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Fランクポーターの俺、配信切り忘れで「虚無顔でボスを瞬殺する姿」が全国放送されてた件。今さら「ただの荷物持ち」とは言えない  作者: 伊達ジン


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第15話 新たな拠点

 医務室の丸椅子に腰掛けて待つこと十数分。

 スタッフルームの奥から、伊藤みのりが小走りで戻ってきた。その手には、黒く鈍い光を放つ一枚のカードキーと、数枚の書類が挟まれたバインダーが握られている。


「お待たせしました、悠作さん」

「伊藤さん、それ……」

「ギルドが所有している、極秘のVIP用マンションのカードキーです。都内の超一等地にありまして、本来は他国の要人やS級探索者が来日した際に滞在するための施設なんです」


 みのりはバインダーを開き、ペンを差し出しながら淡々と説明を続ける。


「エントランスにはギルド直属の警備員が二四時間常駐していますし、各フロアは専用のキーがないとエレベーターが停まりません。防音・防壁も対魔物クラスの規格で作られているので、マスコミはおろか、どんな野次馬も絶対に近づけない安全な場所です」

「マジですか……。でも、俺そんなとこ借りる金なんて」

「今回はギルド側の初動調査の遅れと、情報管理の不手際が招いた事態でもありますから。お家賃も、生活にかかる諸経費も、すべてギルド本部が負担します。備え付けの冷蔵庫の中身などもご自由にお使いください。……ここにサインをお願いします」


 悠作はペンを受け取り、震える手で自分の名前を書き込んだ。


「伊藤さん。俺、マジで一生ついていきます。足を向けて寝られません」

「ふふっ、大げさですよ。でも、ゆっくり休んでくださいね」


 悠作が深く頭を下げて安堵の息を吐き出したその時、背後から「お待ちください!」と鋭い声が飛んできた。

 帽子とサングラスで顔を隠した高橋すずが、猛烈な勢いでみのりの前に詰め寄る。


「セキュリティが完璧だとしても、万が一の物理的な襲撃があるかもしれません! 私は一番弟子として、お師匠様の護衛として同居する義務が……!」

「あ、悠作さんのお部屋はセキュリティの都合上、単身用の間取りになっているので、同居は規約違反になっちゃうんです。ごめんなさい」


 みのりは困ったように眉を下げたが、すぐにパッと顔を明るくした。


「でも、ちょうどお隣の部屋も空いてますよ。そちらなら天音さん名義で契約できます。家賃は月額三〇〇万円で、半年分の前払いが必要になりますけど……天音さんなら即金でいけますよね?」


 にっこりと完璧な営業スマイルを向ける受付嬢を前に、すずは一瞬だけ言葉に詰まった。

 だが、隣の部屋という圧倒的な特等席を逃すわけにはいかない。彼女は懐からブラックカードを叩きつけるように取り出した。


「……払います。今すぐ決済してください」

「ありがとうございます。ギルドの運営資金へのご協力、感謝いたします」


 みのりは手際よく端末を操作し、あっという間にすずのカードで一八〇〇万円の決済を完了させた。


★★★★★★★★★★★


 ギルドの地下駐車場からスモークガラスの張られた専用車で移動すること数十分。

 案内されたマンションは、まるで外資系の最高級ホテルのような外観をしていた。地下の専用ゲートから入り、コンシェルジュを通すことなく直通のエレベーターで最上階へと上がる。

 カードキーをかざして重厚な木目調のドアを開けた瞬間、悠作は思わず立ち尽くした。


「……広すぎだろ。掃除どうすんだこれ」


 床には一面に大理石が敷き詰められ、天井からは間接照明が柔らかい光を落としている。壁一面の巨大なガラス窓からは、都内のまばゆい夜景が地平線の彼方まで一望できた。ふかふかの巨大な革張りソファに、モデルルームのようなアイランドキッチン。

 ただ寝て起きてバイトに行くだけの生活を送っていた男にとって、この空間はあまりにも持て余す代物だった。

 同行して案内してくれたみのりが、窓際に立って外を指差す。


「悠作さん、あちらを見てください」

「ん?」

「あのネオンサイン、見えますか? 大型スーパー『ライフマート』の都内最大の旗艦店です。ここから歩いて五分ですよ」


 悠作の死んだ魚のような瞳に、かつてないほどの強烈な光が宿った。


「しかもあの店舗、タイムセールが一日に三回もあるんです。品揃えもギルド本部周辺では一番豊富ですよ」

「三回……。伊藤さん、やっぱり女神ですか」

「ふふっ。じゃあ、私はこれで失礼しますね。何かあればギルドの専用回線に連絡してください」


 みのりが笑顔で去っていった後、悠作はリビングのソファに深く腰を沈めた。

 隣の部屋からは、すずが慌ただしく引っ越しの手配をしているのか、微かな物音が響いてくる。防音規格とはいえ、完全に無音というわけではないようだ。だが、アパートを包囲していたマスコミのフラッシュと怒号に比べれば、天国のような静けさだった。


「さて、と」


 悠作は立ち上がり、キッチンの奥にある巨大な備え付けの冷蔵庫を開けた。

 中には見たこともない高級なミネラルウォーターや瓶ビール、そして見慣れない横文字の食材が綺麗に並べられている。

 その横にあるガラス張りのワインセラーには、厳重に温度管理されたボトルがびっしりと詰まっていた。


「これ、全部タダなんだよな」


 悠作はワインセラーから、ラベルの読めないブルゴーニュの白ワインを一本、無造作に引き抜いた。引き出しにコルク抜きが見当たらなかったため、インベントリの空間操作を応用してコルクの周囲の空間ごと極小サイズで削り取り、スポッと音を立てて栓を抜く。

 備え付けの薄張りのクリスタルグラスに、黄金色の液体をなみなみと注ぐ。


「つまみは……」


 悠作は、ギルドからここへ来る途中で車を停めてもらい、コンビニで買っておいた袋をテーブルに取り出した。

 ビリッとプラスチックの封を開けたのは、『おとなのベビースターラーメン』なるスナック菓子だ。ピリッとした辛さとニンニクの風味が売りの、ジャンクフードの極みである。


「……まあ、食えりゃなんでもいいか」


 悠作はソファに胡座をかき、グラスを傾けた。

 フルーティーで芳醇な白ワインの香りが鼻腔を抜ける。そこにすかさず、ベビースターラーメンをひとつまみ放り込み、ボリボリと咀嚼した。

 最高級のブルゴーニュワインの上品な酸味を、ニンニクとチキンエキスの濃い味が暴力的に上書きしていく。


「……うん、よくわかんねえけど美味い」


 絶対的なミスマッチのはずだが、空腹の悠作にとっては最高の晩酌だった。

 足元では、医務室で大量のジャーキーをもらったフェンリルの幼体が、ふかふかのペルシャ絨毯に腹をくっつけ、四肢を無防備にだらんと投げ出してスゥスゥと規則正しい寝息を立てている。たまに短い後ろ足をピクピクと動かしている様は、A級魔物としての威厳など欠片も残っていなかった。


 白ワインを半分ほど空けた後、悠作はさらなる酒を求めてリビングのガラスキャビネットを漁った。

 一番奥から出てきたのは、『サントリー白州蒸留所』のラベルが貼られた、シングルカスクのモルトウィスキーだった。琥珀色に輝く年代物のボトルだ。

 悠作はロックグラスに製氷機の丸い氷を入れ、ウィスキーをトクトクと注ぎ込む。

 さらに、キャビネットの引き出しに入っていた木製のシガーボックスを開けた。


「タバコもあるのか。至れり尽くせりだな」


 中に並んでいたのは、一本ずつ金属製のチューブに収められた太い高級葉巻だった。

 悠作は『Avo Notturno Tubo』と刻印されたチューブの蓋を開け、中身を取り出す。吸い口をキッチンバサミで適当に切り飛ばし、作業着のポケットから出した百円ライターでじっくりと先端を炙った。


 グラスと葉巻を持ち、悠作はベランダへと出た。

 秋の夜風が心地よく火照った頬を撫でる。眼下には、東京のまばゆい夜景が光の絨毯のように地平線の彼方まで広がっていた。


「ぷはっ……」


 悠作は夜空に向かって、太く濃い紫煙を吐き出した。

 『Avo Notturno Tubo』のクリーミーでスパイシーな煙が、ウィスキーの独特のピート香と絶妙に混ざり合う。大理石のバルコニーに憑れかかり、氷の入ったグラスをカランと鳴らす。


 だが、彼の頭の中にあるのは、酒の余韻でも夜景のロマンチシズムでもなかった。

 悠作の静かな視線は、宝石のように輝く東京の街並みではなく、ただ一点、数百メートル先の暗闇に煌々と輝く『ライフマート』の緑色のネオンサインにのみ、真っ直ぐに注がれていた。


「……明日は、卵の特売に絶対行く」


 悠作はウィスキーを一口飲み込み、小さな、しかし決して揺るがない決意と共に、大きく紫煙を吐き出した。

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