30話 綾の過去~残酷な社会
【R15 注意】
本エピソードでは、登場人物の凄惨な過去と、心理的な外傷に触れる描写がございます。
鮮烈な流血描写やショッキングな展開が含まれますので、あらかじめご了承の上、読み進めていただけますと幸いです。
※苦手な方はこの章をスキップすることをおすすめします。
スキップした場合も、重要な情報は後続の会話などで自然に補足されます。
31話S 唯からのかぎりない真実で補足されてます
「葬儀が終わって、私の居場所なんてどこにも決まってなかった。でも、あの日、丸めた画用紙に描いた『幸せな家族』が血で汚れて消えてしまったことが、どうしても受け入れられなくて……。もう一度、あのキラキラした世界に戻りたくて、周囲の大人たちを泣いて困らせて、無理やり幼稚園に行ったんだ」
私は、あの時の自分を殺してやりたい。
地獄から這い出したばかりの子供が、自ら進んで次の地獄の扉を叩いたのだから。
園門をくぐった瞬間、空気が凍りついた。
いつもは「おはよう!」と駆け寄ってくる先生たちの顔から、表情が消えていた。
担任の先生は、私と目が合った瞬間、汚物を見るかのようにわずかに顔をしかめ、無意識に一歩、後ずさりをした。
その指先が、幽霊にでも触れられたくないかのように震えている。
部屋に入ると、そこにはかつての「友達」がいた。
でも、私を呼ぶ声はどこにもない。
「マー君、ちーちゃん……おはよ」
声をかけた瞬間、二人は弾かれたように立ち上がり、椅子をガタンと鳴らして部屋の隅へ逃げた。
「あやちゃんだ……」
「お母さん言ってたよ。あの子に近づいたら、寝てる間に包丁で刺されるって」
「人殺しの血が流れてるんだって」
ひそひそ声が、ナイフのように私の鼓膜を削る。
私が自分のカバンをロッカーに入れようとした、その時だった。
ガツッ!!
後頭部に、鈍い衝撃と鋭い痛みが走った。
床に転がったのは、角の尖った大きなレゴブロック。
振り返ると、いつも一緒に砂場で遊んでいたとっしーが、顔を真っ赤にして次のブロックを構えていた。
「死ねよ! 人殺し! お前も、お前のお母さんも化け物なんだろ!」
「やめて、とっしー……なんで……っ」
「悪者はやっつけなきゃいけないんだ! 仮面ソーサラーだって、悪い怪獣の子供は殺すんだぞ!」
一人が投げ始めると、それは「遊び」よりも残酷な「儀式」に変わった。
次々と投げつけられるおもちゃ、木製の積み木、粘土の塊。
「人殺し!」「バイキン!」「死ね!」
友達が、親から吹き込まれた汚い言葉を、一番残酷な形で吐き出しながら、小さな私を包囲する。
額が割れ、生温かいものが目に入ってきた。
お母さんの返り血を思い出す、あの鉄臭い臭い。
「助けて、先生……!」
泣き叫びながら、私は廊下にいた先生の裾を掴もうとした。
しかし、先生は私の血で汚れた手を、汚い雑巾を払うような仕草で振り払った。
「……綾ちゃん、これ以上お友達を刺激しないで。あなたが来なければ、みんな楽しく遊べたのよ」
突き放された言葉。先生の瞳には、哀れみすらなく、ただ「厄介者が来た」という深い嫌悪と恐怖だけが宿っていた。
その日の帰り際、職員室から漏れてきた声は、私の心を粉々に粉砕した。
「どうするんですか、あんなおぞましい事件の当事者を。保護者から苦情が殺到しています。『殺人者の娘と同じ空気を吸わせるな』って」
「あの子……お母さんがお父さんを切り刻むのを、笑って見てたんじゃないかしら」
「そうね、あんなに返り血を浴びて、一晩中泣きもしなかったっていうじゃない。やっぱり、血筋なのよ。あの親にしてこの子あり。あの子の体の中にも、残虐な化け物が棲んでいるのよ。……正直、怖くて近づきたくもないわ」
味方だと思っていた大人たちは、私を「救うべき子供」ではなく、「駆除すべき害獣」として、言葉のナイフで何度も何度も突き刺していた。
「幼稚園で石を投げられたあの日、私は熱を出して寝込んだ。でも、看病してくれる人は誰もいなかった。それどころか、見たこともない親戚を名乗る大人たちが、私の枕元で遺産や家の処置について、汚い言葉を投げ合っていたよ」
親の葬儀が終わるや否や、会ったこともない叔父夫婦が私を引き取った。
彼らの目的は、父が残したわずかな保険金と土地の権利だった。
「可哀想な姪を引き取る慈悲深い親戚」を演じていたのは、最初の一ヶ月だけ。
「……ねえ、綾。その包丁、置けって言ってるだろ!!」
夕食の準備を手伝おうとキッチンに立っただけで、叔父は悲鳴のような怒声を上げた。
彼の目は、私の中に母親の狂気を探していた。
リンゴを剥こうとナイフを持てば、叔父の顔は恐怖で引きつり、叔母は私を汚物のように突き飛ばした。
「やっぱり、あの女の血が流れてるんだわ。この子、笑いながら私の首を狙ってたわよ!」
「怖い……。夜、寝てる間に刺されたらどうするんだ。追い出せ、こんな化け物!」
彼らにとって、私は可愛い姪ではなく、いつ爆発するか分からない「人殺しの予備軍」だった。
結局、金の算段がつくと同時に、私はゴミのように施設へ放り込まれた。
施設での生活は、さらに地獄だった。
「殺人者の娘」という噂は、風よりも早く子供たちの間に広まった。
夜、寝ている間に布団の上から何度も踏みつけられた。
「人殺し! お前の母ちゃん、お父さんをバラバラにしたんだろ?」
「お前もやるのかよ? ほら、やってみろよ!」
年上の少年たちに囲まれ、冷たいコンクリートの床に押し付けられた。
抵抗すれば「やっぱり凶暴だ」と言われ、黙って耐えても「気味が悪い」と唾を吐きかけられた。
職員たちも、私を助けようとはしなかった。
彼らの目は、幼稚園の先生と同じだった。
「関わったら自分の身が危ない」
「この子は壊れているから何をしても無駄だ」という、徹底的な諦念と拒絶。
私は、誰にも触れられないように、誰とも目を合わせないように、ただの「石ころ」になるしかなかった。
感情を殺し、痛みを忘れ、自分という人間を消していく。
そうしないと、自分の体の中に本当に「怪物」が生まれて、彼らを皆殺しにしてしまいそうだったから。
それでも私には、あのサッカーボールだけが残っていた。
一人で黙々と友達と遊んでいる時が幸せの時間だった。
そして、私は何も期待しない綿津見綾の人格が生まれた。
中学に入学するときに今度は母方の親戚に預けられることになった。
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