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第十二話 騎士の誓い、手強い相手


「私の夢……目標まで……知っているのか?」

 

 掠れた少佐の問いに、微笑みを返す。


「知ってるよ。この国を、変えたいんでしょう?」


 出来るだけ、伝わるように。優しく聞こえるように。

 今度は──ちゃんと頼ってもらえるように。


 放っておくと一人で全てを背負い込んでしまう大きな背中は、あの頃よりも少しだけ小さく見える。今の私なら、きっと。


「……許さないよ。マレディアの王も、軍の上も。

 妖精を殺し、王国を奪い、村を滅ぼした。民を大切にしない彼らを、私は決して許しはしない。

 そのために、必要なものは使うよ、ルミナリアの王女として。


 ──ね、アルグレイ少佐?」


 いつかの、あなたのように──

 私を育てたのは、あなた。

 

 意識して目を細め、少佐を見つめる。今度は少佐を、最前線には立たせない。守られるだけの子供ではなく、自分の力で切り開く王女になりたい。


 自分のために。


 そんなルシアの決意を知ってか知らずか、少佐の瞳が大きく見開かれ、揺れた。


「なぜ……君が……君はまだ、11歳なのに……」

「そこに年齢関係ある?私がルミナリアだから。妖精に愛された、姫だから」


「だから、そんなものは関係ない」


 にっこりと笑みを浮かべ、暴れる鼓動を必死に抑える。余裕があるように、不安を悟らせないように。


「王族……だから、か……」


 なぜか自分が痛そうに顔をしかめた少佐が、辛そうに言葉を吐き出した。膝の上で組まれた手は握られすぎて白くなっている。


「うん、王族だから」

「そうか……」


 それっきり黙りこくってしまった少佐を、ルシアは静かに待った。何かを考え込んでいるときの仕草は見慣れている。今の中佐は、何かを決めようとしている顔──


 カチカチと時計の針が進む音だけが部屋に響く。ルシアは飽きることなく、少佐の長いまつ毛が頬に影を落とす様子を見ていた。


「これは、私の夢だ。君の夢ではない。君に、背負わせるわけにはいかない」


 譲るつもりは、ない。そう告げている力強い少佐の顔に、ルシアは天を仰いだ。


 言うと思った……。


 ……ほんと、変わらない。頑固で、どうしようもない……。そういうところが、好きなんだけど……


「はぁ」


 ルシアが大きく吐いたため息に、少佐の眉がぴくりと上がった。その顔をじっと見つめる。


「いじっぱり」

「なんだと?」

「頑固者」

「……もう少し言い方がないのか」

「そういうところ、好きだよ」


 にこり、と微笑みかけると、少佐の視線がさっと逸らされた。眉を顰めながらも、かすかに赤みがさした頬にルシアは目を細める。


 なかなかの、好感触──


「少佐の気持ちは分かった。じゃ、こうしよう?」


 発された声に、視線を再びルシアへと向けた。


「どうするんだ?」


 真剣な色を宿した少佐の瞳をじっと覗きこんだ。先ほどまで揺れていた不安げな光は見当たらず、力強い焔を宿している。


「少佐が、私の騎士になって?一緒に目指そう?」

「我ながらいい考えだと思わない?元々、そうなる運命なんだよ?」


 そう少佐に告げると、しばらく思案したように少佐は宙を睨んだ。そして、ゆっくりと息を吐き出した。


「そこが、妥協点……だな」


 そう低い声がルシアに告げた。不本意だがしょうがない、そんな空気を含んでいる言葉に、つい笑ってしまった。


「ん、じゃ、これからよろしくね」


 隣に座る少佐に手を差し出すと、その手を少佐は取ることなく、じっとルシアの小さな手を見つめた。


「……少佐?」


 ──どうしたの?

 

 なかなか手を取らない少佐を訝しげに見ると、なにかに納得した様子の少佐が小さく頷き、突然立ち上がった。

 

 そして、ソファーに座っているルシアの前に跪く。その様子は、まるで忠誠を誓う騎士のようで。

 ルシアが呆然と見つめていると、カチャリ、という音とともに少佐が何かを差し出してきた。

 

 それは──()()がいつも首から下げ、片時も外すことのなかったシルバーのネックレスだった。


「私は剣を持たない。

 だから、代わりにこのネックレスを捧げよう──

 これは、私の一番大事な誇りのようなものだ」

 

「そ……んな……大事なもの……」


 受け取れない、そう言おうとしたルシアの言葉は少佐が立ち上がることによって遮られた。

 シャラ、という音ともにルシアの首にネックレスが通された。部屋の明かりを反射し、ペンダントがキラリと光る。

 

 少佐が再び膝をつき、項べを垂れた。サラサラとした黒髪が煌めくのをルシアはただ見つめていた。


「私の忠誠を受け取ってくれ、我が王女」

「そして、同じ未来を描かせてほしい」


「すべての王国民が笑顔で暮らせる国のために」そう続けたられた言葉で、少佐の忠誠は自分というより、目的に捧げられたことは分かった。だけど、それでもルシアの胸の高鳴りは止まらなかった。

 ドクドクという心臓の音は静寂に包まれた部屋に響き渡りそうなほど煩く、頰はかつてないくらい赤い。

 

「返事は?王女さま」


 少佐が顔を上げ、アメジストの瞳が柔らかに細められ、低いテノールボイスがルシアの鼓膜を揺らす。言葉を発することなどできるはずとなく、ルシアはこくこくと必死に頷いた。


 ルシアの反応に満足したのか、少佐は満足気に笑って立ち上がった。


「ということで、私は君の騎士だから。王女様の想いには応えられないな」

「えっ!!!ずるい!!」


 なにそれ!聞いてない!嵌められた!?


「騎士と結ばれる王女は居ないだろう?」


 くくっと楽し気に笑った少佐は、ルシアに背を向けて歩き出した。


「そろそろ行くぞ。下でみんなが待ってる」


 部屋に来た時とは対照的な雰囲気は、心地いい。


 ここが、自分の新たな場所だ──


 少佐は子供の気まぐれだと思っているのかもしれないけれど、そんなに簡単に諦めることができる想いではないのだ。


 いつか、絶対に振り向かせてみせる

 騎士ではなく、恋人として──


 軽くなった足取りで、扉を開く少佐に追いついた。

 

 その背中は大きくて、思わず抱きつきたくなる気持ちを堪えた。変わらないハーブの匂いが、ルシアを優しく包んでくれた。

 冷たいはずのネックレスは、ほのかな熱を放っていた。まるで、彼の想いがそこに宿っているみたいだった──

 


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