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第74話 私は女の子という光のために存在してるの♡

「あと、莉里との関係に由梨ちゃんを巻き込んでしまったこと。それなのに恵美との話し合いに由梨ちゃんを関わらせようとしなかったこと。謝りたいことはいっぱいあるなって」


 言葉を重ねるたびに、胸の奥に沈殿していたものが少しずつ重くなっていく。それでも、途中で誤魔化したくはなかった。

 軽く流したり、言い訳にすり替えたりせずに、由梨ちゃんへの想いだけは、ちゃんと形にして渡したかったから。だから私は、逃げずに、はっきりと口に出す。


 男と付き合う時間が積み重なっていくほどに、女の子は少しずつ心を擦り減らしていく。

 それは、承認が彼氏一人に集約されるから、という単純な理由だけではない。


 時間と共に、女の子に向けられていた承認と献身そのものが、静かに目減りしていく。

 付き合い始めの頃には自然に払われていた配慮や緊張感は、「もう分かっているだろう」という言葉にならない前提に置き換えられていく。


 連絡が遅れても説明は省かれる。

 不安そうな顔をしていても、「考えすぎだよ」で済まされる。

 そうした小さな軽視の積み重ねが、女の子の心を確実に削っていく。


 もちろん、それは互いに慣れた結果でもある。

 関係性が安定し、献身や気遣いの価値を、わざわざ意識して受け取らなくなったからでもある。

 男側の承認欲求が一度満たされて、「もう頑張らなくても大丈夫だ」という油断が生まれるからでもある。


 理屈としては、理解できなくもない。

 けれど、それで許されるわけじゃない。


 可愛くて、尊くて、大事で大切に扱われて然るべき女の子の存在を、いつの間にか見誤ってしまう。

 それはあってはならないことで、信じがたい蛮行だ。


 男は好みの女の子と「付き合いたい」と思った瞬間、驚くほど分かりやすく全力になる。

 連絡は途切れないように送り、少しの沈黙にも不安を覚え、彼女の感情の揺れをすべて好意として受け止めようとする。本気で好きだという言葉を惜しみなく使い、態度でもそれを示そうとする。


 その姿は、どこか狩りに似ている。

 一時的に、自分の持てる労力をすべて注ぎ込み、対象を獲得しにいく行為。


 男の市場価値が「どれだけ労力を投じられるかのエネルギー量」で測られ、女の子の市場価値が「性的資本」だとするなら、その差を埋めるためには、男は自分の労力を大量に投資するしかない。


 だから男は、付き合おうとする段階で全力を出す。

 時間も感情も削って、女の子に向き合う。

 それは誠実さであり、同時に戦略でもある。


 女の子は、その姿に心を打たれる。

 こんなにも大切にされている、こんなにも想われている──そう信じて、関係を受け入れる。

 労力と献身が惜しみなく注がれるその時間は、女の子にとって、自分の価値が確かに認められている証明になる。


 けれど、関係が成立して時間が経つにつれ、その献身は少しずつ薄れていく。


 男は次第に、自分の時間を大切にし始める。

 友人との関係、勉強、部活、将来のための準備。

 それらは決して間違ったことではないし、成長のために必要なことでもある。


 けれど女の子の目には、どうしても変化として映ってしまう。

 あの時の気持ちは嘘だったのではないか。

 もしかして、もう冷めてしまったのではないか。

 そうした不安が、静かに心を侵食していく。


 男の全力の献身があったからこそ付き合ったのに、それが失われていくと、自分の価値まで下がったように感じてしまう。

 大切にされなくなった、というよりも、「大切にされる存在ではなくなったのではないか」という恐れ。

 それは、まるで約束されていた条件が変えられたような感覚で、取引違反のようにも思えてしまう。


 裏切られたわけではないのに、裏切られた気分になる。

 でも、ここには明確な認識の差がある。


 男は基本的に、競争しなければ価値を発揮できない生き物だ。

 勉強も、部活も、学校内のカーストも、友人関係でさえ、何らかの競争を勝ち抜いた結果として手に入れてきたもの。

 努力し、勝ち、獲得する──その繰り返しで自分の価値を証明してきた。


 付き合っている女の子も、その延長線上にある。

 男としての価値である「労力」を対価にして、競争の末に勝ち取った存在。


 だから男にとって、付き合う前の全力投資は「獲得のための最大出力」であって、付き合った後も永続するものだとは、必ずしも認識されていない。

 一方で女の子は、その全力こそが関係の前提であり、継続されるものだと信じている。


 もし男がいつまでも女の子に全力で尽くし続けたら、どうなるのだろう。

 勉強の成績は落ち、部活では遅れを取り、友人関係も次第に希薄になっていく。競争を前提に組み上げられた社会の中で、そうした遅滞はすぐに「負け」として可視化される。順位が下がり、評価が下がり、選ばれにくい存在になっていく。


 男にとっての価値が、努力や成果、他者との比較によって測られる以上、その流れは避けられない。女の子に全てを捧げることは、美徳である以前に、自己価値の切り売りになってしまう。


 だから男は、女の子と付き合った瞬間を境に、無意識のうちにエネルギー配分を変えていく。

 彼氏として存在し続けるためには、まず男としての価値を保たなければならない。価値の低い男であることは、彼氏として失格であることと同義だからだ。


 勉強に戻り、部活に力を入れ、友人との関係を立て直す。その結果として、女の子への献身は少しずつ削られていく。意図的な裏切りではない。ただ、生き残るための調整に過ぎない。


 けれど女の子側から見れば、それは突然の変化として映る。

 かつて全力で向けられていた好意が薄れ、優先順位が下がっていく感覚。その空白を前にして、女の子は自分の価値が疑われたように感じてしまう。


 だから、もっと見てほしい、もっと愛してほしい、私だけを選び続けてほしいと、男に価値提供を求める。自分が選ばれた存在であることを、繰り返し証明してほしくなる。


 しかし、その要求は男にとっては重い。

 それは愛の確認というよりも、行動の自由を削ぎ、競争から離脱させる命令に近い。男としての価値を維持しようとする動きと、彼氏としての献身を求める要求は、正面から衝突してしまう。

 だから男は苛立ち、反発し、時には怒りを露わにする。そこに、誰も望んでいなかった歪みが生まれる。


 結局のところ、男女の恋愛は、承認と労力をめぐる綱引きでしかないのかもしれない。

 どちらが多く与え、どちらが多く受け取るのか。どちらが主導権を握り、どちらが従属するのか。

 それは愛や恋といった言葉で覆われてはいるけれど、内側では終わりのない権力闘争が続いている。


 そこに純粋な感情が一切ないとは言わない。

 けれど、その感情さえも構造の中で摩耗し、取引の一部に回収されていくのだとしたら──

 恋愛というものは、なんて虚しく、なんて空虚な営みなのだろう。


 そんなことで女の子が傷付いてしまうなんて、本当に馬鹿げている。

 男の欲求や都合のために、女の子の心がすり減らされていい理由なんて、どこにもない。

 優しさの名を借りた無関心や、愛情のふりをした手抜きに、女の子の尊厳が差し出されるなんて、あっていいはずがない。


 女の子を幸せに出来るのは、結局、女の子だけだと思う。

 女の子同士で満たし合って、女の子同士で支え合って、女の子だけで幸せになれる。

 

 ──だって、女の子の痛みの形を本当に理解できるのは、同じ場所に傷を持つ女の子だけだから。


 女の子同士でいる時の、あの静かで、透明で、でも確かに満たされる感じ。

 承認や献身なんて言葉よりもっと前の、体温の近さで通じ合う感覚。

 “分かってもらえた”という救いが、呼吸の仕方まで変えてくれる。


 男との関係が奪い合いの構造なら、

 女の子同士でいる関係は──寄り添い合いの構造だ。


 対立じゃなくて、共鳴。

 競争じゃなくて、同調。

 奪うんじゃなくて、広げ合う。


 誰かを下げることで自分を保つ必要もないし、

 誰かの価値を消して、自分だけが選ばれる必要もない。

 そのままの姿で、そのままの痛みごと、抱きしめ合える。


 だから私は思う。


 女の子のそばにいると、胸の奥がじんわり温かくなって、

 喉の奥に詰まっていた不安が、静かに溶けていく。

 誰かに評価されなくても、ここに居ていいんだって、身体が先に理解してしまう。


 女の子は、女の子によって守られていい。

 女の子は、女の子によって救われていい。


 だって──

 女の子は、女の子っていう光なんだから。


「……ねえ、沙織ちゃん」

「……なに?」

「……沙織ちゃんは、何が恐いの?」

「……え?」


 由梨ちゃんのその一言は、静かだったのに、やけに重く響いた。

 問い詰めるでもなく、責めるでもなく、ただ確認するみたいな声音


 その瞬間、私は完全に固まってしまった。身体だけじゃない。思考も感情も、まるで胸の奥に冷たいセメントを流し込まれたみたいに、じわじわと固まっていく。


 呼吸の仕方を忘れたみたいに、肺が浅く上下する。

 視界が少し遠のいて、由梨ちゃんの表情だけが、やけに鮮明に残る。


 私は、何が恐いのか。


 そんなの、分かりきっている。

 分かりきっているからこそ、口に出せなかった。


 私は女の子に嫌われるのが恐い。

 女の子が傷付くのが、どうしようもなく恐い。


 私の言葉で。

 私の選択で。

 私の存在そのもので。


 女の子っていう光が、少しでも陰ることが、耐えられないほど恐ろしい。


 女の子は、いつだって眩しくて、柔らかくて、尊い存在だ。

 それは理屈じゃなくて、もっと原始的な確信に近い。

 呼吸みたいに自然で、疑う余地のない前提。


 だからこそ、その大切な女の子を、

 私自身が汚してしまうかもしれない、という可能性が、何よりも怖かった。


 守りたいと思っているのに。

 近づきたいと思っているのに。

 触れた瞬間に、壊してしまうかもしれない。


 私が抱えているこの歪みや、欲や、醜さが、

 女の子の透明さに滲んでしまうんじゃないか。

 光の中に、私の影が落ちてしまうんじゃないか。


 それが怖くて、

 それが嫌で、許せない。


 私は女の子という光のために存在してきた。

 女の子の幸せを優先して、女の子が安心できる場所を作るために動いてきた。

 それが私の生き方で、それが私の価値で、それが私自身だった。


 だから、その全てを否定されることが、怖い。

 「あなたも加害者になり得る」と突きつけられることが、怖い。

 守っているつもりだった自分が、実は何も分かっていなかったのだと知ることが、怖い。


 由梨ちゃんの瞳を、そっと見つめる♡

 逃げるみたいに逸らすことも出来たはずなのに、身体が言うことをきかなかった♡♡


 その瞳は、問い詰める色をしていなかった♡

 責めるでも、試すでもなくて、ただ静かに、私の内側を覗き込んでくる♡♡


 揺れる光♡

 水面みたいに柔らかくて、でも確かに深さのある視線♡♡


 まるで鏡だ♡

 私が隠してきたもの、言葉に出来なかった感情、見ないふりをしていた弱さ♡♡

 それ全部を、否定もせずに映し返してくる♡♡


 どこか見透かされている気がして、胸の奥がドクン、と大きく跳ねた♡

 呼吸が一拍遅れて、喉の奥がきゅっと狭くなる♡♡


 好き……甘い……苦しい……♡でももっと欲しい……♡

 好き……好き……♡ねえ……もっと見て……私を……♡

 可愛い、可愛い……♡もう可愛いしか言えない……♡


 ──ああ。

 私は、見透かされるのが怖かったんだ。


 今までずっと、なんとなく予感はあった。

 でもそれは輪郭のない不安で、言葉にするほどの形は持っていなかった。


 けれど今、由梨ちゃんに見つめられて。

 何も言われていないのに、ただその視線に包まれて。


 私は初めて、その感情を“実感”として認識してしまった。


 私は、いつもどこか一歩引いた場所から、みんなのことを見ている。

 輪の中にちゃんと立っているはずなのに、視線だけは天井近くまで上がっていて、全体を俯瞰している。


 この子は今、不安なのかな。

 この表情の裏には、たぶん承認欲求がある。

 ここでこう言われたら、きっと笑う。

 このタイミングで肯定されたら、心を開く。


 そんなふうに、頭の中で女の子を“読む”。

 感情を当てはめて、選択肢を並べて、最適解を探す。


 ──こんなこと言われたら、嬉しいでしょ。

 ──こんなふうに触れたら、安心するでしょ。


 それは思いやりのつもりだったし、実際、間違っていないことも多かった。

 私の言葉で笑ってくれる女の子。

 私の一言で、表情がやわらぐ瞬間。


 そのたびに、胸の奥がきゅっと締まって、同時に、ぞわりと震える。

 正解を引き当てた時の快感。

 予想通りの反応が返ってきた時の、言葉に出来ない高揚。


 喜んでくれる女の子が、愛しくて。

 可愛くて。

 守ってあげたい存在だと、心から思っているのに。


 ……なのに。

 ふとした拍子に、自分を外側から見てしまう瞬間がある。

 微笑みながら女の子を見つめている私。

 相手の反応を待っている私。

 “次にどんな顔をするか”を、もう知っている私。


 その姿が、どうしようもなく気持ち悪い。


 まるで、小さな子をあやしているみたいに。

 自分の想定通りに動いてくれることを、無意識に期待して。

 その純粋さや無防備さを、愛でるように眺めている。


 ──私は、女の子を人として見ているんだろうか。

 それとも、“反応してくれる存在”として扱っているだけなんだろうか。


 そんな考えが浮かんだ瞬間、胃の奥がひやりと冷える。

 背中を冷たいものが伝って、肩がわずかに強張る。


 もし。

 もし、こんな私を見透かされたら。


 由梨ちゃんに。

 あの、静かで、逃げ場のない瞳に。


 喉が、ぎゅっと詰まる。

 息を吸っているはずなのに、肺に空気が入ってこない感覚。

 心臓が一拍遅れて、強く、強く打つ。


 耳の奥がじんわり熱くなって、視界の端がかすかに滲む。

 身体が、正直すぎるくらいに反応してしまう。


 ──見ないで。

 ──でも、見られたい。


 そんな矛盾した衝動が胸の中で絡まり合って、身体の中心をぎゅうぎゅうに締め付ける。


 私は、どうやって由梨ちゃんと向き合えばいいんだろう。


 女の子を愛するって、どうやるんだろう。

 先回りしないで、ただ隣にいるって、どういうことなんだろう。


 今まで当たり前にやってきた“女の子って光を愛する”という行為が、急に分からなくなる。

 視線の置き場も、言葉の選び方も、距離の取り方も。


 全部が、怖くなる。


 私は、女の子を守りたい。

 でも同時に、女の子を“分かった気になっている自分”が、確かにここにいる。


 その事実を、由梨ちゃんの前で、どう扱えばいいのか。

 答えはまだ、どこにも見えなかった。

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