第二十話 祝賀会
「特級魔法使い、合格おめでとう!」
「ありがとう!」
寄宿舎の机にオードブルを広げ、皆と乾杯をする。
お店じゃないの?と思って聞いたら、未成年のルシアたちへの配慮らしい。そういえば、前回は士官学校に入ってからだったな、と気づく。そんなところまで気を使ってくれていたヴァイスさんへの尊敬が高まった。本当にすごい人だ。
「それにしても、ひやひやしたー!」
「王都から来た奴ら、豆鉄砲食らったみたいな顔してたね」
「俺たちも変わらなかっただろ」
口々に好き勝手を言われ、褒められているのか貶されているのか微妙なところだ。でもみんながとても楽しそうな笑顔で、怒る気持ちにはなれない。
「そういえば、大佐昇進おめでとうございます!」
「私の大佐昇進はおまけか……まぁ、おまけみたいなものか」
「私のおかげだよ!」
「そうだな、感謝しているよ」
「棒読みっ!」
ははっと笑いが起き、温かい雰囲気に包まれる。ピリピリとした日々を送る中でも、アルグレイ隊の皆と過ごす時間は、幸せで、大切な安息の時だ。
「たいさっ」
「なんだ?」
「たーいさっ」
「だからなんだ?」
「なんにもなーい」
「なんだそれは」
ピンとデコピンをされ、「あいたっ」と額を抑えながらもにやけてしまう。やはり、”大佐”という響きは特別だった。”レオン・アルグレイ”はこうでないと。
幸せを噛み締めるルシアを、じっとその笑顔を見つめる視線があることに、気づかなかった。
⸻⸻⸻⸻
──コンコン
「はーい」
近くにいたノエルが扉を開くと、そこにはウィル先輩が立っていた。
「ウィル先輩?」
「おう、ごめんな。寝る前に。ルシアいる?」
「姉さんですか?待ってくださいね。姉さーん、ウィル先輩!」
ノエルに呼ばれ、パジャマに着替えたルシアが顔を出す。
「なに?どした?ウィル先輩が用って珍しいね」
「ちょっと話したいことがあって。外行ける?」
「外?今から?」
「ついでにちょっと飲み物買いに行こうかなって、リアが酒が無くなったってうるさくて」
下を指さしたウィル先輩に、耳を澄ましてみると、確かに大人組はまだ宴会の最中らしい。二次会は本格的に大佐の昇格祝いへとシフトしていた。
「んー、分かった。ちょっと着替える、待ってて」
「おう、急がなくていいぞ」
パタパタと足音立てて部屋に戻るルシアを見送ると、傍で成り行きを見守っていたノエルが口を開いた。
「ウィル先輩」
「ん?なに?」
「姉さん、困らせないでくださいね」
「んー。そうだね、約束はできない、かな?」
「……じゃあ、傷つけないでくださいね」
「分かった、それは約束する」
「お願いします」
ノエルの声は普段の柔和なものではなく、棘を含んだものだったが、ウィル先輩はいつもどおりの飄々とした、掴みきれない態度で。その様子を見たノエルも「これ以上言っても無駄か」と、小さくため息を吐いた。
「お待たせしましたっ!……あれ?どうかした?」
「何にもないよ。いってらっしゃい、夜遅いから気を付けてね」
「ウィル先輩がいるから大丈夫!行ってきます!」
元気に手を振って出ていくルシアを見送り、ノエルはまたため息を吐いた。
「そのウィル先輩が危険だってこと、気づいてないよねぇ」
「鈍いなぁ」と肩を竦めたノエルは、ベットへと戻った。人の感情には敏感なくせに、その方面にはからっきしな姉にはいい薬かもしれない、と思いながら。
⸻⸻⸻⸻
静まり返った街を、繁華街にある酒屋から出て並んで歩く。ウィル先輩と二人っきり歩くのは初めてで、何を話せばいいかいまいち掴めない。
「それで、どうしたんですか?」
「わざわざ連れてきて」と続けながら、横顔を見上げても、その顔には影が落ちていて、表情を窺うことは難しい。
「……ルシアってさ、本当に大佐、好きだよな」
「ん?大佐?何をいまさら」
「好きだよー、へへ」と顔を緩ませると、ウィル先輩の顔が僅かに歪んだ。だけど、暗闇に包まれた表情に、ルシアが気づくことはなかった。
「どうしたんですか?いきなり」
「んー、いや」
ウィル先輩が足を止め、手にぶら下げていた袋に入っていた酒瓶同士がぶつかる。カチャンという音が、夏の終わりの夜に静かに響いた。
「立ち話もなんだし、そこ、いい?」
指出された先には、見覚えのある公園があった。
なんだっけ?いつ見たんだっけ?あ……アッシュ……。
思い出した記憶は、懐かしく、ほろ苦い。
ルシアが士官学校に通うことのない以上、今世ではきっと交わることのないだろうアッシュ。今頃は元気に士官学校の試験に向けて、剣を振り回している頃だろうか。
誰にも話すことのできない思い出を胸に、ルシアはウィル先輩の背中を追いかけた。
⸻⸻⸻⸻
なんの偶然か。アッシュと並んで座ったベンチに、今はウィル先輩と並んで腰掛けていた。
「それで?どうしました?」
なかなか話し出さないウィル先輩に、手持無沙汰になる。なんとなく空を見上げると、夜空には光を放ち、ぼんやりと浮かび上がる月が浮かんでいた。その月は、少し欠けていた。
その不完全な形は、心に小さな波紋を呼んだ。
何とも言えない切なさが広がる。
静かな夜の静寂は少し居心地が悪くて、ルシアは口を開いた。
「月、綺麗ですね」
「ん?月?ああ、綺麗だね」
どこかで聞いたような反応にピクリと身体が動いたけれど、月の話が出されたら普通の反応か、と息を吐く。
「それで?どうしたんですか?」
月からウィル先輩へと視線を移すと、ウィル先輩は視線を彷徨わせたままルシアを見ない。買い出しに付き合わせたくせに話出さないウィル先輩に、心が波立つ。
「もー、ウィル先輩らしくないな!なんですか?いつもバサバサ決めていくのに」
「ルシアの俺の印象ってそんななの?」
「え?そうじゃないですか?ミア先輩のぼんやりした意見を、ウィル先輩がまとめて。ふざけたミア先輩に突っ込んで」
「俺はミアの付属品か?」
「そんなことないですよ」
あはは、と笑って誤魔化す。確かにウィル先輩は、ミア先輩とセットの印象が強い。それは、前世でウィル先輩との関わりが薄く、ミア先輩と一緒にいるところばかりを見ていたからだろう。
「俺は、どうやったら、ルシアに俺を見てもらえるのか、ずっと考えてる」
「……はい?」
「大佐だと13歳差だろ?俺なら、9歳差。どう?」
「いや、意味が分からないんですけど」
「鈍いな」
ふっとウィル先輩が少しだけ笑った。
「好きだっていってんの」
その言葉に、ルシアの呼吸が止まった。立てて歩いたフラグを、見事に回収してしまった現状に頭を抱えたくなった。
「おまえが大佐の周りうろちょろしてるから。俺だけは騙されないと思って見張ってたんだよ」
「うん」
淡々と、早口でまくしたてるウィル先輩は、こちらを見ない。
「でもさ、何にもないんだ。魔術の練習して、勉強して……やること全部、大佐のためで」
何もない地面を見つめたまま、話し続けている。
「……気づいたら、お前のことばっか見てた」
「え……」
「それなのに、お前は大佐しか見てない」
初めてウィル先輩がこちらを向いた。その目は強くて、熱くて、目が離せない。
「ねぇ、なんで?」
「なんでって……」
「なんで、そんなに大佐が好きなの?なんで大佐じゃなきゃダメなわけ?」
その言葉は、痛くて、悲しくて、叫ぶような静かな言葉だった。心が泣いてような、悲しい響き。思わず抱きしめてあげたくなる響きだけど、そうする資格は、私にはない。
何も答えることのできない自分が歯痒くて、手を握りしめる。
「分かるよ?大佐は男前だし、優しいし、頭切れるし、特級魔法使いだし、漆黒の守護者とかいうかっこいい二つ名まであるし、全部持ってる」
「うん……」
「……でもさ、ルシアが大佐しか見てないの、普通に腹立つ」
ウィル先輩ってこんな熱い性格だったかな……。ルシアの知っているウィル先輩は、いつも楽しそうにミア先輩と笑っていて、サポートをしていて──こんな感情を剥き出しにしたウィル先輩は、見たことない。
私は今まで、ウィル先輩の、何を見てた?
「だから……俺じゃ駄目なの?」
「大佐は、ルシアのこと……子どもとしか見てないじゃん……」
力なく続けられた言葉は、泣きそうで。いつものウィル先輩の面影はない。ウィル先輩が本当に悩んで、伝えてくれたことが分かった。
人の想いに向き合うのは……いつも重い。
言葉を選んで、選んで、ゆっくりと口を開く。その間、2人の間には、暗闇に溶けた静寂だけが存在していた。
なんて言おう。でも、やっぱり……これしか言えない。
「……ごめん……なさい」
「なんで」
分かっていた、そんな諦めを含んだ問いかけの言葉に、答えに詰まる。時戻りの前から好きだから、なんて言えるはずもない。
「私が折れそうだったとき、支えてくれたの……いつも大佐なの。だから、私は大佐を支えたい」
吐き出した言葉は、震えていて、みっともないくらい掠れていた。
「あの人、すぐ一人で抱え込むから。今度こそ、守りたい。」
たどたどしく伝えた言葉を、ウィル先輩はどう受け取っただろう。
それから、どちらも口を開かなかった。
長い長い沈黙が続き、何と言おうか、と再び口を開きかけたそのとき。ウィル先輩が言葉を発した。
「そっか……」
痛いような、悲しいような、だけど納得したような複雑な声色。
誰よりも大佐を支えたい気持ちは同じで、同じものを見ているからこそ、分かってしまう。この気持ちは、きっと複雑だ。
私は、あの二人のようにはなれない。同じ人を支えることを選んだ、前世でのミア先輩とグレインさんのようには。
自分を見てくれるこの人を選んだ方が、幸せなのかもしれない。だけど、そうじゃないから。私は、あの人の隣で、支えて笑いたいんだ。
たとえ、どんなに時間がかかったとしても──
「だから、ごめんなさい。ありがとう」
きっと、伝わった。ずっと一緒に同じ人を見つめてきたこの人になら伝わる。そんな確信があった。
「……分かった。けど、諦めないから」
「うん」
「ありがと」
ウィル先輩は、静かに立ち上がり、歩き始めた。その足は寄宿舎へと向いていて。しっかりした足取りにほっと息を吐き出すが、その手が震えているのを見て、そっと視線を逸らした。少し距離を置いて、着いていく。
あの日と同じ色をした満月が、あの日と違う二人を照らしていた。
それはなんだか、この世界の複雑さを表しているようで、気持ち悪くて、悲しくて、どうしようもなく苦しくなった。
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