第72話 女の子は私にとって、光なの♡
「……由梨ちゃんのこと、守ってあげてね。私も出来る限りのことはやるけど、そこは彼氏として、中村くんの力を借りたいの」
「……よく分かりませんけど、とりあえず分かりました。詳しくは後から由梨に聞けば良いんですね?」
「そう。あと、その連絡先だけど、他の人に教えるとかはナシでお願い。はっきり、私に口止めされてるからって言っちゃって良いから」
「……分かりました」
言った瞬間、喉の奥がひりついた。
彼は、何か言いかけた言葉を飲み込んで、努めて冷静に返す。
たったそれだけのやり取りなのに、隣にいる由梨ちゃんのことを想うと、胸の奥がきゅっと縮んで、熱を持ったみたいに痛んだ。
本当にできることなら──私ひとりで、ぜんぶ守りきりたい。
誰の力も借りずに、由梨ちゃんの隣に立って、何があっても私が盾になりたい。
彼女の笑顔を曇らせるものなんて、一つ残らず私が排除したい。
由梨ちゃんの彼氏の力なんて、本当は借りたくなかった。
私は男という存在に、守られることそのものが耐えられない。
ましてや、女の子を守るために“男の力”に頼るなんて、本当は、胸の奥がきしむほど悔しい。
でも、その理想を貫くには、私には圧倒的に力が足りない。
自分でも分かっている。
私ひとりじゃ、彼女を救えない場面が確実に存在することも。
私の正義も、私の嫌悪も、現実の前では無力だということも。
だからこそ──彼氏の力を借りる。
その方が、由梨ちゃんの安全性は確実に高まるから。
彼が由梨ちゃんを守るのは、彼氏として当然の役割だとすら思ってる。
そこは分かってる。ちゃんと理解もしている。
胸の奥でざらつく感情が、ゆっくり形を変えていく。
嫌悪と冷静さと、少しの諦めが混ざり合って、私を元の場所へ引き戻す。
だけど──。
私が一声かけると、男はみんな条件反射のように私を見る。
視線をそらしたくてもそらせないくせに、落ち着きなく泳ぐ瞳。
“惹かれてしまっている”のが、手に取るように分かる。
そういう男は、もう私が言えば何だって従う。
言葉を疑うこともなく、逆らうという選択肢を持たない。
私の声に支配されたみたいに、すぐに動き出す。
由梨ちゃんの彼氏である彼でさえ、たぶん私が言ったことを“守らずにはいられない”。
私が「由梨ちゃんを守ってあげて」と言えば、本当に全力で守る。
今日もきっと、由梨ちゃんからのメッセージを待ち続ける。
さっき教えた連絡先だって、絶対に他の誰にも教えたりなんてしないだろう。
私の忠告を、律儀すぎるほど忠実に守る。
ただ、私に惹かれてしまっているから。
男という存在は、そういう仕組みで生きている。
結局、性欲に支配されている。
どれだけ真面目そうに見えても、どれだけ“良い人”を装っても。
優しさは全部、性欲の飾り。
配慮も献身も、性欲の延長線。
そう思わなければ、やってられない。
そうでなければ、私は一体なんなんだ。
ただ、恵まれた容姿で生まれたというだけで、男は簡単に跪く。
私が何も言っていないのに、勝手に意味を読み取り、勝手に屈し、勝手に期待する。
愛してほしい、支配してほしい──そんな欲望を胸の奥に隠しながら。
こんなの、歪んでいる価値観だって分かっている。
男だって、ただそれだけの存在じゃない。
本当は、彼らにも彼らなりの人生や思考があることくらい分かっている。
それでも、視えてしまう。
表情の揺れ、言葉の選び方、わずかな沈黙。
どう取り入り、どう求め、どこまで堕ちて私に従おうとしているのか。
その過程の細部まで読み取れてしまう。
私が“女の子”という光に焼かれるように生きているからこそ。
その光に惹かれる愚かさも、落ちていく瞬間も、痛いほど理解できてしまう。
だからこそ、余計にたちが悪い。
いざとなれば、私は自分の都合で男を動かしてしまう。
「女の子のためだから」なんてきれいな言葉で誤魔化しながら、
心のどこかでは、美しさという武器の威力を確かめている自分がいる。
私にそんな価値なんて本当はない。
従わせたいと思ったことなんてない。
でも──私の都合で動いてほしいと願ってしまう瞬間が、確かにある。
全部、本音で。
どれも、ひとつも嘘じゃなくて。
そんな自分が、本当に嫌になる。
私が男を嫌って、距離を置いて、
線を引けば引くほどに。
彼らの中で“私という幻”は勝手に膨らんでいく。
触れられない光ほど、尊さを錯覚する。
穢されていないものには、勝手に神聖さを見出す。
私はそんな扱いなんて望んでいない。
私は特別な存在では決してないし、求められるほどの人間じゃない。
でも──都合よく動く駒は欲しがってしまう。
自分で自分に引くほど、その矛盾が滑稽だ。
だから男って穢らわしい。
どこまでも、どこまでも。
ただ性欲という単純な機構に支配されて、“私”という幻に縋りつく。
いくら理性の皮を被っていても、結局はそこに行き着く。
美という仮初の衣に騙されて、幻想の前で跪く。
その姿を見るたびに、吐き気がする。
哀れで、浅ましくて、愚かすぎて。
だから、私は男という“劣等因子”が嫌いなんだ。
そう思っていないと、私は私を許せない。
「ありがと。じゃあ、由梨ちゃん、一緒に帰ろっか?」
「うん。ごめんね、直樹。帰ったらまた連絡するから」
「おう、とりあえず白鳥さんと楽しんで」
「ありがと。じゃあ、また明日ね」
私は由梨ちゃんの肩にそっと手を添えた。
けれど、その柔らかな体温よりも先に、胸の奥底に沈んでいた苦い感情が、じわじわと広がっていく。
ならば、美人でも気にしない男なら良いのか──と問われれば、そんな単純な話ではない。
「気にしない」という態度は、評価の土台に入れないという意味じゃない。
むしろその逆で、ただ“軽く見ている”だけだ。
女の子を、ひとつの命としてではなく、同じ重さの人間としてではなく──
手慰みの延長で扱ってきた男たち。
何人もの女の子で遊んで、飽きたら捨てて、泣かせて。
それでいて、自分は何も悪くないと思っているような顔で、女の子という存在そのものを軽んじる下衆野郎ども。
私は、ああいう連中が一番嫌いだ。
嫌悪とかそんな柔らかい言葉じゃ足りない。
吐き出したくなるほど穢らわしくて、
性欲を“支配している”ふりをしているだけの、
何かの腐った臭いを凝縮したみたいな汚物。
女の子を踏み躙って得た安っぽい成功体験を自信だと勘違いして、そのままの勢いで私に取り入ってくるあの滑稽さ。
吐き気なんて生易しい。
視界に入るだけで、背骨の内側が冷え込むような嫌悪が走る。
存在そのものが耐えられない。
彼らには彼らの理屈があって生きているのは理解している。
どうしようもなくそういう思考に最適化された世界で育ってきたことも。
彼らなりの論理で、彼らなりに正しいと思って生きていることだって分かっている。
それでも、私の周りに近付くことすら許せない。
理解することと、受け入れることは全然違う。
どれだけ彼らに事情があっても、理屈があっても。
“女の子を軽んじた”というただそれだけで、
私の世界からは排除される。
私が、その存在を許したくない。
許す理由なんて、どこにもない。
その取り入るような優しい声も、
振り撒くように差し向けられる甘い好意も──
どんな目的で形づくられているのか、
どんな下心が奥に沈んでいるのか、
私は、たぶん他の誰よりもよく分かってしまう。
声の柔らかさが演技なのか本気なのかなんて、
表情の奥にどんな欲望が濁っているのかなんて、
いちいち言葉にされなくても、全部、理解してしまう。
近付くときの、あの柔らかく装った声色。
誰にでも向ける薄い優しさ。
まるで「こうすれば良い」という浅さで塗り固めた仮初の好意。
そして、その優しさが、これまでどんなふうに女の子を傷付けてきたのかも分かる。
笑わせて、落として、飽きて、軽く扱って──
その過程で消費してきた女の子の数が、
まるで背中に貼りついた影みたいに揺れて見える。
その影は薄汚れて、ぐしゃぐしゃで、
泣き声の残滓みたいなものがこびりついていて。
それを感じた瞬間、胸の奥で何かが強く拒絶する。
──嫌悪、という言葉では追いつかない。
肌の表面がざわりと逆立つ。
腕の産毛が、冷たい風に触れたみたいに微かに震える。
呼吸が浅くなる。酸素が急に薄くなったみたいに、肺が小さくすぼむ。
視界の端がじんわり熱を帯びて、中心だけが冷えていく。
喉の奥がきゅっと絞られて、言葉に出す前から声が逃げてしまう。
胸のあたりが重く沈んで、心臓がひとつ打つたび、不快な振動が全身に広がる。
“その手で女の子を触るな”
“その目で女の子を見るな”
そんな言葉にならない叫びが、身体の奥でずっと渦巻く。
私は女の子を愛している。
存在そのものが、神聖で、尊くて、触れるだけで涙が出るほどの光。
だからこそ──
その光を曇らせる男の影を見るたび、生理的なまでの拒絶が身体の芯からせり上がってくる。
触れられてもいないのに、汚されるような感覚。
視線ひとつで、皮膚の奥まで汚れが染み込む錯覚。
彼らの存在が、光に対する冒涜そのものに思えてしまう。
だから私は、ああいう男を許せない。
女の子を愛している自分の身体が、全てをもって“拒否”を教えてくる。
もちろん、ルックスなんてほとんど考慮しない男もいるのだろう。
女の子の見た目より、言葉や考え方を丁寧に見つめるタイプ。
そういう人だって世界にはいる。
でも、そういう男は私に近付いてきたりしない。
競争倍率が高いとかそういう次元じゃない。
そもそも“競争に参加する”という発想を持たないタイプだから。
そして、私もそんな人を探そうなんて思わない。
男に向ける時間も、意識も、感情も、私の中には最初から用意されていない。
だって──そんなものに割く余裕があるなら、女の子といる方がずっと、ずっと価値がある。
女の子は、私にとって光だ♡
瞬きするたびにきらりと揺れて、見ているだけで胸がぎゅっと締め付けられる♡♡
可愛くて、儚くて、触れたら壊れてしまいそうで、でも同時に、世界のどんなものより強い輝きを持っている♡♡♡
その存在をただ見ているだけで、身体がふわっと温かくなる♡
胸の奥に薄い膜が張るみたいに切なくなって、でも幸福で、
“守りたい”という感情が反射みたいに湧き上がる♡♡
──私は、女の子という存在そのものを愛している♡
隣で、由梨ちゃんが彼氏に向かって手を振っている♡
微笑むその横顔は、光を受けたガラス細工みたいで、見ているだけで息が止まるほど綺麗だった♡♡
その仕草が、私には尊すぎて♡
あまりにも純粋すぎて♡♡
胸の奥に溜まっていた濁りを、全部洗い流してくれるように見えた♡♡♡
だから、思わず手を伸ばした♡
由梨ちゃんの小さくて柔らかい手を、そっと握る♡♡
その瞬間、温度が伝わる♡
生きてる、ここにいる、触れている♡♡
そんな当たり前のことが、胸の奥を満たしていく♡♡♡
好きなのに……苦しくて……それでも欲しくてたまらない……♡
可愛いって思うたびに……胸が熱くて壊れそう……♡
もう何もいらない……由梨ちゃんが可愛い、それだけで生きていける……♡
私は由梨ちゃんに微笑み返す。
その笑みはきっと、さっきまで胸の中に渦巻いていた黒いものを、すっかり掻き消してしまっていた。
幸福感が全身を包み込む♡
女の子って、どうしてこんなにも綺麗なんだろう♡♡
幻想みたいで、夢みたいで、触れているだけで救われてしまう♡♡♡
私はその光に縋るように、指を絡める力を少しだけ強くした。
そして、由梨ちゃんと一緒に歩き出す。
校庭の夕暮れの中で、二人の影だけが並んで揺れて。
その瞬間だけで、もう十分すぎるほど幸せだった。




