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第二十二話 私だけの宝箱


「……大丈夫か?」


 頭を抱え、うずくまったままのルシアの横に屈み、顔を覗き込んできたのは大佐だった。


 その顔の近さに、ルシアの顔は真っ赤になる。


「な……な……!」

「身体や魔力に異変はないか?流れがおかしいところはないか?」


 赤くなったルシアに構うことなく、大佐は矢継ぎ早に質問を飛ばす。まるで医師の問診のように業務的に行われるそれに、ルシアも次第に冷静さを取り戻した。

 

 問われるがままに答え、魔力の流れがどうだこうだ、いう話を続けていると、「あなたたち……」という母の呆れたような、それでいて心配そうな声が聞こえ、顔を向ける。


「詳しいことは後にしてもらってもいい?ルシア、身体は大丈夫なのよね?」


 念押しするような母の言葉に頷く。魔法による成長だったからか、身体に痛みはないし、服も一緒に大きくしてくれたらしく不便はない。目線が高くなったなぁ、と思うくらいだ。


「そう……よかったわ……レオンさんも、一旦詳しいところは後でもいいかしら?」

「あぁ……すまない」


 安堵の息を吐いた母が、大佐に声をかける。冷静な顔をしているが、大佐も実は慌てていたらしい。

 

 落ち着いて周囲を見回すと、驚きと心配と興味が入り混じった複雑な視線がルシアへと集まっていた。


「私は大丈夫、身体もなんともないよ」


 ニコリと笑いかけると、みんなも安心したように笑ってくれた。


「つまり、ルシアって元々年だったってこと?」


「そりゃ、大人っぽいはずだわ」と、あけすけなリア先輩に、「リア、言い方……」と、ウィル先輩が突っ込む。

 いつものリア先輩の様子に、なんだか救われた気分になる。普通なら、もっと好奇の目に晒されてもおかしくないのに、この人達はいつもどおりだ。


「んー、説明がなぁ……言えないんだよね。フェルなら言える?」


 視線を空中に彷徨わせる。説明しようにも、時戻りのことが言えなければ説明のしようがなくて、元凶だろうフェルへ視線を向けた。

 

「儂に会ったときに、言葉の守りは解除しておるぞ。そもそも、なんでついていたかも謎じゃ」

「なにそれ!?じゃ、何で言えなかったわけ?」

「知らぬ」


 そんな、どうでもいい……みたいな言い方しなくても。どれだけ私が苦労したと……。


 肩を落とすルシアの腕を、寄ってきたリア先輩が引っ張った。リア先輩を見ると、いつもより距離が近く、なんだか照れてしまう。


「ねぇ、どういうこと?」


 促す言葉に周囲を見回すと、みんなの視線が集まっていた。その視線に、覚悟を決める。


 大丈夫。きっと、みんななら受け入れてくれる……はず。


 ルシアは大きく息を吸い、話し始めた。


「……私は、未来から戻されたの。六年後のここで、時間を巻き戻された」


 ルシアの切り出した言葉に、みんなの顔が驚愕に染まった。息さえも止まるような緊迫感の中、破ったのは……フェルの欠伸だった。


「くぁ」

「……フェル?」


 人の一世一代の告白をどうしてくれるんだ。


 思わず低い声が出て、呑気に大きなあくびをしているフェルを睨む。


「何がそんなに大ごとなんだ? ルシアはルシア。ここにいるやつらも同じ人間。何も変わらん。時が、ただ戻っただけ。また同じように時間を刻むだけだ」

「それはそうだけどさ……」


 でも、そうじゃないのだ。同じ人だけど、同じじゃない思い出を刻んで、同じ想いを抱くとは限らないのだ。ルシアの行動によって、すでに大きく道は逸れ始めてるのだから──


「同じだけど、同じじゃ、ないんだよ……」


 漏れ出た言葉は、小さい呟きだった。それでも、静まり返った城内にははっきりと響き渡った。

 

 誰もが動けない中、コツコツと優しい足音がルシアに近づいた。そっとルシアを抱き寄せたのは、母だった。


「よく、頑張ったわね」


 優しくて、温かい、ゆっくりとした口調で。様々な想いが込められた、労りの言葉。


「これからは、みんなで背負いましょう」


 これまでの全てを、包み込むような言葉だった。ぽろぽろと雫が頬を流れる。


 悲しかった、悔しかった、恋しかった。


 前のルシアと、今のルシア。

 

 同じ人たちでも、同じ想いを抱き、同じ未来を歩むとは限らない。ルシアの選択は、もうすでに未来を変え始めているのだから。


 ──前の記憶は、思い出は、宝箱に詰め込もう。

 

 今まで無理やり飲み込んでいた想いを、やっと受け止めることができた気がした。

 

 楽しかった思い出を、これからを生きる力に変えられるように。あの日々は消えない。ちゃんと、私の中にある。キラキラして愛おしくて、少しだけ苦しい思い出。

 

 それは、誰にも触れられない、私だけの宝物。


 ここにあるから、大丈夫。もう寂しくない。私には、()()みんながいる。


 今度こそ、この道をしっかり歩いていけるように。大切な人たちを、ちゃんと見失わないように。


 母に抱き寄せられながら、ルシアは静かに目を閉じた。


 頬を濡らす涙を拭う母の手は、あの日失ったはずの温もりそのもので──ルシアは、その優しさを噛み締めるように受け止めた。

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