番外編1.懺悔
自慢の息子だった。
とても自分たちの子とは思えないほどに優秀で、幼い頃から頼りになった長男。
教師たちから聞く息子を称賛する言葉は誇らしく。
教師を増やしさらに賢く成長する息子を私たちも称賛した。
国内の貴族たちは当然、他国の王や外交官にもよく息子の話をしては自慢した。
私たちは我が子として本当に息子を愛していたのだ。
いつからだったか。
息子に顔向けが出来なくなってしまったのは。
息子の疑問に答えられなくなった。
息子の方が正しい答えを言えた。
息子の方が書類の処理が早くなった。
息子の方が先に臣下の言葉を理解した。
息子だけが国を良くする提案をして、
息子だけがそれを実行出来た。
私たちは息子の手伝いも出来ない愚鈍な親になった。
逃げるようにして、仕事の多くを息子に押し付けたあとは、城の奥に隠れて過ごした。
下の子たちも同じように育つかと一時は心配したが、長男のように優秀さを示す子どもはおらずほっとした。
王として、親として、情けなく思ったが、長男の分も下の子どもたちを可愛がることにした。
何の意味があったのか、それは私にも分からない。
間違えたと気付いたのは、帝国から皇女との婚姻の打診が舞い込んだときだ。
息子は分かっていたようで、酷く後悔している様子も見て取れた。
違うのだ。
後悔すべきは、私だった。
国を潤していく息子を遠くから眺めながら、私は心配していたのだから。
あまりに大きな変化を起こせば、あの帝国がしがない小国である我が国に興味を持ってしまうのではないか。
小さな国だ。
優秀な息子だ。
息子が間違うはずはない。
息子に任せておけば大丈夫だ。
愚かな私の杞憂だろう。
私はそんな風にして自身から懸念を追い払い、見て見ぬふりをして過ごした。
王でありながら、国政のほとんどを息子に譲って──。
息子を解放しよう。
私たちは相談せずにそれぞれに決めていた。
妃との話は短く終わった。
下の子どもたちは仕方がない。
甘やかしたせいか、私たちが見せてきた姿が悪かったか。
貴族たちの甘言に乗せられて、兄を慕う様子のない王子王女に成長してしまった。
この様子では、外に逃がしてやることも叶わない。
私たちが何度苦言を呈しても、いくら現実を諭しても、こんなに近くにあったのに、下の子どもたちには何も届かなくなっていた。
変だなとは思った。
もしやとも考えた。
このままではその手が長男に及ぶのは時間の問題だった。
下の子たちのようにはならず、自慢の優秀な息子は排除されよう。
貴族たちが大騒ぎしてくれたことには感謝する。
私たちは有難く彼らのそれを利用することにした。
私たちと同世代ではぎりぎりか。
しかし上の世代は、帝国の恐ろしさを知らないはずがない。
子に、孫に、伝えなかったのは、彼らが私たちと同じ未来を選んだ証拠だろう。
あるとき理由なく私に謝った高齢の貴族がいた。
私もまた理由を問わずただ良しと告げるだけだった。
この小さな国が、ここまで続いたことが奇跡だったと思えばいい。
私たちには過ぎたる国土、過ぎたる身分だった。
帝国は民を生かすだろう。
帝国から多くの人間が流れ込んで来ることになるから、民も苦労はするであろうが。
その怒りが、恨みが、向く相手は、息子であってはならない。
すべてを受け取る者は、この国最後の王たる私だ。
最後に見た息子の顔が、いつまでも思い出される。
幼いとき私の前でどう笑っていたか。
幼いとき抱き上げた息子の身体はどんな風に柔らかく温かかったか。
思い出したいことは、蘇ってはくれないのに。
あの手紙を渡せば、あの賢王は意味を理解してくれるはずだ。
息子を受け入れるかどうかは賭けになるけれど、たとえあの国で受け入れずとも、あの賢王ならば、どこかまた別の信用出来る国へと息子を送ってくれるに違いない。
諸国の王にもよく愛された自慢の息子。
テオドール。
大事な息子。
私たちの長男。
間違えたのは私たちだけだ。
お前は王太子としてよく働いた。
貴族たちも分かる者は認めていたよ。
お前の働きには感謝していた。
だがもうお前は王太子ではなく、王子でもない。
私とも、この国とも、無縁の男だ。
だからどうか、すべてを無かったことにして、生き直せ。
これからは自分のために。
出来ればどうか、幸せであれ──。
牢屋の外から声が掛かった。
王らしく立派に務めを果たそう。
子どもたちの誰にも見せられないことは残念だが。
それも私の責任。
すべては私が招いたこと。
妃よ。それに子どもたち。
そして我が忠臣。
まもなくそちらに行くから。
好きに私を罵れ──。
そしてテオドール。
私を、私たちを、消えたこの国を、
忘れろ──。
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