43話S 嫉妬の獣
「カット! どうした? 栞ちゃん」
「ごめんなさい」
今日、数回目となるNGを出してしまった。
スタジオの張り詰めた空気の中に、私の情けない声が小さく響く。
申し訳なさで胸が押し潰されそうになりながら、私は周囲の出演者と、機材に囲まれたスタッフ全員に聞こえるように、深く頭を下げて謝った。
「今日で終わりだからね。1週間けっこうタイトなスケジュールだったから、さすがに疲れたかな」
監督の言葉は優しかったけれど、それが逆に心に突き刺さる。
「それを言ったらみんなも疲れてるので、言い訳にもなりませんって。本当にごめんなさい……」
きつく唇を噛み締めながら、もう一度謝罪の言葉を口にする。
自分のプロ意識の低さに、自己嫌悪がぐちゃぐちゃと胸の奥で渦巻いていた。
お芝居のミスでNGを出すなんて、ここ数年は一度だってなかったのに、今日はもうこれで何回目なんだろう。
――理由は、はっきりとわかっている。
頭の片隅にずっとへばりついて離れない。
綾さんのイングランドでの報告。それが、私の中に潜むどす黒い闇を、容赦なく暴き出してしまう。
脳裏に蘇るのは、旅立つ彼女を見送りに行った時の、あの何気ない会話だ。
『毎日メールするね』
『そう、栞がしたいのならすればいい』
『なら代わりに綾さんもメール返信してね』
『なぜ?』
『私がするからそのお返しに』
『意味わからないんだけど、それに返信する話が無いと思う。挨拶しかないかもよ』
『え、向こうで珍しい事って絶対にあるよ』
『そう、善処する』
『うん、たのしんで、いってらっしゃい』
そう言って、笑顔で送り出したはずだった。
現地に到着して初日から、綾さんがきっちりと得点を決めたという報せが入った時は、純粋に嬉しかった。
自分のことのように胸が躍った。
だけど、その後に続いた報告が、私の心を激しくかき乱した。
まさか、唯さんの家でシェアハウスを始めるなんて、夢にも思っていなかった。
冷静になって考えてみれば、それが当たり前の選択だと気付く。
高校生の女の子が、海外で一人暮らしをさせる方がおかしい。
なら普通に考えれば、クラブの寮か、なければ唯さんの家しかないだろう。
綾さんは日本でずっと一人暮らしをしていたから、私の中の認識が完全に狂ってしまっていた。
当たり前のことなのに、どうしても割り切れない。
遠い異国の地で、私の知らない誰かと生活を共にしている綾さんを想像するだけで、視界がじわリと曇っていくような、重苦しい焦燥感がじわじわと体中を侵食していく。
スタジオの冷たい照明に照らされながら、私は必死に乱れる呼吸を整えようと、冷え切った指先を強く握り締めた。
ただの話、送られてきた言葉だけでも、それだけの強い刺激があることは痛いほどわかっていた。
それなのに、あれがいけなかったのだ。
「メールの文字だけじゃなくて、写メとかないの?」
ほんの少しの寂しさに負けて、そんな風に返事をしてしまったのが、すべての間違いだったのかもしれない。
昨日、私の要望に応えるようにして、綾さんから色々な写真が添付されたメールが届いた。
どうやら、現地のクラブの人が撮影した写真まで、わざわざ頼んで送ってもらったものもあるみたいだった。
画面の向こうの彼女は、ものすごくいい笑顔を浮かべていた。
日本にいた時のように、たった一人で孤独にサッカーをしているようには、どうしても見えなかった。
本当に、心から楽しそうな、ものすごくいい笑顔の写真。
チームメイトから仲良さそうにいじられている、彼女の写真。
パブで、チームの仲間たちと肩を組んで一緒に写っている写真。
パブで、熱狂的なサポーターたちに囲まれて一緒に写っている写真。
次々に表示される、色々なバリエーションの笑顔の写真や、練習中のゾクッとするほど真剣な横顔。
そのどれもが、日本で……私と一緒にいる時には、一度だって見せてくれなかった彼女の姿だった。
胸の奥から、どす黒い嫉妬の嵐が吹き荒れ、抑え込んでいた心の闇がボコボコと溢れ出してきそうだった。
写メが添付されたメールを何通かスクロールして見た後で、私はどうしてもそれ以上画面を見ていられなくなり、返事を返すのを完全にやめてしまった。
そのまま打ち続けたら、画面を叩き割るような勢いで、醜い文句のメールを書き殴ってしまいそうだったから。
綾さんは何も悪くないのに。あっちで頑張って、私のために写真を送ってくれただけなのに。
私の身勝手な嫉妬のせいで、理不尽な怒りを彼女にぶつけてしまいそうだったから。
そんな酷い感情を胸の奥底へ無理やり押し込んで、張り付いた笑顔で何とか今日の収録を乗り切った。
1週間の締めくくりとなる最終日の打ち上げだったけれど、今の私にはとてもそんな席で笑える心の余裕なんてなくて、参加をキャンセルしてしまった。
周囲のみんなからは、今日の度重なるNGのミスもあったせいか、「スケジュールがタイトで、本当に体調が悪くなってしまったんだ」と心配そうに思われたみたいだった。
誰も私の醜い本心に気付かなかった。そのことだけが、今の私にとって唯一の救いだった。
「栞、今日どうしたの?」
打ち上げをキャンセルし、重い足取りで乗り込んだ事務所の送迎車の中。
静まり返った車内に、フロントガラスの向こうを見つめたままの秋子さんの声が静かに響いた。
「秋子さん、どうしたって、何が?」
「質問を質問で返すのは感心しないわよ」
バックミラー越しに視線が合う。すべてを見透かされているようなその瞳から逃げるように、私はすぐに目をそらして、窓の外を流れる夜の街並みに視線を落とした。
「だって、どうしたのって言われたって……自分でもよく思いつかないから」
「綾ちゃん?」
その名前を耳にした瞬間、心臓が跳ね上がるようにドキッとしてしまった。
体中の血が急激に冷たくなっていくような感覚に襲われ、私は動揺を隠すように声を荒らげてしまう。
「何で、そこで綾さんの名前が出るのっ!?」
「明日、いえ、時差があるから明後日には日本に帰ってくるわよ」
「知ってる、そんなこと知ってるって。綾さんがいなくたって、私はちゃんと大丈夫だって言ってるの。秋子さん、おかしなこと言わないでよ……」
早口で捲し立てる自分の声が、必死の虚勢でしかないことは自分が一番よくわかっていた。
「そう」
助手席から、ハンドルを握る秋子さんの横顔を盗み見るけれど、彼女はそれ以上何も追及してこなかった。
これ以上は何も聴かないでおいてあげる、
無言の優しさが、その横顔から痛いほど伝わってくる。
秋子さんは、私が物心つく前の本当に小さな頃から、私のすべてを知っている人だ。
色々なことがあって、数か月前にこうしてもう一度私のマネージャーに戻ってきてくれた。
そのことが、今この瞬間、本当に心の底から良かったと救われるような思いだった。
沈黙の流れる車内で、私は膝の上で握り締めていた拳を震わせながら、ぽつり、ぽつりと、堰を切ったように本音をこぼし始めた。
「……いつものメール以外にも、写メが添付されてたの」
「珍しいわね」
「私が以前、文字だけじゃなくて写メも欲しいって、我が儘を言ったから……」
「そう」
「すごく、楽しそうな写メばかりだった。日本にいた時の……あの、どこか寂しそうで、悲しそうな目が、一枚も、一つもなかったの」
「うん」
「悔しかった……! 私にはどうしても出来なかったことを、あっちの人たちは、たった数日で……あの人の心をあんなに簡単に、溶かすなんて……っ」
最後の方は、もう声にならなかった。
大粒の涙が次から次へと溢れ出し、私は子供のように声を上げて号泣した。
そんな風に感情を激しくぶちまけても、秋子さんは何も言わず、ただ静かに私の話に耳を傾けながら、優しく車を走らせてくれた。
私がようやく泣き止み、涙を拭う頃に、車はタイミングを見計らったように今夜の宿泊先であるホテルの前に滑り込んだ。
きっと秋子さんは、私が泣き止むタイミングを計りながら、わざと速度を調整して運転してくれていたのだと思う。
エンジンが止まり、静寂が戻った車内で、秋子さんが振り返って私を優しく見つめた。
「今夜、お部屋で一緒に寝てあげましょうか?」
「……そこまで子供じゃないってば」
涙で鼻をすすりながら強がってみせると、秋子さんは悪戯っぽく笑いながら言葉を返してくる。
「昔はよく、寂しがって一緒に寝てあげたのにね」
「それ、いつの話なの?」
「小学一年生あたりかしら」
「小学生に上がるまでだよ、全く……!」
「そうだった?」
「そうです」
呆れたように言い返す私を見て、秋子さんは「ふふっ」と微笑んだ。
「明日には家に帰るんだから、今夜はゆっくり休みなさい」
そう言って、私の頭に温かい手の平をそっと載せると、子供をあやす時のように、優しく、何度も髪を撫でてくれた。
その手の温もりに、私の張り詰めていた心の棘が、少しだけ解きほぐされていくような気がした。
秋子さんと別れてホテルの静かな部屋に戻り、お風呂から上がった時のことだった。
湯気でうっすらと曇った鏡を無意識に拭い、そこに映った自分の顔を見た瞬間、心臓が冷たく跳ね上がり、一瞬で恐怖が背筋を駆け抜けた。
なぜなら、鏡に映る私が、まるで別の生き物のように、私に向かって話しかけてくるような強烈な錯覚を起こしたからだ。
鏡の中にいる私は、私が今まで見たこともないような、激しい飢えを孕んだ目をしていた。
それはまるで、狙いを定めた獲物を前にした、獰猛な獣のようだった。
そして、その口元は、醜く、歪んでいた。
「そんなに欲しいなら、奪えばいいでしょ」
その声が、耳の奥に直接響いた気がして、私は激しく眉をひそめた。
「そんなこと、出来るわけない……っ」
「どうして?」
鏡の中の私は、私の動揺を楽しむように、くすくすと冷たく笑う。
「キスしたいんでしょ」
「……っ!」
「他の誰にも触らせないで、あなただけのものとして、独り占めしたいんでしょ」
息が詰まり、言葉を失う。
頭を激しく振って否定したかった。
だけど、喉の奥が引き攣って、どうしても否定の言葉が出てこなかった。
自分の心の奥底にある、どす黒い本音を、鏡の私に完全に暴かれてしまったからだ。
「だったら、鎖で縛って、どこにも行けないように束縛をすればいいじゃない」
「……綾さんは、物じゃないよ!」
震える声で、必死に鏡の自分へと反論する。けれど、鏡の中の私は、さらに残虐な笑みを深めていった。
「物じゃないから何? それがどうしたっていうの?」
鏡の向こうの世界で、もう一人の私が、一歩こちら側へと近づいた気がした。
すぐ目の前に、あの獣のような瞳が迫る。
「彼女に自由があるから、あなたは諦めるの?」
「違う……!」
「じゃあ何? 諦めないなら、どうするの?」
容赦なく、逃げ場のない問いが突きつけられる。
そんなことをしてはいけない。
そんな酷いことを、大好きな彼女に望んではいけない。
頭では、理屈では、痛いほどわかっているのに。
私の心の中の闇は、もう私の静止を振り切るほどに、激しく暴れ狂おうとしていた。
たまらなくなって鏡から無理やり目を逸らしても、頭の奥にこびりついたその悍ましい声は、どうしても消えてくれなかった。
耳を塞ぎたくなるような沈黙の中で、私はただ、綾さんのことばかりを考えてしまう。
脳裏に浮かぶのは、彼女のあの低くて心地いい、優しい声。
時折見せてくれる、飾らない何気ない笑顔。
それが私だけに向けられた特別なものじゃないことなんて、とっくに痛いほどわかっている。
あっちで楽しそうに笑う彼女の写真を見たばかりなのに、それでも、まだ私は浅ましく期待してしまうのだ。
ただただ、苦しかった。
どうして私は、あの人の事をこんなにも好きになってしまったんだろう。
どうして私は、自分の意志をなくしたみたいに、こんなにも綾さんに振り回されているんだろう。
お願いだから、私から離れないでほしい。
誰の手の届かないところへ行ってしまわないで。
誰にも、あの人を渡したくない――。
そんな独占欲塗れの身勝手な考えが頭をよぎった瞬間、自分で自分の浅ましさが、どうしようもなく嫌になった。
いっそ、彼女を夢中にさせるサッカーなんて、この世から消えてしまえばいいのにとすら思った。
サッカーが憎かった。綾さんの時間と意識を奪っていくもの、そのすべてが激しく憎かった。
生身の人間どころか、サッカーという人ですらない概念にまで、私は醜い嫉妬の炎を燃やしている。
そんな歪んだ自分自身が、完全に常軌を逸しておかしいことくらい、言われなくたってわかっているのに。
感情を激しく消耗したせいで、気付けば喉の奥は砂漠のようにカラカラに渇ききり、肋骨の奥で心臓が不快なほどに激しい脈を打って、落ち着きを失っていた。
私は狂おしい焦燥感に駆られながら、何度も、何度も必死に首を振る。
そうやって物理的に思考を振り払おうとしなければ、内側から溢れ出す闇の感情で、本当におかしくなってしまいそうだったから。
けれど、ふと、視線を上げてしまった。
引き寄せられるように、またあの冷たい鏡の表面が目に入った。
鏡の中で、醜く口元を歪めた私が、じっと私を見つめている。
そして、逃げようのない言葉を再び投げかけてきた。
「強引にものにしてしまえばいいじゃない」
「出来るわけないじゃない……っ!」
私は、自分自身の情けなさを掻き消すように、吐き捨てるように言った。
「綾さんは……っ、信頼していた人から凌辱されているのよ!? そんな傷を負った人に、そんなこと……っ」
「だから?」
鏡の中の私は、まるでおかしなことでも聞いたかのように、小馬鹿にした様子で小首を傾げた。
「だからじゃない……!」
「でも、彼女が欲しいんでしょ」
心臓の奥が、どくりと大きく鳴った。
「違う」
「嘘」
鏡の中の私は、すべてを見透かして楽しそうに笑っていた。
「彼女の神秘的な赤い目を見ながら、氷の様な唇にキスをしたいのでしょう」
ゾクッと全身に鳥肌が立つ。
脳裏に、綾さんのあのどこか冷ややかで美しい赤眼と、冷たそうな唇がありありと浮かんでしまう。
理性がどれだけ拒絶しようとも、私の本能が、確かに綾さんを激しく欲している。
反論の言葉が喉にへばりついて、私は何も言えなくなっていた。
「彼女の柔肌を感じたいのでしょう」
「やめて……」
「その細い身体を強く抱き寄せて、誰にも渡したくないのでしょう」
「やめて……っ」
「彼女が痛みに、あるいは快楽に喘いで、『もっとぉ』って貴女を求めてきてほしいのでしょう?」
「ちが……う……っ!」
「綾さんの時間を奪うサッカーが、そんなに憎いのでしょう?」
私はきつく、血がにじむほどに唇を噛み締めた。
「違うって、言ってる……!」
「違わないよ。周囲の人間は騙せても、私自身にだけは嘘が付けないよ」
鏡の中の私は、私の絶望を栄養にするように、本当に楽しそうに笑っていた。
「貴女は狂うほどに嫉妬しているのよ。認めなさい」
「違う!」
「だったら、どうしてそんなに苦しいの?」
容赦ない追及に、ひゅっと息が詰まる。
「どうして綾さんが遠い国で、誰かと楽しそうに笑っているだけで、そんなに腹が立つの?」
「やめて……」
「どうして綾さんが自分の手の届かない遠くへ行くことを考えただけで、そんなに泣きたくなるの?」
「やめてってば!」
「全部、全部自分のものにしたいからでしょう?」
「ちがう……」
「彼女を抱きたいのでしょ?」
真っ赤に充血した目で私を見つめてくる鏡の中の私は、私の逃げ道をすべて塞ぎ、心の最奥にあるドロドロとした暗黒の欲求を、これでもかと突きつけてくるのだった。
私はもう耐えられなくなって、近くにあった備え付けの時計を掴んだ。
考えるより先に、衝動のまま腕が動いていた。
手から離れた時計が、まっすぐに鏡へと飛んでいく。
ガシャァァンッ! と鼓膜を震わせる激しい破砕音と共に、鏡が派手に砕け散った。
きらきらと光る無数の鋭い破片が、冷たい床の上へと容赦なく降り注ぐ。
それでも。
蜘蛛の巣のように細かくひび割れ、バラバラになった破片の中の私は、まだ歪んだ顔で嘲笑うように笑っていた。
私はそのおぞましい光景から逃げるように、きつく両目を閉じた。
急激に襲ってきた深い疲労感と混乱の中で、そこで私の意識はぷつりと途切れた。
ふと、寒さで目が覚めた。
部屋の明かりが眩しくて、ぼんやりと周囲を見回す。夜中の三時くらいだった。
お風呂上がりの裸のままの私と、床に無残に散らばった砕けた鏡の破片が、そこに転がっていた。
冷え切った身体を起こし、私は吸い寄せられるようにスマホを取り出して、画面に指を滑らせた。綾さんからのメールを見る。
そう言えば、今日は綾さんの試合の日だった。
自分の醜い嫉妬のせいで一度は返信するのをやめてしまったけれど、試合を控えた彼女を無視することなんて、私にはどうしてもできなかった。
仕事が忙しくてメールの返信ができなかったこと、それから、試合頑張って、ということ。ただそれだけの、当たり障りのない短い言葉だけを、祈るような気持ちで返した。
それから、秋子さんの部屋に連絡して、来てもらった。
「……鏡、割っちゃった」
ぽつりと呟いた私を見て、秋子さんは事情を深く詮索することなく、ただひどく心配そうな顔をして、怪我がないかを確かめながら静かに破片の後処理をしてくれた。
そして私は、イギリスの現地時間で二十時、時差のある日本では午前四時ちょうどから始まった、綾さんの試合のを秋子さんと一緒にTVを見ていた。
私は子供のように秋子さんの腕にぎゅっとしがみついたまま、食い入るように画面を凝視していた。
画面の向こうの綾さんは、圧倒的だった。
結果は、一ゴール、一アシスト。
サッカーのルールや戦術にそれほど詳しくない私ですら、『レアル・ブランカス』という名前はよく知っていた。
十年ほど前、日本で開催されたクラブワールドカップがあった時のことだ。
当時、大会で優勝した男子チームである『レアル・ブランコ』の選手たちが日本のテレビ番組にゲスト出演した。
その番組で私も一緒に出演したことがあったから、名前の響きだけは強烈に記憶に残っていた。
そんな世界的なビッグクラブの女子チームを相手に、彼女はこれ以上ない結果を出してしまった。
「ねえ、秋子さん」
画面が試合終了の熱気に包まれる中、私は秋子さんの服の袖を掴んだまま、震える声で呟いた。
「どうしたの?」
「綾さんって……本当に、実力があるわよね」
「そうね。多分、当時の唯よりも実力があるんじゃないかしら」
秋子さんの落ち着いた声が、余計に現実の重みを突きつけてくる。
「綾さんって……日本では、もうサッカーができないんだよね」
「出来ないわけではないんだけどね。ただ、難しいと思うわ」
「お母さんの、あの事件のことで?」
「そうね。世間のイメージ的に、日本での活動はかなり難しいと思う」
「これで、きっと向こうのチームも、綾さんのことを本気で注目すると思う。世界が放っておかない。……でも、私、あの人と離れたくないの」
喉の奥がまた熱くなる。そんな私の我が儘を、秋子さんは否定せずに受け止めてくれた。
「日本に帰ってきたら、綾ちゃんと本気で話し合いなさい」
「でも……私の気持ちをぶつけたら、あの人を傷つけるかも」
「このまま納得したつもりになって無理に笑顔で応援するのなら、きっと今度はあなたが傷つくわよ。そしてそれは、将来的に綾ちゃんを傷つけることにもなるわ」
「うん……」
「あとの片付けや手続きは私が全部しておくから、あなたはここでゆっくり眠りなさい」
「ありがとう……」
私は秋子さんの言葉に甘えて、シーツのなだらかな膨らみの中へと深く潜り込んだ。
枕元から漂う、秋子さんの優しくてどこか懐かしい香りの安心感のおかげだろうか。
それとも、ここ数日の嫉妬と葛藤で精神的にボロボロに参っていたからだろうか。自分でもよく分からなかったけれど、今度は恐ろしい幻聴に怯まされることもなく、吸い込まれるように深く、ゆっくりと眠りに落ちていった。
「Liebe」をお楽しみいただけましたか?
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