第六十五話
遅くなり申し訳ございません。
本日もよろしくお願いします。
――――とある日のこと。
その日、イシュディア魔王国には建国以来初となる来客があった。
しかも、それは数十名にもなり、島は一気に慌ただしさを増す。島に住み始めて初の大仕事に、警備担当のアリアやベル、ガーゴイルたちとその統括者であるガーゴイルクイーンのアロエルも大忙しだ。
そして、王族を含む各国代表団の案内役という大役を任されたメンバーも気が気ではない。建国以来初めて、胃薬というものが必要になりそうなほどである。
他国の代表団を招いた目的は、イシュディア魔王国誕生後では初めてとなる七か国全ての代表による首脳会議であった。
火の国からはインカ王と大臣、側近など臣下の者たちが。
水の国からはアルティナと最高議会の議員数名が。
土の国からはダード王と臣下、それに魔王の弟子となった一般の者たちが。
風の国からはシル女王と側近たちが。
光の国からはメイリーンと新生元老院のメンバー、それに国民の代表数名が。
闇の国からはアード王とゲルカら護衛数名に加え、各部門の技術者たちが。
最後にイシュディア魔王国からは、魔王コージュとアクア、それに弟子のユクとルシア、側室候補のフラーナとディーナ、その他に見学と称してワドル、ナラト、ユニファ、クロエ、フォミア、シュロとララ、ユイとタマが参加していた。
明らかに首脳会議としてはおかしいメンバーである。他国もそうだが、特にイシュディア魔王国に至っては子どものユイやタマまでいるのだから。
まあ、土の国にもキャトをはじめとした平民たちが混じってはいるのだが。
「……あの? 明らかに人が多過ぎませんか? 通常の首脳会議などの場合は、代表者と他一~二名くらいが妥当だと思うのですが」
当然そこを疑問に思う者は多く、そんな皆を代表するようにメイリーンから質問が出された。彼女をはじめとした各国の代表者だけは魔王の思惑を事前に聞かされていたものの、それ以外の詳細については他の参加者たち同様に知らないままだったからだ。
すると彼女の発言と同時に、それまでざわめいていた会場から一気に私語が消え失せ、恐ろしいほどにシンと静まり返る。
「今回は初回だから、七国の主だったメンバー同士の顔合わせも同時に行おうと思ってな。この世……いや、各国とも国の中心メンバーが長く国を離れてはマズいことも多かろう? 一応、俺が探知で各国とも不穏な動きが無いか見てはおくが」
「ああ、それで時間短縮のために顔合わせと会議を同時に?」
「そういうことだ。自己紹介は流石に全員とはいかないが、この場の全員がひと通り互いの基本情報を知るくらいはしておきたい。そうすれば今後の交流もスムーズに行くし、次回以降の首脳会議は少人数でもよくなるだろ? ああ、あと最初に言っておくが、この場でまで平民が……とか、五種混血が……なんて差別的発言は無しだぞ?」
前もって時間を打ち合わせ、一斉に魔王の空間魔法で作られたゲートを通って、魔王国の屋敷の大会議室へと現れた各国の参加者たち。
案内されるがまま着席してはいたものの、メイリーンから質問が出るまでは自国のメンバー同士でざわつく他ない状況であった。
そんな中、その質問によって一時的に静まり返ったおかげもあって、皆の意識は上手く魔王たちの会話へと向くことになる。
前もってメイリーンと策を練っていたわけでもないのだが、この流れによって場の主導権は上手く魔王が握ることに。
「……コホン。コージュ様、横入りで失礼いたします。今ならばちょうどご清聴いただけそうですので、そろそろ会議を始めさせていただきたく思います」
そしてそれを絶好のタイミングと捉えたアクアが、自ら矢面に立つ。
事前に進行役を頼まれていた彼女はその流れを好機とみたのだろう。だから彼女なりに、そこから会議らしい空気への誘導を試みたのである。
「それでは皆様、お忙しい中お集まりいただき誠にありがとうございます。進行役は畏れながら、魔王コージュ様の正妻候補とさせていただいております私、アクアが行わせていただきます。本日はよろしくお願いいたします」
だが彼女の思惑から外れ、その場の誰もが挨拶の文言に含まれていた「正妻候補」というワードに目を丸くすることとなる。
人知を超えた万能の魔王という存在に未だ慣れ切っていない各国の面々にとっては、その者の正妻となる人物がいようとは寝耳に水だったのだろう。普通なら王に正妃や側室がいてもなんらおかしくないのだろうが、彼のとんでもなさがその普通という概念に結び付かなかったようだ。
最早、場の主導権は完全にアクアが握ることとなる。
と……いうよりかは、皆が魔王の正妻だという女性に興味津々なのだ。彼女の意図した形とだいぶ少し違ってはいたが、ともかく会議に向いた静けさは作り出せていた。多少のどよめきはあったものの。
「もの凄くカタイな。もっと気楽でいいんだぞ、アクア?」
「そういうわけにはいきませんわ、コージュ様。各国の代表の前ですので」
「いつもみたく、「ちょ、コーちゃんw その発言マジまんじ~! ナシよりのナシっしょw 草生えるわー」とか、素で話してくれればいいと思うぞ?」
その流れを、あっさり粉砕する魔王がいた。
しかもあろうことか、アクアという人物の人柄すら未だ掴めていない各国の者たちを前に、彼女があたかもギャルであるかのように嘯いて。この世界にギャルなどいるはずがないのに、だ。
当然、次の瞬間彼女は菩薩のような微笑みを浮かべ、同時にコメカミに青筋も浮かべながら魔王に囁いた。
「……魔王コージュ様? 私とは本日初対面の方たちばかりですので、お巫山戯はそのくらいに。それ以上戯れに私の印象を歪めるおつもりなら、今日の議題は万能の魔王様をどのように葬るかというテーマに変更させていただきますが?」
刹那、その柔らかい声の奥底に潜む殺意の波動を感知し、魔王は一瞬で真顔になって彼女から目を逸らした。
そして虚ろな目で、乾いた声を場の全員に向けて発する。
「……改めて俺から皆に紹介させていただこう。俺の最愛の女性にして、我が国で俺に次ぐ才覚と最高の知性を併せ持ち、国民全員から慕われる慈愛の女神。才色兼備の究極系、イシュディア魔王国が誇る美王妃のアクアだ」
そんなゴリゴリに飾り立てた紹介に、その場に集った全員が引き攣って苦笑いを浮かべていた。魔王が完全に彼女の尻に敷かれていることは、初見の今だけでも一目瞭然である。
そうして二人の力関係を理解した上で、改めて皆の視線が魔王の隣に立つ美女へと向けられた。
水の精霊を彷彿とさせるその麗しい姿は、魔王のお世辞を抜きにしても確かに美しい。その立ち振る舞いも、各国の王たちでさえも魅入ってしまうほど洗練されていた。
「火カカ! スゲェ上玉を捕まえたもんだな、大王様!」
「……本当にお綺麗で、そのお顔からは聡明さが滲み出ていますわ。言葉の端々からも内面の慈悲深さとや温かさが感じ取れますし、わたくしも惚れ直……いえ、魅了されてしまいそうな御方です」
「そうだな。これ以上無いほど師父の妃に相応しい女性だな」
「我の風も、そのオーラに圧倒されておるわ。ぐぬぬ……」
「ちょっと悔しい……ですけど、魔王様と並ぶと素晴らしく絵になりますね。まさにベストパートナーでございます」
「ふむ、師匠がご教授くださった発明の如く、この世界が生み出した生命の至高の形かもしれませんね」
するとインカ王の言葉を皮切りに、集った各国の代表がそれぞれの言葉でアクアを褒め称え始める。
脳筋のインカ王には場の空気などあまり関係が無いらしい。だが、そのおかげでいい流れができたから結果オーライだろう、今回に限っては。
そして、先ほどの魔王とのやり取りで彼女を怒らせてはいけないと悟ったのも理由だったのだろうが。そこで出た言葉の多くは感じたままの本音であり、この場では外交辞令を並べ立てた者の方が少なかった。
特に水の国の代表であるアルティナは、普段面と向かって言えない賛辞をここぞとばかりに口にしていた。
当然ながら、この場でアクアとアルティナの関係を知る者は魔王だけである。アクア、アルティナ双方とも久方ぶりとなる再会に胸躍らせてはいたが、流石に魔王以外も大勢いる前で表立って話すことなどできるわけがないのだから。
「……私に対するお世辞はその辺で結構です。大変恐縮でございます。ところで……コージュ様? あとでゆっくりオハナシしましょうね?」
「……ソウデスネ」
いったいどういう心情なのか、彼女は輝くような笑顔を見せる。
単に褒められて嬉しかったと捉えることもできたが、きっと彼女はその裏に秘めた何かをオハナシするつもりでいるのだろう。そのことが、かえって魔王に底知れぬ恐怖を齎す。
「では改めまして皆様、本日はありがとうございます。こんな感じの魔王様ですので途中からグダグダになりそうな予感は否めませんが、最初だけでもきちんと進行させていただきたい思います。本格的にこの方が場を乱す前に、それでは各国代表者からご挨拶を承れますでしょうか?」
「……コラコラ。一応は魔王国国王だぞ、俺は?」
「では魔王国初代国王のコージュ様。まず最初にご挨拶、および私どものご紹介の方をよろしくお願いいたします」
「聞けよ⁉ まったく……」
だがしかし、一転して相も変わらずのイチャつき様をみせ、さらに場の注目を集める魔王とアクア。
そうして集中した皆の意識に相対するように、彼はゆっくりと立ち上がる。
普通ならば、緊張せずこんな場での初回の進行役などこなせる者は存在しないのだが、そこは「水の国の陰の代表」という特殊な事情のアクアである。
長年に渡り表に顔出しすることの無かった彼女なら、間接的ではありながら場数を踏み、豊富な経験と実績を積んでいる。それにもかかわらず他国の王たちでさえも面識は無く、あるいは存在すら知らないわけだから、まさに適材適所の最たるものであった。
魔王とアルティナを除けば、この場のいったい誰が彼女を「水の国の真なる国家元首」だと思おうか。
「あー、ゴホン。では改めて挨拶させていただこう。初見の者たちも何名か見受けられるが、俺が七つ目の新国を設立したイシュディア魔王国初代国王のコージュである。俺は階級とか血統なんてものは一切気にしないから、もし今後顔を合わせることがあればこの場の誰でも気軽に接してくれ。王だからと縮こまられて、挨拶もせず無視されると泣くからな?」
そんな軽めの挨拶によって、大会議室の雰囲気は少しだけ緩くなる。
先ほどまでのやりとりも、一連の流れを計算した上でこの緩和まで持って来ようと狙っていたならば、大したものなのだが。魔王はきっと違うのだろう。
ともかく、流石に彼と初対面の者の一部は未だ緊張しているようだったが、同じく初対面でも彼の人となりを耳に入れていた者たちには安堵できる自己紹介の内容だったようだ。
恐らくは、分け隔てなく誰とでも接すると噂が広まっているのだろう。そのことは魔王国の出席メンバーの多彩さと、彼らが醸し出す空気でもある程度察しが付けられる。
なにせ、エルフ、ドワーフ、サキュバスにヴァルキュリア、レア種族の仙人天女に樹人までおり、さらにはユイのような子どもまでもが国王の彼に懐いているのだから。
「聞き及んでいる者もいるだろうが、俺の国は血統による分類が存在しない。まだ抵抗ある者も中にはいると思うが、五種混血の者も大勢存在している。もちろんそれらの者も市民権を有してな。敢えてこの場で誰とは紹介はしないが……それはそれとして、ここからは俺の国の参加者たちを紹介させてもらおう。アクア……はもういいとして、では座っている順に――――」
そうして暫くの間、各国の代表者の自己紹介と挨拶、それと参加メンバーを紹介するための時間が設けられた。
魔王が最初に流れを作ってくれたおかげか、事前の打ち合わせなどほとんど無いにもかかわらず、進行は驚くほどスムーズであった。
それは代表者たち皆が魔王の理念を予め知っていたからであり、首脳会議の場でありながら代表者の誰もが、この場で他国を出し抜こうなどと企まなかったことも理由に挙げられた。
流石に未だ魔王抜きで他国の王と和気藹々に……とまでは行かなくとも、信頼できる彼さえいてくれれば上手く間を取り持ってくれるはずだと信じられたから。
それに、進行役のアクアという女性も魔王以上に頼りになりそうで、その安心感が余計に彼らから疑念や不安を消し去ってくれていた。さらには、今回の議題が国益に直結する内容ではないこともその一助となる。
「――――これで、ひと通りの挨拶が終わりましたね。ではコージュ様? ここからは……」
「うむ。話し合いに移るとしようか」
すると各国の挨拶が終わった頃合いで、アクアが立ち上がって発言する。
それは進行役として当然の務めではあるが、直前にコージュとアイコンタクトを交わして彼を立てることを忘れないあたり、見事であった。
「一応断っておくが、今回の議題は貿易や助成費など国益に直結する内容ではない。そういったことも話し合う必要はあるが、それは後日また少人数で集まる際に行いたいと思う」
魔王は、皆の前で改めてそんなことを口にする。
そうすることで今回の議題を明確にするとともに、各国要人たちの不要な心配を無くして円滑に話し合いを進めるのが狙いだったのだろう。
だが……だからといって、今回の議題は一筋縄ではいかないものであることも分かっていた。
無用な心配を無くして集中できる環境を整えても、内容が内容だけに不満や反発も事前段階から予想されていたのである。
「今回大々的に集まってもらった理由は、こうした顔合わせと、誕生したばかりの我が国の紹介、それに各国の橋渡しという意味合いももちろんある。だが一番重要な議題は――」
そして、遂に魔王の口から本題が告げられる。
各国の王や一部の者には先に伝えられてはいたものの、この場の多くの者たちには未通達だったこと。
重要な話し合いとだけ聞かされていた者たちは、それが何なのかを各々で想像してこの場に臨んでいた。それが今、明かされようとしているのだ。
一層皆からの注目が集まる中、魔王は少しだけ間を作り、わざと焦らすようにしてからその続きを口にした。
「――――議題は、世界各国から……島流しを如何にして無くすかというものだ。それについて皆から意見を聞き、話し合いたいと思ってな」
魔王のそんな発言で、大会議室の雰囲気は一変する。
戸惑いと驚愕、そして緊張が入り混じり、どこか張り詰めた空気が参加者たちから溢れ出したのであった。




