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アーノルド城は山の上に立てられた城だった。真っ白な城壁を持ち城は、周りを山脈に囲まれており、難攻不落の要塞と化している。
山の麓にはスタツの街よりも更に大きな街が広がっている。城から続く唯一の一本道は、馬車が横並びに十台は並べるほど広い道幅がある。道自体はなだらかな坂道なのだが、毎日山の天辺まで行かなければならないのは一苦労だろう。もし、王都から城に通っている人がいれば、通勤に苦労しているだろうなと考えた。
「人が見えてきましたけど、やっぱりみんな警戒した様子ですね」
城の中にある広場に向けて降下中、地上まで残り僅かというところで、窓から下を覗き込むと、広場に集まった城の兵士たちの顔は皆険しい表情を浮かべていた。
「まずは、私が外にでて事情を説明してこよう。お前たちはソフィア様と一緒に車内に残ってくれ」
キャロリーナさんの指示に頷く。馬車はそれから間もなくして、地上に降り立つ。兵士たちが馬車を取り囲むと同時に、彼女は外に出て周りの兵士たちに事情を説明し始めた。
「ソフィア様、アーノルド王がお待ちのようです」
説明をし終えたキャロリーナさんが車内に顔を出す。報告を受けたソフィア様はゆっくりと、僕たちの方に顔を向けて言葉を紡いだ。
「ハルト様、リサ様。私と一緒にアーノルド王に謁見してはいただけませんか?」
「わ、わたしが、王様と謁見……」
リサさんは今すぐにでも口から泡でも吹くんじゃないかというくらい慌てている。
「わかりました。すぐに向かいましょう」
それからキャロリーナさんを先頭に、数名の騎士に周りを囲まれながら、城の中を移動していく。城の中は広大で、案内がなければ、迷子になってしまいそうなほど大きな建物だった。
何度目かの分かれ道で、急にソフィア様が足を止める。その場にいた全員が何事かと、ソフィア様を注目していると、彼女はゆっくりと口を開いた。
「王と会う前に私は客人を連れて書斎に向かいます。護衛はキャロリーナだけでいいので、他の者たちはこのことを先に王に伝えてきてください」
そう語るソフィア様の口調には有無を言わせない迫力があった。お願いではなく、命令をされた護衛の兵士たちは、黙って僕たちとは別の方向に歩みを進めていった。
「ソフィア様、どうして書斎に向かわれるのですか?」
「貴方も書斎に何があるかは知りませんでしたね。でしたら、黙ってついてきてください」
それまで先導して前を歩いていたキャロリーナさんを押し退けて、ソフィア様は廊下を歩いていく。僕たちは黙って彼女の後ろをついていくことしかできなかった。
長い廊下を抜けると、角部屋にたどり着く。室内に入ると、そこには数多くの本が所せましと並べられていた。アマリスさんのギルド室とは比べ物にならないほどの本の多さだ。学校の図書室と呼んだ方がしっくりくるかも知れない。
ソフィア様が部屋の右奥にある本棚の赤い本の背表紙に手を触れさせる。すると、それまであった本棚が姿を消して、その裏から扉が一つ姿を現した。
「この扉は普段は先ほどの幻影魔法によって隠ぺいされております。このことを知っているのは、城の中でもごくわずかなものだけです」
いわゆる隠し扉というものか。リサさんだけではなく、キャロリーナさんも驚いていることから、本当にこの扉の存在は限られた人しか知らないのだろう。
「そんな大事なことを僕たちに教えてよかったのですか?」
「この扉の奥には、ファントムの封印に関わっている方がいらっしゃるのです。ハルト様にはその方とお会いして頂きたいと思い、この場所に連れて参りました」
彼女は扉を三回ノックして室内の人物に声を掛ける。
「ソフィア様。お客様をお呼びしました。お部屋の中にお入りします」
何故か自分の名前を呼びながら扉に手を掛けるソフィア様。彼女の手によって扉が開かれて、室内の様子が明らかになる。
薄暗い部屋の中には、大きなベッドが一つだけ置かれていた。天蓋付きの大きなベッドだ。その枕元には一人の少女が横たわっていた。銀色の髪に、ルビーのような明るい赤い瞳。幼い顔つきで、年齢は僕と同じか少し下くらいだろう。健康状態が悪いのか、少し痩せこけて見える。
「ソフィア様……?」
僕より後から室内に入ったキャロリーナさんがベッドに寝ている少女の顔を確認して、ボソッとつぶやく。
そう、室内にいた少女は、ソフィア様と瓜二つの顔をしていたのだ。




