33話S ロケ前夜
……私は、綾さんの部屋の前でもう、1時間近く立っていた。
壁に背中を預け、床の冷たい感触を素足で感じながら、何度も深呼吸を繰り返す。
もう23時を過ぎているのに、ノックをすればすぐに開けてくれるとわかっているのに、手が震えて指先が動かない。
たかが1週間ちょっと会えないだけなのに。
なのに、胸が締めつけられるように寂しくて、逢っておかないと何か大切なものが壊れてしまいそうな気がした。
一度は踵を返しかけた。でも、
……コン、コン。
気がついたら、私はノックをしていた。
もう後戻りできない。
心臓が喉のあたりまで跳ね上がる。頭の中は真っ白で、何も考えられなかった。
アドリブでいくしかない。
すぐに、扉が静かに開いた。
「……どうした?」
銀髪がさらりと揺れ、赤い瞳が私をまっすぐに見つめてくる。
いつもの落ち着いた声に、胸がぎゅっと熱くなった。
「あ、ごめん。晩御飯が足りなかったとか?」
「綾さん。私そんなに食べる方じゃないよ」
確かに綾さんのご飯はすごく美味しいけど……そんな大食いじゃないってば
「どうしたの?」
私は思わず視線を落とした。
床を見つめたまま、指をぎゅっと絡め合わせる。
どう言えばいい? 正解なんてわからない。
言葉が喉に張りついて、出てこない。
「えっと……」
沈黙が長引いて、綾さんまで少し考え込んでしまったのがわかった。
どうしよう……私、変な子だって思われてる……。
「はっきり言って、出来る範囲はするから」
その優しい言葉に、最後の勇気を振り絞った。
「えっと……一緒に寝てくれないかな?」
言った瞬間、自分の顔がカッと熱くなるのがわかった。
わ……私は今、何を言ってるの……!?
子供じゃないのに、一緒に寝てって……。
「は?」
綾さんの驚いた声に、慌てて両手を振った。
私は慌てて両手を小さく振った。
自分でもはっきりわかる。
耳の先まで真っ赤に染まっているのが熱くて、頰が火照ってたまらない。
「初めて会った時みたいに、一緒の布団に入って……添い寝みたいな……だめかな?」
言ってしまった。
もう今さらなかったことにはできない。
本当に、私は何を言ってるんだろう……。
絶対に断られるはずなのに。
明日からどんな顔をして綾さんに会えばいいの……?
そう思って縮こまっていると、
「……いいよ」
低くて優しい声が落ちてきた。
え……?
今、なんて言った?
聞き間違い? 幻聴?
私が呆然としている間に、綾さんは静かに部屋に戻り、ベッドの端に腰を下ろした。
銀髪を軽くかき上げながら、もう一度、穏やかな声で言ってくれる。
「……来ないの? そこにいたいんだったら気にはしないけど」
「いいの?」
「その為に、ベッドに戻ったんだけど」
その言葉が耳に届いた瞬間、胸の奥がじゅわっと熱くなった。
嬉しさが一気に溢れて、思わず子供みたいにパタパタと小走りでベッドに飛び込んだ。
布団がふわりと持ち上がり、綾さんの体温がすぐ隣に感じられる。
私は遠慮なく彼女の胸元に体を寄せ、顔を埋めるようにくっついた。
銀髪から漂う優しいシャンプーの香り、Tシャツ越しに伝わる柔らかい胸の感触、規則的な鼓動——全部が、私を包み込んでくれる。
何か話そうと思ったのに……
安心しすぎたせいか、言葉が出てこない。
ただ、綾さんのぬくもりと優しい匂いに包まれているだけで、瞼が重くなっていく。
……綾さん、大好き。
心の中で、何度も何度も繰り返していた。
私は彼女の胸に頬をすり寄せ、細い腕をそっと回して抱きつきながら、
幸せすぎる夢の中に、ゆっくりと溶けるように落ちていった。
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