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彼女が出現した瞬間に、僕たちを取り囲んでいた騎士たちが一斉に片膝をついて、その場にしゃがみ込んでしまった。
「くっ、なんだこれは……」
「体が動かん……」
自分の身に起きた現象を把握できずに、騎士たちは戸惑いの声を上げている。立ち上がろうと必死に体をもがいているようだが、誰も彼もが石像のように、片膝をついた状態で体を硬直させていた。
「さあ、マスター。ソフィアちゃんを助けに行こう」
女性が僕に向かって手を差し出してくる。だけど、僕は諸手を挙げてその手を掴みに行くことができなかった。
「ちょっと待って。僕はまだソフィア様の気持ちを聞いてないよ」
ベッドで横たわるソフィア様と視線が合う。
出会ってほんの数分しか経っていないが、ソフィア様が自己犠牲の塊で出来ている人ということはわかる。大勢の人を守るためとはいえ、ベッドの上から立ち上がることもできなくなる生活を選ぶことなんて僕にはできない。
もしかしたら、彼女は助けて欲しいとは考えてもいないかも知れない。僕たちが手を差し伸べることは、いらぬお節介になってしまうのでは――
「なんだそんなことね。そんなことなら、終わった後にでも聞けるし、今はさっさとファントムとかいう魔物を倒しに行こうよ」
「えっ、ちょっと!」
女性は僕のことをいとも簡単に持ち上げると、左脇に抱きかかえた。頭の上から女性が話しかけてくる。
「マスターはソフィアちゃんのことを助けたいんだよね? だったら、他の人の事情なんて関係ないよ。マスターが助けたいと思ったから助ける。それ以上の理由が必要だとは、私は思わないかな」
「そんな自分勝手な……」
「これは自分勝手とは言わないよ。ワガママって言うの」
女性は拳を振りかぶると、部屋の壁に向かって正拳突きをする。爆弾が爆発したような轟音が部屋に鳴り響き、壁の一部が跡形もなくはじけ飛んでいった。薄暗かった部屋に、太陽の明かりが入り込んでくる。ベッドの上にいるソフィア様はまぶしそうに、外の景色を眺めていた。
「それじゃ、ちょっとソフィアちゃんを借りていくよ」
「きゃっ!」
ベッドの隣まで移動した女性はおもむろにソフィア様を右肩に担ぎ上げてしまった。驚いたソフィア様は思わず声を上げていた。
「リサちゃんも着いてきてくれるよね?」
「えっ、はい! 着いていきます!」
「背中側は危ないから、正面から首にぶら下がっててね」
声を掛けられたリサさんは、女性の正面から両腕を首に回して、彼女の体にぶら下がる。準備を終えた彼女は、ぶち破った壁の方におもむろに歩いていく。
「陛下、ご無事でしょうか!」
「お前たち、大丈夫か!」
壁を破壊した爆音を聞きつけた新たな兵士たちが部屋の中に入って来る。地面に跪いてる仲間の兵士たちに駆け寄っていた。
「あいつ等を……捕まえてくれ……」
地に伏していた兵士の一人が僕たちを指さす。仲間の報告を耳にいれた兵士たちは、武器を構えてこちらに向かってきた。
「申し訳ありませんが、ここを通すわけにはいきません」
兵士たちと僕らの間にフィアさんが割って入ってきた。両手を広げて、兵士たちの足止めをしようとしている。
「フィア!」
担ぎ上げられていたソフィア様が彼女の名前を叫ぶ。ソフィア様の悲痛な叫びに答えたのは、金髪の騎士だった。
「ソフィア様、ここは私にお任せください……ここから、先には一歩も通さん」
彼女はフィアさんの前に一歩踏み出して、兵士たちに向かって剣を構えた。鋭い切っ先と、獲物を食い殺すような瞳を向けられた兵士たちは、一歩後ずさりしてしまう。
「キャロリーナ……」
「私は貴方を守るために、比翼部隊の隊長となったのです。誰一人、貴方に手出しはさせません」
「……ありがとう」
キャロリーナさんは剣の切っ先を兵士たちに向けたまま、僕に話かけてきた。
「ハルト殿、ソフィア様を頼む」
「わかりました。僕に任せて下さい」
「それじゃ、行くよ! リサちゃんは特に掴まっててね!」
女性は迷いなく穴が開いた壁から外に向かって飛び出した。足元に視線を向けると、地面までかなりの高さがあった。どうやら、ソフィア様の部屋はそれなりの高さがある場所にあったようだ。
空に飛び出した僕たちは重力に従って急速に落下していく。体が浮き上がるような感覚と共に、落下は収まった。耳を澄ませば背後から羽ばたく音が聞こえる。
顔を振り向かせて、背後を確認すると女性の背中から黒い翼が生えているのが見えた。雄々しく空を羽ばたくその翼には見覚えがあった。
「サイカ……?」
僕が女性の顔を見て呟くと、彼女は満面の笑みを浮かべて頷いた




