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第十四話 月下に誓う、騎士との恋


 綺麗な満月を見上げ、懐かしさに目を細める。頬を撫でる少し冷たさが残る春の風が心地よい。

 ()()と歩くのは初めて。"レオン・アルグレイ"と歩くのは──久しぶりだ。


「君は……強いな」


 ポツリと静寂に落とされた言葉からはその意図を感じることはできない。「ん?」と顔を覗き込むと、紫の瞳が月の光に照らされ、僅かに揺れていた。


「どうしたの?」

「……いや、この四年間。君は一人で抱えていたのか?」


「私には、彼らがいたが……」と細められた視線に、思わず小さく息が漏れる。この人は、本当に……。


「私は、母さんもノエルも居たし……それに、少佐が迎えに来てくれるって信じてたよ」


 見上げた先にある瞳は、変わらずに揺れていた。

 そんなに心を痛めなくていいのに。あなたを──地獄へ突き落としたのは私なのに。


「そうだとしても。言えないことも、あるだろう。特に、お母様には。 王太子妃殿下には……」


 そう呟く声は低く、夜の闇に溶けていった。


「んー。でも、お母さんも優しいだけの人じゃないし。たぶん、何か知ってるしね」

「そうなのか……?」

「うん。あの日、少佐を見送ったあと、少しだけそういう話をしたから」


「それ以上は、特に何も教えてもらえなかったけど。王族の務めを果たしなさい、としか」


 あの日の母の記憶を手繰り寄せたルシアの言葉に、少佐は「そうか……」と答えた。


「君は……いや、なにもない」

「なに?」

「なんでもない、気にするな」

「気にするに決まってるでしょ!なに?言って!騎士に命令ですっ!」


 ふざけ半分で笑いながら少佐を指さすと、「参ったな……」と苦笑して頭を掻いた。


「いや……嫌ならいいんだけど」

「嫌ではないが……」

「ふーん?じゃ、なに?」

「君は……どうして私が好きなんだ?」


「は……?」


 目を瞬かせ、思わず足を止めたルシアに、少佐は「ほら、だから嫌だったんだ。自意識過剰なようだろう?」と苦笑する。


「どうして……ねぇ」


 振っといて、それ、いいます?


 目を細め、責めるように少佐を睨むと、少し気まずげに少佐は夜空を仰いだ。その頬は少しだけ赤くなっている。それだけでどうでも良くなってしまうのだから、恋というものは厄介だ。


「好きなものは、好きなんだけどね」


 しょうがない。向こうから聞いてきたんだ。この際全部聞いてもらおう。


 笑って話し始めると、チラリと少佐がこちらを見てきたことでさらに楽しくなる。


「まず、芯の通ったところでしょ。部下思いのところ、背負いすぎるところは駄目だけど、そこも好き。低い声も、ハーブの香りにー」

「……まだあるのか」


 初めは黙って気まずげに聞いていた少佐も、終わる気配のないルシアの告白に思わず口を挟んだ。


「私がそんな中途半端な気持ちで言ったと思った?」

「いや……まぁ、会うのは二度目だったしな……てっきり顔だとか、そういうものだと……」


 今までそうやって言われてきたのだろう。そこらへんの女と一緒にしないでもらいたい。


 頬を膨らまし、眉を吊り上げると、少佐は「いや、あの……」としどろもどろになっていて、つい吹き出してしまう。


「ちゃんと分かった?まぁ、もちろん顔も好きだけどね」

「そう……か。まぁ、分からないが理解はした。 だが、君は私のことを随分昔から知っているように言うんだな」


 その言葉に、一瞬息を呑んだ。反応を見逃さない、とでもいうような強い視線に射抜かれる。その視線にかえって冷静になれた。


「ひーみつ」

「……は?」

「女の秘密を探る人は痛い目みるよ」


 ふふんと笑って駆け足で前に出る。くるっと振り返ると、呆れたような顔をした少佐がこちらを見つめていた。


「なんてお姫様だ……」


 一度大きくため息を吐いた少佐が、気を取り直したように歩き出した。そして、目の前で立ち止まった。


 おもむろに跪いた少佐が、見上げてくる。ちょうど街灯に照らされた少佐は、スポットライトを浴びたようで。顔の造形と黒い軍服も相まってまるで王子様のようだった。


「改めて、君に誓おう。」

「私は、君に忠誠を誓う。どうか、私に守らせてほしい」


 そう差し出された手を、息もせずに見つめた。この手を取ってしまったら、少佐は本当に騎士になってしまうだろう。

 私だけの、騎士に。


 その響きはとても甘美な響きだったが、どこかで線を引かれてしまうような気がして、なかなか手を取れなかった。


「姫……?」


 少しだけ首を傾げ、少佐が促すように見上げてくる。決断をまっている。そう告げるように。

 張り付く舌をなんとか動かして、唇を動かした。


「今だけ、だよ。絶対、振り向かせるからね」

「仰せのままに、お姫様」


 そっと置いた掌を優しく握り込まれ、すっと引き寄せられた。そして、その甲に綺麗な唇が落ちるのを、ただ見つめていた。指先すらも、動かすことはできない。


 忠誠を誓うように、手の甲に唇を一度だけ落とした少佐は、すっと立ち上がる。そして、何事もなかったかのように歩き出した。

 いつまでも立ち尽くしていると、少佐は振り返り、楽し気に笑う。


「行きますよ、姫さま」

「……その姫様っていうのやめて」

「では、なんと?」

「"ルシア"で。話し方も普通がいい」

「それがルシアの望みなら」


 バカ真面目なのか、おちょくっているのか判断に困るが、なんとなく面白くなくて自然と頬が膨らむ。その様子を見て、少佐はククッと楽し気にまた笑った。


「からかってるでしょ。馬鹿にして」

「馬鹿にしてなどいないよ。君の気持ちは嬉しくは思うよ」

「そうやって他の女の人にも言ってきたんでしょ」

「否定はしないが……君にはちゃんと向き合おうと、今は思っているよ」


 少佐は自傷げに笑うと、「私の地位と顔に惹かれる子たちばかりだったからね。だから君もそうだと思ってしまった、すまない」とこれまた馬鹿正直に白状する。


「……今は思ってないならいい」

「悪かった、それもあってやり直したかったんだ。多少の打算も含んでいたらな……すまなかった」

「言わなければ分かんないのに……」

「だが、そうではないだろう。騎士の誓いは、そんな気持ちでしていいものではない。だから、一度目は口付けは落とさなかった」


 そう言われてみれば……そうかも。ペンダントに気を取られて全然気づいていなかった。


「これからは、ちゃんと私も君と向き合うよ」


「好きだと言ってくれて、ありがとう。だが、今は受け取ることはできないよ」

「また勝手に返事して。返事いらないっていったのに……でも、今はっていうことは将来的には分からないんだ?」

「未来のことなど分からないだろう?私は嘘は言わない」

「……知ってる」


 そう、言わないだろう。この人は。だから、"向き合う"という言葉も、嘘ではないのだ。

 だから、今はそれでいい。この人が、私を見てくれるのなら。


「頼りにしてる、騎士様」


 少しだけ甘えるように言うと、見上げた先にある瞳が少し驚いたように揺らめいた。その揺らめきに嬉しくなる。重症だ、そう思ってもやめられない。


「お任せください、姫様」


 おどけたように胸に手を当て、軽く一礼をする。


 なんだかそれが面白くなって、二人でくすくすと笑った。心から楽しいと思える素敵な、夢見たいな夜だった。


 あぁ、今日は幸せだ──

 

 そんな幸せが続けばいい、これから先の道のりは置いておいて、心からそう願った。

  

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