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第十七話 穏やかな朝、見えない視線

 ルシアの涙が引き、少し落ち着いた頃。

 

 コンコン、というノックの音が部屋に響いた。「はーい」とノエルが声を上げ、ドアを開けると、そこにはウィル先輩とリア先輩の姿があった。


「おはようございます。お迎えに上がりました」

「おはよう、ルシア!あれ、泣いた?」


 昨日までの態度はなんだったのか、キョトンとした顔のリア先輩に、ルシアは思わず苦笑する。


 相変わらず切り替えの早い先輩だな。でも、それが好きだ。リア先輩はこうでなくちゃ──そうでないと、私のほうが落ち着かない。

 ルシアはくすりと笑い、二人に向けて挨拶をした。


「おはようございます、お迎えありがとうございます。嬉し泣きなので大丈夫ですよ」

「泣いたんじゃん……」

「こら、リア。言葉遣い」

「いいですよ、私も話しやすくて助かります」


 ルシアが微笑むと、「ほらー」とリア先輩が得意げに胸を張り、ウィル先輩が苦笑する。


「そろそろ出たほうがいいんじゃない?」


 母の言葉に背中を押され、「皆さんで召し上がってください」と、いつの間に焼いたのか、丁寧に梱包されたシフォンケーキの入った籠を持たされる。


「ありがとう。行ってきます!」

「行ってらっしゃい、気を付けてね。ご迷惑をおかけないようにね」

「大丈夫だって、心配しすぎ!」


 玄関から手を振る二人に元気よく手を振り、二人の後ろを歩く。

 明るい太陽が、前を歩く二人の髪をキラキラ輝かせていてとても綺麗で、肩に座っているミアと視線を合わせ、ルシアは心が弾んだ。


 ⸻⸻


「少佐ー、連れてきたよー」

「おはよう、ルシア。昨日はよく眠れたか?ん……?泣いたのか?」


 ──誰もかれもが目ざとい。

 ルシアは本日二度目となる言い訳を口にした。

 

「おはようございます、嬉し泣きなので大丈夫です」

「そうか?それならいいが……」


 あまり納得していない様子を見せながらも、「こっちへ」という言葉に従って、懐かしい執務室を通り抜ける。

 応接室へ向かう途中、既に仕事へ取り掛かっていたヴァイスさんへも頭を下げた。グレインさんは不在のようだ。


「それで、早速昨日の話だが……」

「ノエルに今朝確認したけど、引っ越しは大丈夫って。あと、国にも協力してくれるって」


 軍の応接室でどこまで言っていいのか分からず、後半は曖昧にぼかし、声は自然とひそめられた。


「そうか、それは助かるな」

「うん、正直驚いた」

「……だから今朝、泣いたのか?」


 心配そうな色の消えていない少佐の瞳に、ルシアは苦笑する。

 

 ──どこまでも心配性なんだから。本当に、一度懐に入れたら甘い。


「そう、なんか安心しちゃって」


 笑って答えたルシアの言葉に、今度こそ安心したのか、少佐の目が柔らかいものへと変わった。その表情がどこかくすぐったい。


「引っ越し、いつにする?」


 そのくすぐったさを誤魔化すために投げかけた質問に、少佐は視線を漂わせた。


「そうだな……次の非番が合う日……週末ではどうだ?」

「週末!?あと3日だけど!?」

「善は急げ、というだろう?無理か?」

「無理ではない……とは思う。うち荷物少ないし……」


 その言葉に、少佐の目がすっと細められる。その奥で、ほんの僅かに感情が揺れていた。

 ──ほら、また。また傷ついてる。


「もー、そんなことでいちいち引っかからないの!気にしてないんだから!」

「そう……かもしれないが、やはりな……」

「優しいのは嬉しいけど、それなら笑って褒めて欲しいな?」


 おどけて首をかしげると、意図が伝わったのだろう。「それなら、今後は沢山褒めることにするよ。君も、ノエル君も」と笑ってくれた。


 ⸻⸻


「ノエルー、行くよー」

「待ってよ、姉さん!」


 バタバタと足音を立てて階段を下りる。


「こら!走らないの!二人とも気を付けてね!」

「はーい、行ってきまーす」


 アルグレイ隊の宿舎に引っ越して早数か月。季節は秋へと差しかかろうとしていた。


「お待たせしましたっ!」


 寄宿舎の前で待ってくれていた皆に頭を下げると、「おそい!遅刻するよ!」と腰に手を当ててリア先輩が怒る。リア先輩へ笑って謝りながら、皆で寄宿舎を出発した。


「秋だねぇ」

「秋ですねぇ」


 徐々に色づき始めた街路樹を見上げながら、リア先輩の呟きにしみじみと同意する。

 

「なんだよ、その年寄りみたいな会話は」

「年寄りって!まだ10代ですよ!」


 失礼なことを口にしたウィル先輩へかみつくと、皆が笑う。

 騒ぎながら歩く通勤路も慣れ親しんで、懐かしい、と思うことも徐々に薄れてきた。


 ──確実に、進んでいる。新しい時間を。

 それは、嬉しいと思うと共に、少しだけ寂しい。

 

「どうした?なんかあったか?」


 頭を優しくなでられ見上げると、心配そうに覗き込むウィル先輩と目が合った。

 少し近い距離に、思わず一歩後ずさる。


「なんにもないですよ、ほら早く行かないと!」


 少し距離をとったことを悟らせないように、ルシアはおどけて笑った。


 ──びっくりした。


 最近、たまにある。気づくと、いつの間にかウィル先輩がすぐ近くにいる。

 それは決まって、ルシアが昔のことを思い出しているときで。


「気のせいだよね」


 いやに鋭い察知を見せるウィル先輩への引っ掛かりを、頭を振って追い出した。その様子を、ウィル先輩がじっと見つめていることに、背を向けたルシアは気づかなかった。

 

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