第六十三話
日を跨ぎ(ry
本日二本目を、よろしくお願いします。
「おう、女王様。遊びに来たぞ」
「お師匠様⁉ す、すぐに勝負をば‼」
「落ち着け落ち着け。早い早い。性急過ぎるだろ」
風の国にて。
魔王はゲーム馬鹿である女王シルフィリアスの下を訪れ、早速のゲーム馬鹿っぷりに呆れ返っていた。
「まあいい。今日はどれで遊ぼうか?」
「将棋がいいのであります! 是非将棋にて!」
「分かった分かった。お前も俺の言いつけを守って、女王として頑張ってくれているようだしな。それでいいぞ」
「やったァ‼ ウヒヒヒヒ‼」
女王があげてはならない類いの奇声をあげ、シル女王はスキップをして魔王から貰った将棋を取り出しに向かう。
そんな奇人変人の女王だったが、魔王は素直で一途な彼女のことを案外気に入っていたりする。世界でも類を見ない戦闘力を秘めていながら、それを用いて荒々しい手段に出たりしない温和な面も好ましく思っているのだった。
「では、一局。よろしくお願い致します、お師匠様」
「うむ。よろしく頼むぞ、シルよ」
互いに礼をして、いよいよ彼女の待ちに待った時間が始まる。
魔王は意外とちょくちょくやって来てはいたのだが、毎日でも彼と競い合いたいシル女王にそれでは足りなかった。なにせ他の者たちとの練習試合では、どのゲームでも魔王のおかげで一層強くなってしまった女王の好敵手など皆無なのだから。
「それにしてもあっという間に強くなったな、シル」
「お師匠様をガッカリさせぬよう、我も日々研鑽を怠らんかったのでのう。お褒めいただき光栄じゃ」
「国の長としての仕事もこなしながらとは、感服したぞ。流石だな、我が愛弟子のシルよ」
「……せ、精神攻撃はその辺にしてもらえんかのう? 流石にそんなベタ褒めされると、本気で嬉しくなって手元が乱れてしまうのでな」
「チッ、耐性付けよったか。そう簡単にはいかなくなったな、最近は」
そんな駆け引きだか師弟の惚気だか分からない会話をしながら、二人の間に火花が散る。
将棋に関していえば、覚えたてゆえに魔王にはまだまだ遠く及ばないものの、女王の実力は既にプロ級としては充分過ぎるほどの域に達していた。最初のうちこそ動揺すると一瞬で詰められて負けていた彼女ではあったが、今やそんな程度では揺らがない実力を身に着けていたのだ。
「というか、お師匠様はどうやってそこまで強くなったのだ? お師匠様と渡り合える者がおったということかの?」
「ギクリ。い、いや……あれだ。俺の故郷では、身分を問わず誰でもが出入りできる勝負処というのが数多くあってな。そういうところで思いがけない強敵と闘り合って、切磋琢磨の末にここまで至ったというわけだ」
「ほほう? お師匠様が強敵というからには、相当な実力者なのだろうて。一度打ち合ってみたいものだのう」
嘘である。
揺さぶるつもりが、無自覚のカウンターを放たれる形となっていた。
当然、魔王が異世界から転生してきたことなど彼女は知る由もない。彼がスキルの力で最強なだけで、素の実力だと彼女の相手にすらならないことも。
だが、意外と純粋な彼女はそんな話もあっさりと信じ込んでしまった。いや、話の大筋は嘘では無いのだが。
「俺の故郷だと、ゲーム好きに歳も身分も関係無いという考え方があってな。流石に誰でも彼でもというわけにはいかないが、大人と子どもが本気で闘り合う公式試合なんてものもあったのだぞ?」
「ほほう? 我も同じ考えではあるが、それを公式にまで高められるとは素晴らしいのう。大人は子どもたちから学び、子どもたちも大人から学んでまたさらに強くなって……と次々に強者が育つわけじゃな?」
「よく分かっているじゃないか。素晴らしいぞ、愛弟子よ」
「あ、あんまり愛弟子愛弟子と連呼せんでくれ。一応我とて独身の女王じゃぞ? 愛という単語が付くワードを連呼するのは誤解を招くとも限らんのでな。べ、別に誤解じゃないなら全然構わんのだが……」
「おっと、失礼した。確かに不適切だったな、控えるようにする」
「……イケズじゃのう」
そんな桃色の会話をしながらも、二人の手はどんどん進んで行く。
局面は互いの駒が交差し合い、大きく開いた形になっていた。
「……なあ、シル? 本当にそういう考えが素晴らしいと思うか?」
「もちろんだとも。我の国は世界的に見ても差別が少なく、そういった考えには柔軟な方だと思うぞえ?」
「俺の国には、風の国の出身者も多くいるのだがね。俺との出会いは海の上だ」
そんな魔王の言葉で、順調だったシルの腕がピタリと止まった。
表情は変えないよう頑張ってはいたが、明らかに思考停止に近い状態である。
だが、シルはすぐに平静を取り戻してパチンと盤に音を立てた。
「……お師匠様の言いたいことは分かる。だがな、長い間根付いてきた島流しの文化を変えるのは並大抵のことではない。たとえお師匠様が変えられなければ我を破門すると脅しても、それは無理というものじゃ」
「ククク、そんなことは言わんさ。大体、破門なんてしたらお前の場合は島まで押しかけて来そうだからな」
「我のことがよく分かっとるの? 流石は愛しのお師匠様じゃ」
「おいおい、愛しいは禁句じゃなかったのか? というか真面目な話、現状無理なのは俺も分かっているさ」
そう言って、魔王は彼女と同じようにパチンと盤に音を立ててみせる。
だが……それと同時に、ニヤリと笑ってもみせた。
「だから、提案がある。俺が今言ったように、町中に誰でも出入りできる勝負処を作ってみてはどうだろうか?」
「……は?」
「この国ならではの改革案さ。そういう場所を作り、俺やお前が率先して血統に拘らずに誰とでも勝負する。そうすれば平民や五種混血の者たちの居心地も、いずれ変革していけるとは思わんか?」
そんな魔王の提案に、シルはガタンと椅子を引っくり返して立ち上がった。
その表情は賛同には染まっておらず、むしろ反対に青褪めていた。
「さ、流石にお師匠様の提案とはいえ、女王の我が五種混血の者と向かい合うのは色々とマズい気が……」
「そうか? 俺の国では五種混血の者に差別が無いことも、お前がそんな俺の弟子になったことも知れ渡っているのだろう? ならば俺が最初に五種混血の者と和気藹々と闘り合ってからなら、問題無い気もするが?」
「だがのう、未だ五種混血の者を見つけたら島流しという文化は廃れてはおらんのじゃ。我はお師匠様から説かれたおかげで理解もあるが、目の前で五種混血の者がのうのうと暮らしておると知って納得できるほど、市井の間に受け入れられはせんだろう? 勝負のためだけに五種混血の者を炙り出して皆の目に晒せば、それこそ踏み絵の如き迫害に繋がらんかえ?」
そんな鋭い指摘に、魔王はまたもクククと笑ってみせた。
「逆だよ、逆。お前とて、血統にかかわらず強いものが育つなら万々歳だろう?」
「逆、とは? 確かに我としては嬉しいのだが、強い者……そうか‼」
「ああ、お前の思っている通りだ。最初から五種混血だと明かしてもらうのではなく、才能を秘めた者をそこで見出して俺たちの弟子にしてしまうのさ」
「なるほど! 実力者ともなれば、我が遊戯係として求めているという理由で、専門の養成所を立ち上げることも可能であるな!」
「ああ、そういうことだ。本当に我が愛弟子は理解が早くて素晴らしい」
再び愛弟子と呼ばれたことに動じず、シルは魔王と目を合わせてクククと笑い合う。そこまで通じ合っているのだから、最早愛弟子呼びなど些細な問題のような気もするが。
ともあれ彼らの企みというのは、才能を秘めた五種混血の者を見出して市井の勝負処で有名にし、その者を女王付きの遊戯係として育てた上で、最終的に時期を見て五種混血と明かすというものであった。
女王が囲い込めば、誰も大っぴらに迫害などできない。それに女王付きまで地位を高めていれば、下手な二種三種の混血であっても手出しできないというわけだ。
女王シルフィリアス単身では無謀であっても、そこに万能の魔王や他国の王まで絡むならば可能性は大いにある。同時に五種混血の者たちにとっても、高みを目指せるという希望の象徴が生まれることになるのである。
「まあ、超えなければならない壁はいくつもあるがな。万能の俺が付いている以上、この国に……シルに叶えられないことなど無いさ」
自分を見つめながらそう言い放った魔王に、シルはドキッとして目を逸らしてしまう。長年女王として生きてきたとはいえ、独身の彼女には少しばかり毒気が強過ぎたようだ。
その動揺を隠そうと、彼女は慌てて話題を将棋へと移す。
「そ、そういえばお師匠様が教えてくれた穴熊! その他の戦法も、我はこうして自在に操れるようになったのだぞ⁉ どうかの、凄いであろう!」
「……王手」
「ま、まあ……ま、愛弟子であるからしてな! 我にかかればこの程度の遊戯など、造作もなく……へっ?」
「……師として一つ、いいことを教えてやろう? 自在にとか敵なしとか、驕ったあたりが一番要注意なのがゲームの世界というものだぞ?」
「……参りました、でごじゃる……」
勢い余って立ち上がっていたシルは、一瞬でスンとなって俯き加減に座った。
その見事な王手は、まさに魔王の指摘通り彼女が驕り切ったセリフを言い放った直後だったから、彼女も立つ瀬無しである。
完全に覇気を失った彼女だったが、その視線は間もなくスッと上に移ることに。
「……のう、お師匠様?」
「うん? なんだシルよ?」
「もっと手っ取り早く、我の国をイシュディアと同じに変える手立てがあるぞ?」
「なに? それは本当か?」
「それはな……」
そう言って彼女は俯き加減のまま上を向いて……つまりは上目遣いで魔王の方へと移動し、彼の隣で甘い吐息を吐いた。
「この国がお師匠様の国に吸収され、イシュディアの一部になってしまえばいいのだ。そうすれば強制的にそちらの国の方針に準ずることになるではないか? その方法としては、わ、我とお師匠様が一緒になるという、とても簡単な手段が……」
「そうだ! お前に新すぃ遊びを教えてやるぉ! だるまさんがころんだ、というものである! 楽すぃぞぉ!」
「えっ?」
突然大きな声で説明し始めた魔王に、シルは呆気に取られて流される。
後ろを向いて目を瞑り、彼女は――――
「だ、だーるーまーさーんーがー、こーろーんー……だ! これでいいのかの、お師匠……」
――――当然のように、一人取り残されていた。
万能の魔王が、不戦敗により初めて彼女に負けた瞬間である。
今回もまた、件の模擬試合と同じく正式な勝負では無かったが。
「……お師匠様の、イケズ……」
静まり返った一室で、女王がクスンと涙を拭う。
そんな彼女だが、真面目で素直ゆえにきっと魔王の提案通りの行動をすることだろう。彼女によって、この国の五種混血から初めてとなる王城仕えが出る日も近いのかもしれない。
そして、彼女が水の国の女王同様に彼に寄り添う日も、いつか……?
……
……
「師匠! 来てくださったのですね! 早速、先日教えていただいた魔導回路と水力発電機構の改良についての相談が……」
「アーダット、お前もか」
「はい? いつも通りアードとお呼びくださいませ、師匠?」
どこぞのアー〇ー王を彷彿とさせるセリフだが、異世界のアードには通じない。
そんなことより、闇の国である。
技術的な分野で弟子入りしたアード王もまた、シル女王と同じく技術馬鹿っぷりを披露し、魔王を呆れさせていた。
「……それより、この前話した人手の件はどうなった?」
「専門的な技術を持った者を育てる話ですか? 確かに国家的プロジェクトを進める私の下には、多くの人手が必要です。その反面、あまり一般の者に公にしていい技術ではない。特に三種混血や二種混血の者に下手に明かせば、他国にリークされないとも限りません。その点、五種混血の者たちならば他国に漏らす心配など一切無い。現状だと、他国に受け入れられる可能性がそもそも低いから。さらに、私の下で匿えば五種混血の者たち自身も安心して暮らせるからウィンウィン……という理屈は分かります」
「改めて説明感謝する。そういうわけだし、あまり手に職を付けるチャンスの無い五種混血の者たちならば、俺やアードがみっちり付きっ切りで教えれば専門分野に特化させることも簡単だろ? 真っ新な白布を染め上げるようにな」
「若干エロスを感じる例えですが、まあそうですね。ですが、それなら四種混血でも同じことでは?」
そう言って首を傾げるアードに、魔王も言葉に詰まる。
確かに彼の言う通りで、リスクを冒して五種混血の者を雇い入れるよりならば、同じようにまだまだ待遇の低い四種混血の者たちの方がいいことになるのだ。
だが、魔王は彼の肩を掴んで頭を下げる。
「……そこは俺の願望としか説明できん。前にも話したが、俺の目的は自国のように五種混血の者が大手を振って暮らせる世界を作ることだからな」
「……まあ、師匠の気持ちは分かりますよ。ですが、そのお話は私一人では決めかねます。国家プロジェクトということは、つまりは大臣たちの承認も必要ということですからね」
「うむ。特化した技術屋を作り出す以上、彼ら彼女らを雇い続ける意味でも長い目で見なければならんしな。可能な範囲でよろしく頼む」
そう言って再び頭を下げる魔王。
だが、その表情にはニヤけが浮かんでいた。
スッと顔を上げた時にはそれも消えてはいたが、どうやら彼にはニヤけるだけの秘策があるようで。時折、彼が「火力、水力、地熱に風力……太陽光ともなれば、各国で同じように人手が……クックックッ」などと呟く姿が目撃されたとかされていないとか。
ともかく、その後は魔王とアード王との技術オタトークが繰り広げられたようで。それも日常になっているのか、護衛のゲルカが呆れ顔で眺めていた以外、実に平和な光景なのであった。
……
……
「……よぉ、メイリーン。達者なようだな」
「これはこれは、魔王様。ようこそ新生光の国へ」
「毎度定型文で、相変わらずだな。お前らしいといえばお前らしいが」
「これでも嬉しがっているのですよ? それより立ち話もなんですので、応接室でお茶でもいかがですか?」
「ああ、もらうとしよう」
続いて魔王が訪れたのは、光の国である。
代表のメイリーンが新生と呼んだ通り、今の光の国は彼女を筆頭に話の分かるメンバーで彩られていた。
元々宗教色の強い国なので、その信仰先が魔王に変わった感は否めないが。
「それで、最近はどうだ? 何か困っていることは無いか?」
「そうですね……? 国の運営の方は、優秀なメンバーを掘り出せましたから問題ありません。魔王様の仰った通り市井の方からも身分を問わず才能ある議員秘書を見出した結果、予想以上の成果が上がっております」
「それは良かった。お前の仕事ぶりは本当に一流だから、その辺は俺も心配しておらんさ。わざわざ報告をくれて感謝するぞ、メイリーン」
「くぁwせdrftgyふじこlp⁉ い、いえ、別にお礼など不要です。私どもの方こそ、助力や助言で助かってますから」
「……」
普段無表情で冷静だけど、動揺した時にあからさまに取り乱すのが可愛いんだよなぁ。そんな風に思った魔王ではあったが、シル女王の件で学んだ彼は口に出して言わないのであった。
「それより、最近問題となっているのは宗教団体の方ですね」
「宗教団体?」
「ええ。元々いた元老院メンバーと癒着のあった者たちが、今回のクーデターで支援を受けられなくなったことで奮起しまして。色々と厄介なのです」
「それは……大丈夫なのか?」
「なんだか絶大な力を持つ魔王が世界を牛耳ろうと暗躍しているとかなんとか謳っておりまして。微妙に当たっている分、対処にも頭を抱えているところでして」
「言い方の問題で、ほぼ正解ではあるな。見込みあるんじゃないか、その教団」
そんな冗談を交わしながらも、魔王は笑い飛ばさず真剣に耳を傾ける。
「本当に厄介そうなら、俺が何とかしてやるからな。無理も遠慮せず、全力で俺を頼れよ? いいな、メイリーン?」
「そういうところが男らしくて、しゅき……」
「は?」
「い、いえ、なんでも。そうでしゅね、いざという時は是非お願いいたしましゅ」
こちらも一歩手前であった。罪な男である。
ともかく、そんな彼女とも情報交換を重ね、交流を深めていく。
あるいは新生元老院のメンバーたちとも顔を合わせて話をし、魔王はこの国のことも順調に変えることができていた。
どの国もまだ長い時間はかかるだろうが、少なくともこれまでとは段違いに改善されていた。特に、身分の低かった四種あるいは五種混血の者たちに関しては。
いずれは、彼が夢物語として語っていた血統による差別の無い世界も実現される日が来るのかもしれない。
今はまだまだ、夢のままだとしても――――
結局分割しました。
水の国は次話となります。




