少しの前進
誘い
「ただいまー」
学校から帰ってきた綴灯が家の扉を開けると何か甘い香りがしてくる。
びっくりして、ダイニングに向かうと2人が何か作業をしているようだった。
1人ははなと、もう1人は…
「あ、お邪魔してます!!」
「穂乃里!」
オーブントースターの前で穂乃里が出来上がるのを待っていた。
そして、はなが机の上に皿とフォークを用意している。
「あ、おかえり!お兄ちゃん!!」
「ああ、ただいま」
綴灯は鞄を置き、2人に聞いた。
「ところで、ものすごくいい匂いがするけど、何焼いてるの?」
とても美味しそうな匂いの元が気になり、スルーすることができず聞いてしまう。
すると、はなが腰に手を当て、ご機嫌に言った。
「よくぞ、聞いてくれました!!…ついに、アタシたち、ひとくちシナモンロールをゲットしてしまったのでーす!!」
ドヤ顔のはなに穂乃里は小さく拍手をする。
「SNSで、最近焼いて食べるのが美味しいって話題になっているから、せっかく買えたんだったら焼いてみようってなって。」
穂乃里がここまでの経緯を説明してくれる。
ひとくちシナモンロール。
綴灯はショッピングモールで蓮音と一緒に食べたのを思い出した…。
「あ、でも数量限定で、人数分しか買えなかったから…」
穂乃里が綴灯を見てあたふたし始める。
綴灯は食べたことがあるからいいよと遠慮をしようと思ったその時…
「大丈夫!!2つのひとくちシナモンロールを3等分にしたら、1人2つ!!ちゃんとお兄ちゃんの分もあるから安心して!!」
そんなはなの案に綴灯と穂乃里はぷっと吹き出してしまった。
「ひとくちなのに3つに分けられるかな…?」
「それに、大丈夫だよはな。オレ、一回食べたことあるし」
そんな2人にはなは頬を膨らませた。
「ダメ〜!!お兄ちゃんも食べるの!!せっかく、今あるんだよ?食べなきゃ損だよ〜。任せて!!3等分はアタシがするから!」
小さい子みたいに駄々を捏ねながらはなが言う。
そんな姿を見て、綴灯はなぜか微笑ましい気持ちになった。
「じゃあ…貰おっかな。穂乃里、小さくなっちゃうけれど、いい?」
「うん!もちろん!!」
綴灯が聞くと穂乃里は笑顔で答えた。
その時、オーブントースターがチンっと音が鳴る。
「ほら、焼けたよ!!アタシに任せて!!」
オーブントースターを開けはながひとくちシナモンロールを2つ皿に移し、机に持ってきて、緊張した手つきで3等分にしてくれる。
切ったシナモンロールからはさらに甘い美味しそうな匂いがしてきた…。
「「「いただきます!!」」」
温めると、生地がさらにふんわりとなり、シナモンの風味が増す。
そして、ふわふわのパンにうずまき模様のシナモンフィリングの甘みが特徴的だ。
3人はそのおいしさに驚き目をキラキラさせていた。
「お、おいしい〜!!」
「こんなにも小さいのに、とっても甘いのが伝わるね!!」
「ああ、焼くとこんなにも美味しくなるんだね」
サイズが小さいからなのか3人とも秒でひとくちシナモンロールを食べ終えた。
「はぁ〜。すぐ売り切れると話題のひとくちシナモンロールを買えちゃって、こんなにも美味しくお兄ちゃんと穂乃里ちゃんと食べられて、なんだか、いいこと起きそうだな…」
「はなちゃん……」
はながぐーっと伸びをしながらそんなことを言う。
…いいこと。
はなは、まだ綴灯のことを心配しているのか。
綴灯はそんなことを考え口が開いた。
「穂乃里。その…先日の騒動は、ごめん。穂乃里も心配してくれていたのに、何もできなくて…。」
「綴灯くん…」
穂乃里は悲しそうなそんな声で言う。
しかし、綴灯はきちんと伝えたかったのだ。
「また…オレ、逃げてばっかりで…何も成長できていなくって。穂乃里がいつも優しくしてくれているのに、期待に応えることができなかった。本当にごめん!」
綴灯はそう言って、穂乃里に頭を下げる。
そんな綴灯に穂乃里は驚き焦って言った。
「そ、そんな!…私は何もやっていないよ!綴灯くんが今、元気で何よりじゃん…!!生きてて、それが一番じゃん!!何も…謝ることなんてないよ…ね?」
穂乃里が優しく声をかけると綴灯はゆっくりと頭を上げ、笑顔を作って言った。
「…そして、本当に、ありがとう!!」
にこっと笑う綴灯に穂乃里もすぐに笑った。
⬜︎
カシャっとカメラの音がする。
今日も中庭に1人、蓮音は写真を撮っていた。
今あるものを大切に…。
綴灯のあのことがあってからもっとそう思うようになった。
そして、祖母のあの言葉…。
綴灯は無事退院できたけれど、今後またどうなっていくか分からない。
蓮音は、綴灯がなぜ自殺したのか、その経緯は知らないけれど、蓮音も綴灯と一緒に一歩先へ行きたかったのだ…。
─今が大事、そう思って…。
「…蓮音。」
そう考えていると、綴灯が中庭にやってくる。
蓮音はベンチに散らかっていた自分の荷物をなるべく寄せ、綴灯の座るスペースを作った。
蓮音の隣に綴灯が座る。
「ねぇ、蓮音。オレ、新しくカメラを変えたって言ったけれど、今まで使っていたのと全然違ってたくさんの機能があって。詳しく教えてほしい…!!」
綴灯が手を合わせてお願いすると、蓮音は少しにこっと笑い答えた。
「いいよ、そんくらい。機種を教えて。まず、どんなやつか見ないといけないからな…」
蓮音はポッケから自分のスマホを出すと、検索画面まで開く。
「ああ、最新のやつで、機種は……」
綴灯の言う単語をそっくりそのまま打ち込む。
まあ、これも綴灯が学校にカメラを持ってくれば一発のことなんだけれど。
綴灯は学校にカメラを持ってきたがらない。
蓮音も理由は知らないけれど、よっぽど大事なものなんだろうと勝手に思っている。
「…なあ、綴灯。」
スマホをぎゅっと握りしめ、蓮音は綴灯をまっすぐ見つめた。
蓮音の急な行動に少し驚きもしたが、綴灯は何も言わない。
蓮音はよく慣れた口調で言った…。
「─出かけようぜ。…写真、撮りに。」
そんな蓮音の誘いに綴灯は初めて首を縦に振った。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
こちらESN大賞11応募作品です。
次回更新9月30日水曜日予定




