第十三話 灯りの灯る場所
二つの足音が重なり、軋んだ階段が音を鳴らす。リビングに待機していたアルグレイ隊の視線が、階段を降りてくる二人へと集まった。
「……何かいいことあった?」
副官であり、少佐の士官学校からの友人でもあるヴァイスさんが、少佐の足音が僅かな変化に気づいたらしい。
「いいこと……か……」
意味あり気にルシアを見ると、少佐の唇が楽し気に弧を描いた。思わずルシアの歩みは遅くなり、自然と少佐から距離を取る。
「紹介しよう。彼女の名は"ルシア・ルミナリア"。君たちに探してもらった彼女は、亡国の王族だ」
なぜか少し誇らしげな少佐の声に、アルグレイ隊の面々が立ち上がり目を見張った。
「ルミナリアって……確かに、金髪に金の瞳だけど……!」
ルシアを過度に警戒していたリア先輩が真っ先に声を上げる。他の人たちも声は出さないものの、疑わし気にこちらを見ていた。半信半疑のアルグレイ隊を前に、どうする?という視線を少佐がこちらへと向けた。
その目は、"やってやれ"そう告げていた。
先ほど階段を降りる前に囁かれた内容を思い浮かべる。顰められた声は、ルシアの心臓をこれでもかというほど高鳴らせ、胸が痛いほどだった。思い出すとまた顔が赤くなりそうな記憶に、ルシアは頭を振った。
嫌な男──
完全にルシアを子供扱いし、相手にしていない少佐を軽く睨み、アルグレイ隊を見渡した。
「ルシア・ルミナリア。"ルミナリア"の第一王女です。よろしくお願いします」
ミアを小声で呼び、キラキラとした光だけ出すように小声で指示を出す。ミアの魔法に合わせるように、手をあげ、スカートの裾を摘んでカーテンシーをとる。
「妖精の姿は今は見せられませんが、妖精の友人"ミア"もいます。よろしくお願いします」
あえて挑戦的な目を作り、アルグレイ隊の面々を見渡した。ルシアの言葉に、みんなの好奇心が芽吹いたのが分かった。
──そう来なくっちゃ、彼らは冷めるような人たちじゃない、寧ろ燃えるタイプ。
「それで?王女様が私たちに何の用?」
ルシアに挑戦的に笑うリア先輩に「ここまで大した情報もくれず、僕たちに街中を探させたんです、勿論教えてくれますよね?」と少佐に問いかけるヴァイスさんの顔も、この家に来た時とは違い、若干の納得が浮かんでいる。まだ認めてはいない、そんな様子ではあるが十分だ。
「私は」
「私は、国を守るために取り返す。その手助けを、少佐に頼みました」
口を開こうとした少佐の言葉を遮り、お腹に力を入れて宣言する。ここで引くことはできない。彼らの心を掴むために──
「ふーん。手助け……ねぇ」
ぞくっとするほどの冷たさを含んだリア先輩に、
「少佐を、私たちを使うつもり?あなたが、私たちの上に立つっていうの?」
いつも明るく笑っていたリア先輩の面影はどこにもない。戦場の天使──リア・カーティアがルシアを鼻で笑った。
怖い、知らない、だれ──
思わず歯がなりそうになるのを必死にこらえ、拳を握り込む。でも、負けるわけにはいかない。
また、会いたい──私の、リア先輩に。
「上ではありません。共に同じものを掴むんです。私の中では、上下なんてありません」
ちらっと目を向けると、ルシアの様子を楽し気に観察している少佐の様子が目に入った。
──なにそれ。
私にだけが立ち向かわせておいて。
全く面白くなくて、自然と下唇が突き出た。すると、その様子に気づいた少佐は、くっと息を吐いて笑った。
アルグレイ隊の視線が一気に集まる。
「私は、彼女の騎士になることにしたよ」
「……諦めてないからね」
「それはまぁ、頑張るんだな」
いつになく上機嫌でルシアの相手をする少佐に、みんなの目が瞬いた。
「珍しい……ですね、少佐がそんな風に笑うの」
そうかな……?結構前も見てた気がするけど……
ルシアが内心首を傾げている間も、アルグレイ隊の会話は進んでいく。
「なんだか、猫みたいじゃないか?一生懸命、爪を立てて威嚇しているみたいだろ?」
堪えきれない、という風に笑った少佐をキッとルシアは睨む。
「全然騎士じゃないじゃん!私のこと馬鹿にしすぎでしょ!」
「そんなことないよ。それとも君はずっと私が跪いている方がいいのかい?」
「それなら、そうさせてもらうが」という言葉に声を詰まらせると、また楽しそうに笑う。
「あの、先ほどの諦めないっていうのは……?」
恐る恐るという様子でヴァイスさんが問いかけた。聞きたいような、聞きたくないようなというような聞き方。たぶんその予感はあってるよ、と思いながらルシアは宣言した。
「私、少佐が好きだから。絶対振り向かせてみせる!だから私も少佐を守るし、上になんて絶対立たない!」
なぜか得意気なルシアの言葉に、アルグレイ隊はポカンと口を開けた。少佐はやれやれ、という様子で肩をすくめている。
「犯罪か……?」
それまで黙っていたグレインさんの呟きが部屋に響いた。その声に、「そうだろう。私もそう言ったんだ」と少佐は深く頷いている。
「少佐が手を出したら犯罪だけど、私からぶつかる分には問題なし!」
「いや……問題だろう……」
堂々と宣言するルシアへ、どう反応を取ればいいか分からない男性陣とは対照的に、面白そうなリア先輩の声が部屋に響いた。
「騎士と王女の恋なんて、物語みたいで良いじゃない?頑張ったら?」
「リア先輩!」
応援してくれた!と目を輝かせるルシアに、「先輩?」とリア先輩は首を傾げる。
「なんで、先輩?」
「先輩っぽいから?特に理由はないよ」
「ふーん。いいじゃん、可愛がってあげるよ、ルシア。少佐が認めてるなら私たちが反対してもね」
「全然納得できないようなら認めなかったけど、理由が理由だし、その心意気も気に入った」と笑う頼もしい先輩に懐かしさが込み上げた。
あぁ、この優しい笑顔だ。全ての基準が大佐で、大佐の役に立つか立たないかだけで判断する人たち。
でも、一度懐に入れたらどこまでも甘い仲間たち。
とりあえず、ルシアは彼らのお眼鏡に適うことができたらしい。その事実にほっと息を吐く。
少しだけ柔らかくなった部屋に、ぐぅ〜、という間抜けな音が鳴り響いた。犯人は、ルシアのお腹だ。
「腹、減ったか?」
面白がるような表情をした少佐が、ルシアを覗き込む。
「どうする?食べてくか?」
「ううん、大丈夫。家でお母さんとノエルが待ってるから」
「そういえば、そうだったな……」
顎を撫でて何かを考えていた少佐に、ヴァイスさんが声をかけた。
「ルシアがルミナリアの王女なら、お母様は王太子妃なのでは?」
「そうなんだよな……街中にいるのは危険か?だが、軍で保護すると逆に危ないな……」
どうしたらいいか、二人で話し合い始めた様子は、昔の懐かしい二人のままだった。記憶よりも少しだけ若い横顔の二人をルシアは見つめていた。
「──と、いうわけだが、どうだ?」
「え、なにが?」
突然話しかけたられたルシアが瞬きすると、「聞いていなかったのか」と少佐が呆れる。
「なに?」
むっとしたルシアが眉を顰めると、「君が聞いてないのが悪い」とおでこを弾かれた。「いたっ」と目を潤ませて見上げても、面白そうに笑うだけだった。
「母上と兄弟二人、越してきたらどうだ?部屋も空いているからちょうどいい」
「寄宿舎の寮母ということにすれば、おかしくもないしな」という提案に目をパチクリさせると、「どうだ?」と尋ねられる。
「私だけじゃ、なんとも……帰ってから提案してみる」
「それはそうだな」
「それじゃ、帰ろうか」と玄関のドアに手をかけた少佐に、「え、少佐が送ってくれるの?」と目を見張る。それと同時に、期待に胸が高鳴った。
「女の子を一人で帰らせるわけにいかないだろう。お母様にも事情を説明しなくては」
「みんなは夕飯の準備をしておいてくれ」
そう言った少佐はルシアを置いて、外へと出ていってしまう。
「え!お邪魔しましたっ!ありがとうございました!また来ます!」
バタバタと慌ただしく挨拶をしたルシアは、少佐の背中を追って玄関を飛び出した。
「──元気な子猫だな」
苦笑したヴァイスに対し、
「猫ですか?油断したら喰われるのはこっちですよ。あの目、見ました?並の戦場潜ってないですよ。何者なんですかね」
とリアの双子の弟、ウィルが返した。
「だから、ルミナリアの王女なんだろ。並大抵の人間じゃないことは明らかだ」
「妖精だなんて、御伽話だと思っていた」
そう溢したヴァイスに、「本当に信じたんですか?」とウィルが目を見張った。
「少佐に士官学校の頃から聞いていたからね、ルミナリア王族の話は。詳しく知りたければ、本人に直接聞きな……たぶん、教えてくれるよ、聞けばね」
目を伏せたヴァイスに、「そうですか」という悩まし気な声が落ちた。
「ま、とりあえず。今はご飯だね。簡単に肉炒めでいいかな?」
「じゃ、俺はサラダ作ります」
「私、食器出す!」
バタバタとそれぞれが動き出し、いつもの寄宿舎の空気が帰ってきた。
いつもと同じ、にぎやかな食卓。
灯りの灯った部屋は、温かな温度を宿していた。
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