「ん、大丈夫。もう大丈夫。ありがとう」
スッキリとしたルシアの顔に、母の表情も和らいだ。そこへ、今まで様子を伺っていた大佐が口を開く。
「詳しい話が聞きたい。ここではなんだし、宿に戻るか?話せそうな場所があるならば、ここでもいいが」
大佐の言葉に、ルシアは一つの場所が思い浮かんだ。
「それなら、お母さんたちのお部屋は?」
「私たちの?」
「そう。前のときもそこで話したんだ」
するっと、その言葉が出てきた。そのことに、本当に解除されたのだという実感が湧いて、何となく嬉しくなる。
前回訪れたのは、今から3年後。それよりも早い今ならば、より状態もいいだろう。
「そうね……そうしましょうか」
母の言葉を皮切りに、皆で移動を始めた。
「わぁっ……!」
足を踏み出した途端、バランスを崩して倒れ込みそうになったところを、大佐に抱き留められる。
「あ、ありがとう……」
「どうしたんだ? やはり体調でも?」
間近で顔を覗き込まれ、心臓が跳ねた。
「違う違う! 身体が大きくなったからか、ちょっとバランス崩しただけ! ゆっくり歩けば大丈夫!」
その言葉に納得したのか、大佐はゆっくりとルシアの身体を離し、そのまま手を取ってエスコートしてくれる。まるで、お姫様になったみたいだ。
「ふふ、本当に姫と騎士みたいね」
「お母さん!!」
母のからかうような言葉に、ルシアは顔を真っ赤にしながら声を上げた。
「はいはい、ゆっくり行きましょう。大丈夫そう?」
「うん、大丈夫。ありがとう」
ルシアの言葉に、皆がゆっくりと歩き出す。
先頭を歩くのは、どこか浮き足立った様子のフェルだった。尻尾がぶんぶんと揺れていて、思わず吹き出しそうになるのを堪える。
寂しがり屋な狼の精霊は、ルシアが大好きだったあの頃と何ひとつ変わらず、相変わらず素直じゃなかった。
⸻⸻⸻⸻
「ミア、シルフィ、お願いできる?」
「お任せあれ!」「任せて!」
くるくるとミアとシルフィが部屋の中を舞うと、きらきらとした光と共に、薄く積もっていた埃が消えていく。
まるで先ほどまで誰かが暮らしていたかのような空間には、どこか温かな気配が残っていた。
その光景を、母はどこか嬉しそうな目で見つめていて──その表情が、ルシアの心を震わせた。
部屋の中に入り、ソファーへと腰掛ける。懐かしそうに部屋の中を見て回った母も、ルシアの隣へと腰掛けた。それを見た大佐が、口を開いた。
「それで?君はなぜ戻ってきたんだ?」
「それが、私もよく分からなくて」
尋ねられたルシアは、知らん顔しているフェルを横目に見ながら返事をした。
「私が戻されたときは、王国をマレディア王から取り戻して、戴冠式を終えたとき。フェルが"足りない"って言って時を戻したの」
その言葉に、丸くなっているフェルへと視線が集まる。
「……儂は言えぬぞ」
「そうだよねぇ、知ってた」
前のときも「言えない」と言っていたのだ。本当に言うことができないのだろう。
「なんだろう……」
全員で頭を悩ませていると、ヴァイスさんが考えを整理するように、ゆっくりとした口調でルシアに尋ねた。
「ですが、何かを探さなければいけないのは確かなんですよね。前の時に何か見つけたものなどはなかったんですか?".足りない"ということは、少しは見つけていたのではないでしょうか」
ヴァイスさんの言葉に、ルシアは前の時間へと思考を巡らせる。
何か……見つけたもの……?
「あ」
「なにかあったのか?」
思わずごぼれ出た言葉に、大佐が反応する。
「赤い宝石」
「ほう……」
ルシアの言葉に、フェルが短く言葉を漏らした。だけど、それ以上は語るつもりはないのか、意味ありげに目を細めたままでいる。
すると、思わぬところから助け舟が出た。
「赤い宝石……確かにあったわね。この城にも」
「え!?あったの!?」
「ええ……確か"赤い宝石が嵌めこまれた装飾具が三つある"……という話を聞いたことがあるわね」
顎に手を添え、上を向いた母が、記憶を辿るように目を細める。更なるヒントを求めて、ルシアは身を乗り出した。
「それ、どこにあるの!?」
「私も見たことがないのよね……嫁いで来たときに聞かされた口伝の中に、そんな話があった気がする……くらいで」
「口伝ということは……私たちが聞いてはまずいのでは?」
「王家も何もないんだもの、いいでしょ、皆さんなら悪用もしないでしょうし」
母はコロコロと笑っているが、本当にいいのだろうか。……まぁいいのだろう。フェルがふんっと鼻を鳴らしているところを見るに、その赤い宝石で間違いはなさそうだ。
知っているなら教えてくれたらいいのに、この精霊狼は意地悪なのか、あるいは言えない理由があるのか、頑なに口を割ってくれない。
「ねぇ、フェルは教えてくれないの?」
「我らにも、言えることと言えんことがある。のぉ、そこの妖精よ」
フェルに視線を向けられたミアとシルフィが「ぴえっ」と小さな声をあげ、ルシアとノエルの背中へと隠れる。
そういえば前の時間でも、二人はフェルの顔色を窺っていることがあったな、とルシアは思い出した。
「ねぇ、フェルは何者なの?」
「ルミナリア王族の守り神。それ以上は言えんな」
「そっかぁ」
前の時間と同じ答えが返ってきて、やはり言えないのか、とルシアはそれ以上の追及を諦めることにした。
前の時間で学んだのだ。精霊は気まぐれで、なおかつ多くの制約を抱えている、と。
精霊たちのことは一旦置いて、ルシアは小さく息を吐いた。これからの未来について、思考を巡らせる。
前の時間とは違う流れ。変わり始めた未来。その中で、自分はどう動くべきなのか。
──これから先の未来が、この決断により大きく変化していくことを。
目を細め、静かに見守る守り神だけが知っていたのである。
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