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第六十四話

本日もよろしくお願いします。



「いらっしゃいませ、コージュ様。本日はお泊りですか? 最初にお風呂にします? ごはん? それとも、わ……わたく、し?」


「のっけから飛ばすなぁ。というか、照れるくらいならやるな」


「すみゅません……」



 水の国にて。


 お茶目な一面を見せた代表のアルティナ。

 そんな彼女の熱烈な歓迎を受け、魔王コージュは思っていた。


 こいつもか……と。



「まったく、どいつもこいつも……」


「……その口ぶり、もしや……わたくしの前にどなたかと?」


「ギクリ。い、いやぁ……実はここが六か国のうち最後でな」


「……つまり、メイリーン様やシルフィリアス女王様とも? むぅ~」


 それを聞いて頬を膨らませ、不満を表現するアルティナ。

 平静を装っているが、魔王も内心ではそれに焦っていた。


「い、いや、たまたまであってだな?」


「わたくしに真っ先に会いに来てくださらないなんて、あの時のことは遊びだったのですか? わたくしなんて、メイリーンやシル様がいない時の予備の女なんですね?」


「人聞きの悪いことを言うな! 今までも何も無いだろが! というか、メイリーンもシルも、そんなんと違うわ!」


「……フフフ、冗談ですよ。各国への訪問お疲れ様でした、コージュ様」


 そんな茶番劇で場が温まったところで、二人は漸く席に着く。

 本題を話し合う前に少しイチャつかないと気が済まないのだろうか、この世界の魔王スキーたちは。


「各国の王や代表たちとは、順調ですか?」


「ああ、それなりにな。というか変態弟子ばかりだから順調と表現していいものなのか判断に困るのだが……」


「それでも凄いことですよ? これまで互いに牽制し合ってほとんど歩み寄ることの無かった六国の王たちが、挙って協力する相手ができるなんて」


「まあ、そこは万能の魔王だからな。俺の目標とする迫害無き世界の第一歩目としては、それくらいは熟さんと」


 珍しく称賛に胸を張ってドヤ顔をみせた魔王に、アルティナはフフフと笑う。

 言っていることは荒唐無稽だというのに、それでも彼がいずれ成し遂げてしまうビジョンしか浮かばなかったから。


 きっと、全ての国の代表クラスと親密な関係を築いてしまうという今の信じ難い状況も、彼にとっては通過点でしかなく大したことでは無いのだろう。

 彼女には、彼がその気になれば六国を一つに纏めることすら可能に思えた。


「……わたくしどもに命じて、コージュ様の下で一つの国にはしないのですか?」


 アルティナはそこで、思わずその疑問を口に出してしまう。

 万能の魔王ならばそれも容易いはずなのに、未だ彼からそういった提案は欠片も無いのである。それが気にかかっていたのだ。


「それは考えていない。理由はいくつかあるが……」


「あなた様なら可能でしょう? 強制的、穏便、秘密裏、大々的……どれでも」


「俺を買ってくれるのはありがたいが、慕ってくれているのは現状だと王たちとその側近クラスだけだ。その下に就く大臣や貴族、一般の民たちには、今時点で既に反感を抱く者や畏れを感じている者だって少なくない。俺の存在がもっと公に知れ渡れば、印象はどんどん悪くなるだろう」


「それだって、すぐにどうとでもできるのでは?」


「未知の力を持つ強大な魔王が、あっという間に世界を統一した。そんな事実を事実として受け入れられるのは、多くの場数を踏んで豊富な経験値を持つお前たちだけだ。貴族や一般市民にはただただ不安しかないだろうな。自分の生まれ育った国の枠が一瞬で消え去り、国境無き一つの世界という……夢のようだが馴染みがなく、未知の恐怖が潜む状況に突然放り込まれれば、待っているのは破滅へのカウントダウンだ」


 そう話す魔王の表情は真剣で、それが冗談や巫山戯(ふざけ)て言っている内容ではないことはアルティナにもよく分かった。万能の魔王ならばいくらでも手段はありそうなものだが、そんな彼でも踏み切れないほどの壁があるということなのだろう。


「そういうものですか?」


「ああ。やりようはあるが、ともかく今すぐに無理矢理どうこうするというのは悪手だな。それをやると、いずれ必ず歪みが顕在化する」


「では、ゆるりと浸食していくわけですね?」


「言い方! だが……まあ、そういうことだな。極軽度の洗脳を用いて意識を変える手も無くはないが、そんなことをしなくても国のトップが意識改革を遂げた今ならば、多くの人々が差別のない世界の素晴らしさを理解し、やがて自ら世界の統一を求めて手を伸ばす日がやって来るだろうよ。その時は、改めて俺も動くとするさ」


 そう言ってニヤリと笑みを浮かべた魔王に、アルティナは寒気を覚えた。

 話の内容は穏便ではあるが、その訪れる未来を確信しているかのような物言いは、まるで人知を超えた神のようにすら思えたからだ。


 話をしているのが普通の王侯貴族なら話半分で聞き流せても、それが万能の魔王となれば別である。これまで彼が成し遂げてきたことからも、彼には妄言を妄言で終わらせない実力が伴っていると知っているから。

 それでもアルティナが魔王コージュを慕えるのは、彼の理想が独善的なものや悪政を布くものでは無く、本当に人々と世界を良くしたいと考えてのことだと分かるからであった。


「……この世界、既にコージュ様の掌の上なのですね」


「人を偉大な仏様みたいに言うな。いくら万能でも、俺にどうこうできるのはこの(せかい)だけだ。まして無理矢理思い通りにしようなんて考えちゃいないのだから、できることなんて限られているのだぞ?」


「……サラッととんでもないこと言いましたね? 仏様というのはよく分かりませんが、とりあえずコージュ様が平和主義な方で……とってもよかったと思います」


 いきなり小学生並の感想になった彼女の言葉に、魔王は訝しげな顔をする。

 そんな魔王に、アルティナもついおかしくなってクスクスと笑い出すのだった。


「……それで、話は変わりますが、最近はどうですか?」


「どう、とは? 弟子の育成やら各国への助言やら忙しいが、自国のことも含めて大きな問題は無いぞ?」


「いえ、あの方のことです。なにか不穏な感じはありませんか?」


「……ああ、アクアのことか」


 すると、話題は元・水の国の国家元首の話へと移る。

 実際は今も立派に国家元首であるはずなのだが、本人が「アルティナに一任してきたので、私はもう何の干渉もするつもりはありません」と言い切っているので、扱いとしては元・国家元首になりつつあるのだ。


 そのアルティナに言わせれば、今は超長期のバカンス中だと思っているので、いずれは戻って来てもらわなければ困るらしいが。

 直接会って話せばいいものの、こうして間に魔王を挟んでの平行線はこれからも続きそうなのであった。


「で、何か心配事でも?」


「……一応、わたくしだけが知る秘密ということになっているのですが、コージュ様なら既にお気付きなのでは?」


「……アクアの()()のことか? 大っぴらに言うと嫌がられるからあまり言わんが、一応俺は相手の考えていることも読めるからな。まあ……知ってはいたさ」


 願いという単語に、アルティナの表情が大きく変化をみせる。

 それは驚きと悲しみの感情が入り混じったようであり、彼女自身も複雑なそれをコントロールできていなかったのだろう。


「……コージュ様が読み取ったということは、あの方は向こうでも未だに()()()()に心を痛めておいでなのですね?」


「まあ、そういうことだ。あいつは誰より強そうに見えて、心根が少し優し過ぎるところがあるからな」


「それ、コージュ様が言います? 慈愛の権化みたいな、あなた様が」


「俺は好き放題、思うがままにやっているだけだからな。願望も欲望も解消できているから、ノンストレスなんだよ。アクアと違ってな」


「……確かに、あの方の願いはそう易々と叶うものではありませんからね」


 アルティナのセリフを受け、魔王も彼女自身も暫し無言で思いを馳せる。それは、もしアクアの願いが()()()()……という未来を二人が思い浮かべたから。


 そんなことができるのは、この世でたった二人。アクアの願いを知る者だけ。

 今まさに想像を膨らませている、アルティナと魔王だけなのである。


「……もし、もしも万が一、あの方が嘆き苦しむあまり誤った道に進もうとしていたら、その時はどうか……」


「分かっているさ。常にあいつの動きには気を配っておく。俺に任せておけ」


「そう言っていただけると、わたくしも少し気が休まります。いつか、あの方がこの世界を嘆き悲しむ夜が終わる日を、心より願っておりますわ」


「大丈夫だよ。俺たちといる時のあいつは、かなり本気で、心の底から楽しんでいるようだからな」


 そう言ってパチリとウィンクしてみせた魔王に、アルティナはまた笑みを零す。

 心を覗ける魔王がそう言うのならば、きっと本当のことなのだろうから。




 ――――少し安心したからか、アルティナはそれから暫くの間、昔語りをする。

 かつて、自分とアクアが国の舵取りをしていた頃の話だ。


「……あの方がこちらにいた頃は、あの方は決して表に出ることなく、わたくしだけがあの方に謁見しておりました」


 そんな事情も実は把握済みの魔王だったが、珍しく知らないフリをして静かに耳を傾けていた。アルティナがそれによってストレスを発散することができればと、彼なりに案じてのことだったのだろう。


「議会制の我が国ですが、形式上あの方の承認をもって、最終的な意思決定をするというのが暗黙の了解となっておりました。あの方は本当に形だけOKサインを出すだけなので、あまり意味の無いことに思われそうですが……」


「ふむ」


「ですが、我々の判断に穴があったり、何かを見落としていた場合、あの方はそれを的確に指摘してくださいます。それによって危機を脱したことも決して少なくありませんでした。ですから、我が国はあの方無しではやっていけないのです」


 少し大袈裟なくらいにアクアのことを称賛するアルティナに、言葉には出さないが「本当にあいつのことが大好きなんだな。表情や言葉から滲み出しているぞ」と魔王コージュは思う。

 凛として話すアルティナではあったが、どこか自分の好きな作品やバンドのことを語る子どものようにも見えるのだった。


「どんな状況でも、あの方は表には出ませんでした。それは、()()()を生きてきた憂いか、多くのことに気だるさを覚えてのことかは分かりません。ですが、あの方はコージュ様が仰ったように優し過ぎるのです。長き時を生きてきたにもかかわらず、飽きるでも諦めるでもなく世界の状況を悲しんで嘆き、心を痛めて夜を過ごしていましたから」


「そんなあいつが唯一心を開いていたお前も、同じように優し過ぎるってことじゃないかね?」


「ぬふぇ? ……ひゃあッ⁉ わ、わたくしのことはいいんです、どうでも! 唐突に褒めないでください! ビックリして変な声出ちゃったでしょ⁉」


「すまんすまん。褒めたつもりは無かったのだが……」


 アクアと同じというだけで誉め言葉になるのか。


 アルティナにとって、アクアは憧れの存在であり高嶺の花であり、そして最も親しい家族であり大切な仲間だったのだろう。

 事実、アクアのことを話すアルティナはいつも嬉しそうだった。


「と、とにかく。あの方は世界の現状を憂いていました。ずっと嘆き続けていたのです。ですから、それをどうにかできないかと模索し続けてもいました。その興味の向く際たる場所こそが、あなた様が今現在お過ごしの孤島。イシュディア魔王国であり、かつての死の大地だったのです」


「……だから、あいつは島の異変に気付いて、自ら出向いたというわけだな?」


「はい。居てもたってもいられなくなったのでしょう。わたくしには言いませんでしたが、あの方がここを離れられる際の表情は希望に満ちていました。恐らく吉兆が現れて見えていたのかもしれません。あの方の力は、わたくしでは遠く及ばないもので、全容は今も分からない部分が多いですからね」


「そこで、俺と出会った……と」


 そんなアルティナの昔語りを聞き終え、魔王はクククと笑う。

 色々なことを思い返し、あるいは未来予想をして楽しくなったのか。それともアクアの日常とかつての姿を比較して面白かったのか。


「少し長居してしまったな。今日はこれくらいでお暇させてもらうとするか」


「あら、もうですか? 少し残念です。あの方のことを語り合える唯一の人なので、それ以外も含めてとても楽しいのですが……」


「……最後に一つ、いいことを教えてやろう。お前が語ってくれた話の礼にな」


「はい?」


 そう話す彼には、一つだけどうしてもアルティナに教えてやりたい話があった。

 それは、きっとアルティナも笑い出すと確信があることだったから。


「あいつの()()()の件だがな?」


 そんなふうに切り出した魔王に、アルティナはザワリと総毛立つ。

 万能の魔王なら当然知っているはずだからと自然に口にしてしまっていたが、()()()を生きるとバラしてしまったのはマズいと気付いたのだろう。


「あ、あの……わたくしがバラしたのは、どうか内密に……」


「元々知ってたからな。もちろんバラしたりせんよ、安心しろ」


「よ、よかった……」


「で、だな? あいつ……」


 魔王も、その事実を思い返して笑いが堪えられなくなったのか、プププと吹き出しかける。そんな彼の姿に、アルティナは首を傾げるしかない。


「あいつな、俺たちの国では……十六歳だと言い張っているんだ。実際は()()()を超えているのにな。クハハハハッ!」


「ブプーーーーッ⁉」


「お? 笑ったな?」


「あッ⁉ いえ、今のナシ! だって、そんな……ブプッ、ニャハハハハハハ! じゅ、十六歳⁉ あの方が⁉ アハハハハッ、アハハハハハハハ‼」


「酷いやつだな。だが……クハハハハッ! サバを読むにしても読み過ぎだろう」


「アハハハハハハッ! 止めて、お腹痛い! アハ、アハハハハハハハ‼」


 アクア、最愛の魔王と最愛の仲間から裏切られた瞬間であった。


 本人がいたらと思うと戦慄する光景ではあるが、いないにしても酷い陰口だ。好き放題言い過ぎだし、どう考えても笑い過ぎである。


「ク、クククククッ。で、では、また来るぞ、アルティナ。達者でな。次は十六歳のアクアとも会えるといいなぁ? クハハハハハッ!」


「アハハハハハハハ⁉ も、もう止めて……! アハ、アハハハハハハハ!」


「……ふう、少し笑い過ぎたな。あいつにバレたら絶対に殺されるわ」


 未だ抱腹絶倒で笑い続けているアルティナを残し、魔王は颯爽とその場をあとにする。彼が去った後も、彼女は笑い転げるのだった。



 何はともあれ、六国全てを無事に巡った魔王は、のんびりと帰還の途につく。


 戻った時にアクアと顔を合わせ、思わず吹き出してしまわないかと内心ハラハラしていたことは、彼のみぞ知る秘密なのであった。




少し遅くなってしまい、申し訳ございません。


箸にも棒にも掛からない内容(笑)ですが、そんな物語もそろそろカウントダウン開始です。

一応、最終話までの道筋は立ちましたので、遠くないうちに完結させるつもりです。


最後までお付き合いいただけたなら幸いです。

それでは、また。


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