第十六話 一人じゃないと知った、温かな朝
ちびちびとコーヒーを飲む間にも、母と少佐の話は進んでいく。
「エリシアさんとノエル君ですが、できれば私たちの宿舎で暮らしていただけませんか。もちろん、ルシア嬢もご一緒に」
「私は"嬢"のままなの?」
「ルシア、少し静かにしてなさい。話が進まないわ。宿舎に、というのは……どうして?」
「事情を知った以上、臣下としても街で暮らされるのは不安です。妖精から、髪色を変えていると伺いましたが……」
「あら、妖精のことも聞いたのね。私も見えなかったから会いたかったのよ」
「え!?お母さん見えないの!?ミアに話しかけないなと思ってた!」
「だって私の妖精は消えてしまったし、私は純粋な王族じゃないから。妖精の姿は見えないわ」
「早く言ってよ!ミア、お願い!」
「はいはーい」
ミアが母の上で舞うと、キラキラとした光が母に降り注いだ。その光を、母はどこか懐かしそうに見上げていた。やがて、ゆっくりと口を開く。
「あら、あなたがミアね。はじめまして、よろしくね」
「うん、よろしくー」
テーブルに舞い降り、スカートの裾をちょこんと摘んだミアに、母は静かに頭を下げた。
「あれ?でも、村が焼かれた日、ドワーフたちに頼んでなかった?」
「そんなの、居てくれるに決まってるわ。彼らは私のお友達よ?見えるが見えないかなんて関係ないもの」
──なにそれ、一番の規格外は母かもしれない。見えないのに従わせてたってこと?意味がわからない……
「ほら、今だってなにも頼んでないのにお部屋綺麗になってるでしょ?」と得意気に笑っている。あれって、ドワーフが片付けていたの?と余計に混乱した。
そんなルシアを置き去りに、母はマイペースに口を開いた。
「まったく、ルシアのせいで全然話が進まないわ。
宿舎に住む話でしたよね。私は構いませんよ。薬屋は続けさせて貰えたら助かりますが」
「こちらこそお願いしたいくらいです。店も近くに用意しましょうか?」
「今の場所で大丈夫よ。こじんまりとして気に入ってるの。それに司令部からなら、近いでしょ?」
問題がないようにスムーズに進んでいく会話に、ルシアは慌てて遮る。
「え、お母さん!いいの!司令部だよ?軍だよ!?」
「何言ってるの、その人を騎士に選んだのは誰?それに、私だって組織にいろんな人たちがいるのくらい見てきたわ」
「王太子妃、甘く見たらダメよ?」と得意気に笑う母にルシアは絶句した。そんなルシアを置いて話は進んでいく。
「形式上、家政婦……という形で入っていただきますが、実際のところは自分たちでやってきたので、何もされないで頂いて構いません。部下たちからも了承は貰っています」
「それじゃ、ただの居候じゃない。ご飯くらいは用意するわよ?今よりも作る量が増えるだけですし」
「そんな、エリシアさんに作って頂くわけには……」
「何言ってるの、当然でしょう?色々と考えていただいて、ルシアまでお世話になるっていうのに何もしないだなんてあり得ないわ。主人にも叱られてしまいます」
「……分かりました」
与えられたものにはそれ以上に返しなさい。
自分が与えた時に見返りは求めない。
自分がされて嬉しいことは、率先してやりなさい。
ルシアとノエルが、幼い頃から口酸っぱく両親から言われ続けてきた言葉だ。
その言葉を実践する母に、ルシアは静かに頷いた。
──そうだ。この人が、与えられっぱなしで終わるはずがない。
まったく納得していない様子で頷く少佐を眺めながら、自らの教えを頑なに守る母を、ルシアは誇らしく思った。
「それでは……長々と失礼いたしました」
「いえいえ、こちらこそありがとう。まさかこんなところでユリアのご子息と再会できるとは思いませんでした。引越しの日取りなどはルシアと話してくださいな、私たちはいつでも構いません」
「分かりました、ルシア、とりあえず話をしたい。明日の朝迎えを寄越すから、軍に来てくれるか?」
「うん、分かった。待ってるね」
ルシアが頷いたのを確認すると、少佐は去っていった。曲がり角まで歩いた少佐は、後ろを振り向くと、見送る二人に気づいたのか、驚いたように目を見開き、一礼して姿を消した。
「いい人ね……」
「でしょ?カッコイイの」
「あなたねぇ……素直でいいわね。ご飯は?」
「まだー」
「まだだったの!?」
「早く聞けばよかったわ……レオンさんにもお出しできたのに。もう、早くご飯食べちゃいなさい」と、呆れたようにため息をつきながら、母が額に手を当てる。
「お腹減ったぁ。そういえば、ノエルは?」
「とっくに寝たわよ?心配してたわよ、帰ってこないから」
「あちゃー、明日叱られるかな?」
「甘んじて受け入れることね」
部屋へ入っていく母の背中を追いかける。
とても長くて幸せな1日が終わろうとしていた。
⸻⸻
「もうー!姉さんのバカ!いつ帰ってきたの!?」
「昨日の……夜?」
「夜なんてものじゃなかったわ、夜中っていうのよ、あの時間は」
誤魔化そうとしたルシアの言葉に、母の指摘が飛び、「えへ」とルシアは笑って誤魔化す。帰りが遅くなったことを、母も少なからず怒っていたらしい。
「えへ、じゃないよ!一人で帰ってきたんじゃないよね!?」
「レオンさんが丁寧に送ってくれたわよ」
「レオンさんって少佐!?部下の人たちめちゃくちゃ怒ってたじゃん!何したの!」
「大丈夫大丈夫、もう解決したから」
「大丈夫って……もう!」
「あ、引っ越すことになったから」
「どこに!?」
「アルグレイ隊の宿舎」
「なんでそうなるの!?」
「まぁまぁ、いいからいいから」
「ちゃんとノエルにも説明してあげなさい、いつまでも黙ったままじゃダメでしょう?ノエルももう10歳よ。受け入れることのできる年だわ」
「そう……だね」
母の言葉に、ルシアも頷く。確かにノエルを子供扱いしすぎていたかもしれない。
ルシアは、ノエルに対して自分たちが亡国"ルミナリア"の王族であること、アルグレイ隊とともに国を取り戻すつもりであることを説明した。
ルシアの説明を聞いたノエルは、あんぐりと口を開け、茫然としている。
「え……僕たちが、王族……?」
「そう。だから、お母さんとノエルもバレちゃったら危ないの」
「でも軍が一番危ないんじゃ!?」
「アルグレイ隊は大丈夫なの」
「ノエル、ルシアの言うとおりよ。レオンさんは大丈夫」
「お母さんまで……なんで?」
「レオンさんのご両親はお母さんとお父さんの騎士だった人たちなの。あの二人のご子息なら大丈夫よ」
「そう……」
ノエルは、しばらく視線を彷徨わせ、何かを考え込んでいた。そして、ノエルが視線を上げたとき、ルシアは息を呑んだ。
その目には、強い光が宿っていた。
「それなら、僕が姉さんと母さんを守るよ」
「僕だって、魔法を使えるんだ」
この瞳は知っている。
これは、前のノエルの瞳だ。
──いつの間にか、弟は大きくなっていた。
「ノエルの言うとおりね、あなたは少し抱え込みすぎよ」
ぽん、と母がルシアの肩に手を置いた。
「あなたも少佐と同じ種類の人ね。すぐに抱え込みすぎる人。もっと周りに味方がいることを信じなさい」
優しく諭すように語りかける母の言葉が、胸の奥にゆっくりと染み込んでくる。
──一人じゃない。
そう思った瞬間、視界が、みるみる歪んでいった。
「もー!なんで泣くの!」
「泣いてない!」
「泣いてるじゃん!」
「あらあら」
クスクスと笑う母と、呆れたようにため息を吐くノエルはとても優しい顔をしていた。
ルシアは、時戻りをしたのは自分一人だと、何もかも自分が変えなくてはならないと、いつの間にか抱え込んでいた。周りにはこんなにも、支えてくれる人がいるのに。
そうじゃない。そう気づかせてくれたのは、守らなくてはと思っていた弟だった。
「もー、姉さんは泣き虫だなぁ」
「泣けて良かったじゃない」
よしよし、と頭を撫でられ、ルシアは子供のように泣いた。ぎゅーっと母に抱きつき、頭をすり寄せた。
前は抱きつくことの叶わなかった母の胸は、とても温かくて、大きくて、とてもとても優しい匂いがした。
ルシアは目を閉じ、大きく息を吸い込んで、また泣いた。その様子を、ノエルは頬杖をつき、優しく見守っていた。
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