第十九話 王前試験──氷の刃は王を狙う
「大口叩いたんだ、儂をここまで来させるだけの実力はあるんだろうな?」
「……ご覧いただければ分かるかと」
「ほう、肝の据わった小娘だ」
やれ、と国王が顎で指示を出す。
──そもそも、あんたに来てくれなんて頼んでないし、勝手に来た癖に。嫌な奴。
「よろしくお願いします」
静かに頭を下げたルシアは、顔を上げた瞬間、地を蹴った。
「ミア」
小さくミアの名を呼び、右手に左手を翳し──振り抜き、動きを止めた。
キンと張り詰める空気。
それは、ルシアの右手に生じた氷の刃のせいだけではない。
刃のその先──国王へと迫った氷の刃が、国王の息子、ブレインの手によって止められたことで生じていた。
「なんのつもりだ」
微動だにしない国王に舌打ちしたくなるのを抑え、ルシアは刃を引き、一礼する。
「差し出がましいとは思いましたが、国王自らがこのような場に足を運ばれるのは危険かと思い。ご忠告まで」
国王の奥に見える少佐の顔は、完全に表情を失っている。取り乱していないだけでも凄いよね、さすが少佐──と、その事態を引き起こしているのが自分であることは棚に上げる。
「小娘、覚悟は出来てるんだろうな?」
防御魔術を発動したままのブレインの言葉に、呆気に取られていた周囲の軍人たちも銃を構えた。
「殺そうとしても構いませんが……あなた方が死にますよ?」
ニコリと微笑んだルシアの顔に動揺は見られない。その様子に、国王は片眉を上げ、ゆっくりと口を開いた。
「いい度胸だ。おい、ブレイン」
「はい、父上」
「我が息子、ブレインだ。愚息だが、特級魔法使いだ。手合わせせよ。──おい、ブレイン。つまらん奴なら殺して構わん」
「陛下っ」
「アルグレイ、儂はお前に発言を許していないが?」
少佐へは一瞥もくれず、国王がルシアを眺めたまま言い放つ。
──なにこいつ、本当に嫌な奴。え、ていうか殺していいの?
「”ルシア、殺すなよ”だって」
少佐に小さく手招きされ、呼ばれたリアが戻ってきて、ルシアの肩で囁いた。少佐に目をやると、”分かっているな”という圧が凄い。
「えー」
「えーって言われても、私は知らないよー、伝えただけ」
国王の息子が村を焼き払い、父を殺した犯人であることは以前伝えていた。あわよくば殺してしまおうか、というルシアの物騒な考えは完全に読まれていたらしい。しょうがないか、と目の前のブレインへと向き合う。
「よろしくお願いします」
「父上を侮辱したな、父上は許しても僕は許さない」
「はい……?」
──あんたの父親も別に許してはないでしょ。そもそも、あんたたちが私たちにしたことは棚に上げてどの口が言うんだか。少佐の頼みだから殺さないであげるけど。
「僕は優しいから、一思いに殺してあげる」
「出来るようなら、どうぞ?」
「大した自信家だ。ここまで来ると可哀そうになるね」
「どうも」
のらりくらりと受け流すルシアの態度に腹を立てたらしいブレインは、片手に魔術で炎を生み出すと、勢いよくルシアへ向けて放った。
「ミア」
「はーい」
ジュッという音と共に、炎の玉を打ち消すと、目を見開いたブレインが「へぇ」と面白そうな顔で舌なめずりをした。
ブレインが次々と炎の玉を生み出し、ルシアへと打ち出す。その炎をルシアは、ことごとく無に帰した。炎に氷をぶつけることで相殺したのだ。
だが、炎で埋め尽くされる空間はまるで、村を焼いた再演で──ルシアの沸点を軽々と超えた。
「ミア、瞬間氷度」
「了解!任せてっ」
瞬間氷度──ルシアが時戻りをしてミアと編み出した必殺技。
以前のアイスコールドは全てを凍らせるため、味方がいる場面では不便だった。その欠点を補うため、ミアと特訓して生み出したのだ。
──キン
ブレインの動きが突然停止し、生み出され続けていた炎も姿を消した。目を見開いたブレインは、声を出すこともできない。かろうじて動いている眼球が、生きていることを告げていた。
その光景に、見学していた全員が眉を顰める。何が起きたのか──その答えは、すぐにルシアによってもたらされた。
「動けないでしょ?あなたの表面の水だけ凍らせたの」
そんなことが可能なのか──?
だが、目の前の光景を見せられては、信じざるを得ない。
「それで?私は殺しても……いいんですよね?」
ニコリと国王に向かって微笑みかける。その微笑みは、どこまでも冷たいもので──
「氷の、王女」
見学していた誰かが零した呟きが、静寂に響いた。場を支配する様は女王然としているが、目の前の魔法使いは間違いなく少女で、王女だった。
「ふむ……。いいぞ、と言ってやりたいところだが」
あれ?こいつにもまだ親の情があったのか?と思ったが、続けられた言葉にそれは過大評価だったことにすぐに気づく。
「こやつにはまだ使いどころがあるのでな、まだ殺さないでくれ」
屑──どこまでも屑だった。親や人としての情を一瞬でも期待した自分が馬鹿らしい。
「はぁ……」
もはや反応するのも馬鹿らしく、身体の表面を覆う氷をルシアは指を弾いて溶かした。正確に言えば、溶かしたのは、ルシアの合図を受けたミアだが。
「父上!」
「来るな、使い物にならんやつめ」
親子の会話とは思えない温度差に、ルシアは思わず顔をしかめる。
「ルシアといったか。お前を特級魔法使いとしよう」
「……ありがとうございます」
「当然だ、とでも言いたげな顔だな。それで?お前は儂ではなく、アルグレイに仕えるといったか?」
──来た。ここで間違えるわけにはいかない。少佐のためにも、私のためにも。
「決して、そんなつもりは。ただ、特級魔法使いである私を最も上手く使うことができるのが、同じ特級魔法使いである少佐であると判断したまでです」
「ほう……」
国王が目を細め、真意を探るようにルシアを眺める。
「続けろ」
「私は、王国内にある過去の魔法使いたちが残した”遺物”。その研究をしたいと思っています。その許可をいただければ。お役に立たせていただければと思っています」
「ふむ……」
生やしたひげを撫でつけながら、国王が思案する。
今言った理由は間違っていないけど、国内をめぐるのは国民を助けるためだし、協力者を探すためだ。国王の役になど一ミリも立つつもりはないが、そんなのは臆面にも出さない。
ばーかばーかと心の中で舌を出す。この場で殺してやれないのが腹立たしいが、王国の混乱を思えば仕方がない。ルシアが苦渋を飲むしかないのだ。
「良かろう、許可しよう。せいぜい役に立て」
「ありがとうございます」
ルシアが頭を下げると、満足気に国王は笑った。その少女が腹に何を抱えているかも知らない癖に、おめでたい頭だ。
「おい、アルグレイ」
「はっ」
国王に呼ばれた少佐が一歩前に出た。
「お前、少佐だったな」
「はっ」
「特級魔法使いをつけるのに箔が足りん。大佐にしてやる」
「……!はっ、ありがとうございます」
「せいぜい励め、報告は適宜しろ」
「イエス、サー」
──これは予想外。強制力?大佐になる予定ではなかったんだけど、まぁいいや。呼びやすいし。
予期せぬ拾い物に内心にんまりしながら、ルシアは頭を下げ続けた。




