表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Fランクポーターの俺、配信切り忘れで「虚無顔でボスを瞬殺する姿」が全国放送されてた件。今さら「ただの荷物持ち」とは言えない  作者: 伊達ジン


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/10

第2話 突然の裏切りと置き去り

 動画プラットフォーム『D-Tube』の『紅蓮の剣』チャンネル。

 普段なら同接三〇〇〇人前後で推移するその配信枠は今、異常な熱狂と混乱の渦中にあった。リンクがSNSで爆発的に拡散され、視聴者数は瞬く間に一万人を突破し、なおも秒単位で跳ね上がり続けている。


 斜めに傾いた固定アングル。ひび割れたレンズ越しに映し出されているのは、薄暗いダンジョン第十二層の石畳と、そこに取り残された絶望的な光景だった。

 画面の奥で通路を塞ぐようにそびえ立っているのは、天井の岩盤に背中を擦るほどの巨躯を誇る漆黒の竜。

 そしてその足元には、右手を静かに持ち上げたまま立ち尽くす、作業着姿の長身のポーター。

 カメラの集音マイクは、魔竜の喉の奥で鳴る地鳴りのような唸り声と、ポーターが直前に発した「……道塞いでて邪魔だな」という低く平坦な呟きを、ノイズ混じりに拾い上げていた。


 画面の右半分を埋め尽くすチャット欄は、滝のような勢いでスクロールしている。


[え、何この状況]

[魔竜じゃん……第十二層にいるわけないだろバグか!?]

[レッドたちは!?]

[なんかレッド、おっさん突き飛ばして逃げなかったか?]

[うわドン引き。いくらポーターでも囮にして逃げんのかよ]

[そんなことよりおっさん逃げろ! 食われるぞ!]

[いや無理だろ、足すくんで動けないんだよ]

[ガチの放送事故じゃん……通報したわ]


 視聴者の大半は、画面の中のポーター――鈴木悠作が、恐怖のあまり硬直しているのだと推測した。一般人が災害級の魔物を前にすれば、一歩も動けなくなるのは当然の生理現象だ。

 だが、高画質のレンズが捉える悠作の横顔に、怯えやパニックの兆候は一切見受けられなかった。

 焦点の合っていない虚ろな瞳。緩く開いた口元。大柄な体は微かに震えることすらなく、ただそこにある。


[……なんか、この人顔色一つ変えてなくない?]

[絶望しすぎて感情壊れたか]

[瞬きすらしてねえぞ]

[いや、違う。なんだろ……めちゃくちゃだるそうに見える]


 その直後だった。

 悠作を見下ろしていた魔竜が、苛立ったように巨大な顎を大きく開いた。

 喉の奥で赤黒い魔力が極限まで圧縮され、閃光となって溢れ出す。岩をドロドロに溶かし、人間など一瞬で骨すら残さず蒸発させる極大の熱線ブレス。その予備動作に入った瞬間、画面越しの視聴者たちすら思わず息を呑んだ。


 対する悠作は、持ち上げていた右手の親指と中指を、羽虫を追い払うかのように軽くすり合わせた。

 ただそれだけだった。武器を構えるでもなく、魔法の詠唱を叫ぶでもない、あまりにも日常的で無造作な動作。


 ――バツンッ!


 弾けるような異音が響いたかと思うと、カメラの映像が激しく乱れた。

 何が起きたのか、画面越しに理解できた視聴者は一人もいなかった。

 魔竜がブレスを放つ直前、悠作の右手から前方に向けて、目に見えない『何か』が射出された。それはインベントリから無造作に取り出された、超高密度に圧縮された数トン規模の瓦礫の塊だったが、常識外れの初速と質量を持っていたため、カメラのフレームレートでは捉えきれなかったのだ。


 直後、鼓膜を破るような轟音と共に、猛烈な衝撃波が通路を駆け抜けた。

 爆風で地面の砂利が吹き飛び、壁に生えていた発光苔が一瞬にして削り取られる。斜めに落ちていたドローンカメラも数メートル後ろへと吹き飛ばされ、壁に激突してようやく停止した。


 砂煙が晴れた後の映像を見て、チャット欄の動きが完全に停止した。


 S級ボスである魔竜が、首から上の上半身を完全に消失させていた。

 まるで空間そのものを丸く削り取られたかのような、あまりにも不自然でグロテスクな断面。残された下半身はビクビクと痙攣した後、地響きを立ててその場に崩れ落ちた。魔竜の背後にあった頑強なダンジョンの壁には、巨大なクレーターが穿たれ、そこから大量の土砂が崩れ落ちている。


 静まり返った通路の中で、悠作はゆっくりと右手を下ろした。

 彼は血溜まりにも、倒れ伏す魔竜の巨体にも一切目もくれず、左手につけていた安物のデジタル時計に視線を落とした。

 そして、ひどくうんざりしたように天を仰ぎ、深いため息をつく。

 背中の巨大なバックパックを揺らしながら、悠作は魔竜の死骸の横を通り抜け、階段の方へと面倒くさそうに歩き出した。


 数秒の完全な沈黙の後、チャット欄が爆発した。


[は?]

[え?]

[今、何が起きた?]

[竜の……上半身が消えた?]

[魔法? 詠唱してないぞ]

[あの右手からなんか出たか!?]

[ノーモーションすぎるだろ……]

[おい、時計見たぞ今]

[「あーあ、時間食っちゃったな」みたいな顔した]

[S級ボスをワンパンしてその反応はおかしいだろwww]

[なんだよあの虚無顔……底辺ポーターじゃなかったのかよ]

[もしかして、わざと囮になったのか?]

[いや、最初から魔竜を「邪魔な障害物」としか思ってなかった顔だろあれ]

[悟り開きすぎだろ、何者だよこの虚無ニキ]


★★★★★★★★★★★


「ハァッ、ハァッ、ハァッ……!」


 荒い息遣いが、薄暗い階段に響き渡る。

 炎上烈は、重いブーツを引きずるようにして上層への階段を駆け上がっていた。肺は焼け焦げるように痛む。喉の奥からは鉄の味がせり上がってきていたが、立ち止まるという選択肢はなかった。


「おい、遅れるな! もっと足動かせ!」


 後ろを走る仲間たちを怒鳴りつけながら、烈は必死に足を前に出す。

 背後からあの規格外のバケモノが、壁を砕きながら追ってくるのではないか。そんな強迫観念が彼を急き立てていた。


(なんであんな浅い階層に、S級のバケモノがいやがるんだよ……!)


 頭の中は混乱でぐちゃぐちゃだった。

 自分はB級探索者だ。これからもっと名が売れて、大金を稼いで、トップ層の仲間入りをするはずの選ばれた人間だ。こんな理不尽な事故で死んでいい命ではない。


 ふと、逃げる直前に咄嗟に取った自分の行動が脳裏をよぎった。

 逃げ道を塞ぐように立っていたポーターを蹴り飛ばし、囮にしたこと。


(俺は悪くねえ。……そうだ、俺たちは戦闘職だぞ。戦闘能力のない裏方が、いざという時の肉盾になるのは当たり前のリスクだろうが)


 烈は歯を食いしばり、必死に自己正当化の理屈を脳内で組み立てた。

 それに、あいつは蹴られたくらいで勝手にバランスを崩して倒れ込んだのだ。どんくさい奴が悪い。こっちは自分の身を守るだけで精一杯だったのだから。


 第十一層の踊り場を抜け、第十層の入り口である安全地帯のラインを越えたところで、烈はたまらず膝から崩れ落ちた。

 少し遅れて、魔法使いの女や他のメンバーも次々と倒れ込む。全員が肩で息をし、恐怖で顔を真っ青にしていた。


「た、助かった……追ってきてない……」

「嘘でしょ、本当にS級だった……」


 仲間たちが泣きそうな声で呟く中、烈は冷たい床に手をついたまま、ある決定的なミスに気がついた。

 配信用のハエドリを操作するコントローラーがない。腰のホルダーが空になっている。逃げ出す際にパニックになり、魔竜の前で放り出してきてしまったのだ。


(クソッ、カメラを落とした……! いや、待てよ)


 烈の顔からスッと血の気が引いた。

 もしカメラが壊れていなければ、どうなる。自分が魔竜を前にして無様に逃げ出したことや、ポーターを蹴り倒して見捨てた瞬間が、そのまま配信に乗り続けているのではないか。

 烈は震える手でポーチを探り、個人のスマートフォンを取り出した。画面にはべったりと手汗がついていたが、構わず指を滑らせて『D-Tube』のアプリを起動する。


(頼む、壊れててくれ。配信終了になっててくれ……!)


 祈るような気持ちで自分のチャンネルを開いた烈の目に、最初に飛び込んできたのは『現在視聴中:五万三四〇〇人』という、見たこともない桁違いの数字だった。

 普段の十倍以上。トップクラスの探索者でなければ出せないような同接数。


「は……?」


 間抜けな声が漏れた。

 画面に映し出されていたのは、通信エラーの黒い画面でも、ポーターが魔竜に食い殺される凄惨な映像でもなかった。

 岩盤にめり込み、上半身を完全に吹き飛ばされて絶命している魔竜の死骸。

 そして、その死骸の横を通り抜け、階段の方へ――つまり、烈たちが今いるこの第十層へ向かって、面倒くさそうに歩いてくる悠作の姿だった。


[虚無ニキ最強!]

[ワンパンの瞬間クリップしたわ]

[スーパーチャット:五万円 一生ついていきます]

[レッド、見てるか? お前が捨てたポーター、S級ワンパンしたぞ]


 弾幕のように流れるチャットの意味を、烈の脳は全く処理できなかった。

 ただ、画面の中の虚ろな目をした大男が、一歩、また一歩と、確実にこちらへ近づいてきている事実だけが、烈の心臓を不気味なほど冷たく締め付けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ