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 ドレスの裾を掴んで頭を下げるポーズは、貴族の挨拶だろうか。正式な返し方はわからないが、とりあえず立ち上がって自己紹介をすることにした。


「初めまして、僕の名前はハルトと言います。こっちの女性はリサさんです」


 突然の皇女様の登場で、固まっているリサさんの紹介も一応しておく。


「ご一緒させていただいてもよろしいですか?」


「ええ、どうぞ」


 えーっと、こういう時って男性が椅子を引けばいいんだっけ? あっ、御付きの騎士の人がやってくれた。僕も座るか。


 四人掛けのテーブルにお誕生日席の方にソフィア様が座る。その隣に例の女騎士の人。その後ろに他の騎士が控えている様子だ。


 さて、ここからどうするべきだろうか。


 相手はこの国の王族。ご機嫌を伺いながら、話した方がいいのだろうか。機嫌を損ねたら、打ち首とかもありえるのかな?


 傍若無人だったら嫌だな。護衛任務なんて死んでも受けたくない。


 どうせあと二週間すれば、この街から出ていくつもりだったし、ここはお姫様を試してみるか。


「料理が冷める前に食べてもいいですか?」


「貴様ッ!」


「やめなさい、キャロリーナ。お食事中にお邪魔してしまったのはこちらの方ですよ。ハルト様、それにリサ様も私に気にせず、食事をなさってください」


 女騎士さんの名前はキャロリーナさんと言うそうだ。彼女は相変わらずこちらを凄い目つきで、睨みつけてくる。美人の怒る顔はめちゃくちゃ怖い。


 キャロリーナさんは激怒していたが、ソフィア様の方はいたって冷静だ。目上の人を待たせて食事をするって結構失礼なことだと思うのだけど、笑顔で許してくれる。


「外はパリッとしていて、中はふわふわで美味しいですね」


「……この状況で、食事を楽しんでいるのは、素直に関心するよ」


 リサさんはあきれた様子でこちらを見つめてくる。せっかくの料理なのだから、味わって食べなきゃもったいないだろう。


 その後も僕は料理を食べ続けて、見事に完食した。相変わらず、キャロリーナさんの殺意に満ち溢れた視線の中でする食事は一生忘れないだろう。


 お店の人がご厚意で、人数分の飲み物を持ってきてくれた。キャロリーナさんを筆頭として騎士の方は断っていたので、テーブルの上には三人前の紅茶だけ用意された。


 帰り際にウェイトレスさんが空いたお皿を片付けてくれる。リサさんの皿もちゃっかり空になっていたのを僕は見逃さなかった。あとで、文句言ってやる。


「ハルト様があの『黄昏の召喚士』様でお間違いないでしょうか?」


 先に口を開いたのはソフィア様だった。


「最近ではそんな呼ばれ方もしているみたいです。自分で名乗ったことはないですけどね」


「黒龍の姿は王都からでも目撃させて頂きました。かのドラゴンが放ったブレスは、今でも鮮明に目に焼き付いております」


 サイカの姿は王都にまで届いていたらしい。ここでサイカの話を持ち出すということは、僕が彼を召喚したこと知っているようだ。


「その節はご迷惑をおかけしたみたいで、すみません」


「いえいえ、そちらのリサさんの故郷を守って頂いたハルト様にはこちらから感謝することはあれど、迷惑を掛けられたなど思ってもおりません」


 こっちの情報を握っていることを仄めかしてくるのは、隠し立てはするなということだろうか。


「今日は赤い鎧の護衛の方はいらっしゃらないのですか? キャヴァリアントの巣を攻略した立役者だと聞いておりますので、その方にもお礼を述べさせて頂きたいのです」


 これは僕にディルムットを召喚してみせろということかな? ここは話に乗ってみることにしよう。


「そういうことなら、すぐにお呼びしますよ」


 掌を空中に掲げる。これは最近知ったことだが、僕が意識すればカードたちはどこからでも姿を現してくれる。足のつま先だろうが、頭の天辺でもだ。


 現れた一枚のカードは、僕の隣に飛び出して、光を放つ。輝きの中から一人の男性が姿を現した。


「忠義の騎士ディルムット。ここに参上した」


 急に現れた彼の姿に驚きつつも、ソフィア様は言葉を紡ぐ。


「これがハルト様のお力ですか。私が見てきた召喚士の方は、もっと時間をかけて召喚魔法を使用されていましたが、ハルト様のお力は凄いですね」


 やっぱり僕の力はこの世界では異常のようだ。だとすれば、今回ソフィア様が僕に近づいてきたのは、この国に取り込もうとする為だろうか。


 その話はなんとか諦めてもらうしかない。僕はもう自由のない生活なんて嫌なのだ。


「ちなみに黒龍もいつでも呼び出せますよ。今すぐにでもお見せしましょうか?」


 サイカのコストは10だから、僕が召喚するには正規の方法では無理だ。パーダンを使った龍呼びの儀式のような別の方法で呼び出すしかない。


 だけど、大事なのはソフィア様に、僕がいつでもサイカを呼び出せると勘違いしてもらうことだ。


 彼女もこの国のお姫様だというのなら、災いの元になるような僕をわざわざ手元に置いておこうとは考えないだろう。


「いえ、私のワガママでハルト様のお手を煩わせるわけにはいきません。ディルムット様にお会いできただけで光栄です。それに、こんな街中で黒龍を召喚してしまったら、街の人たちがビックリしてしまいますよ」


「でしたら、別のドラゴンはどうですか? リサさんの見立てでは、危険度Aランクのドラゴンが七体ほど呼べるんですが、ご覧になりますか? 七体もドラゴンが揃う光景は圧巻ですよ」


 もちろん、彼らも今の僕では同時に七体も呼ぶことはできない。七体全部を場に揃えることができたのは『MKB』のときでも一度だけだ。


 肝心なのは僕のことを危険な人物だと認識してもらうことだ。


「……街を滅ぼすことができる魔物が七体も呼べるのですね」


 ソフィア様の顔つきが変わった。明らかに動揺している。畳みかけるなら今しかないだろう。


「それで、ソフィア様の護衛の任務はいつから開始すればいいでしょうか?」


「えっ? ハルト、さっきは依頼内容を見てから決めるって言ってたよね?」


 リサさんが会話に割りこんできてくれた。ここは彼女との会話も活用させてもらう。


「ソフィア様の護衛ってことは、王都に行く機会もあるでしょう」


「それはもちろんあると思うけど……行って何をするつもりなの?」


「ただの観光ですよ。ドラゴンの背中に乗って、街並みを一望してみたいなって」


「いやいや、流石に王都の上をドラゴンで飛んじゃダメでしょ。間違って攻撃でもされたらどうするの?」


 打ち合わせもしていないのに、リサさんは僕が誘導したかった展開に話を持ってきてくれた。心の中で感謝を述べつつ、僕はソフィア様の方に視線を向ける。


「その時は僕も間違って反撃しちゃうかも知れませんね」


 なるべく無邪気な笑顔を意識して、ソフィア様の方に微笑みかける。彼女は眼を薄っすらと開けて、笑みを浮かべていた。キャロリーナさんの睨み付ける顔より怖いと思ってしまうのは僕だけだろうか。


 さて、「王都でドラゴンを暴れさせることも可能ですよ」と仄めかしたつもりだが、どんな反応が返ってくるだろうか。


 今度こそ打ち首とかあり得るかもしれない。でも、その時は僕の力で、どこか別の国に逃げればいいだけの話だし、ここは気楽に待ち構えてみよう。


「御戯れを――」


「貴様、さっきから黙って聞いていれば!」


 ソフィア様が口を開きかけたとき、キャロリーナさんがキレた。とうとう堪忍袋の緒が切れたようだ。


 彼女は腰に携えていた剣に手を乗せる。


「やめなさい、キャロリーナ!」


 ソフィア様の静止を振り切り、キャロリーナさんは一歩前進しながら、剣を引き抜いていく。腰にぶら下げている鞘から、剣の切っ先が抜けきる前に、彼女はその場に倒れた。


 いつの間にか、キャロリーナさんを抱えていたディルムットさんは、ゆっくりとソフィア様に近づいていく。


「悪いが彼女には気を失ってもらったぞ。剣を抜かれては、死人が出てもおかしくないからな」


「心遣い感謝致します……誰かキャロリーナの介抱をしてあげなさい」


 何が起こったか状況を理解していなかった他の騎士たちは、ソフィア様の命令を受けてすぐさまキャロリーナさんに駆け寄る。騎士の一人にキャロリーナさんを受け渡すと、ディルムットさんはゆっくりと僕の隣に帰ってきた。


「ディルムットさん、別にそこまでしなくても……」


「出来るだけ穏便に済ませたつもりだ。呼び出したのが俺でよかったなマスター。俺以外だったら、そこのお姫様を含めて、全員この世にはいなかったぞ」


 ディルムットさんの怒気を孕んだ声で、ソフィア様の身体がビクッと震える。護衛の騎士たちも蛇に睨まれ蛙のように身動き出来ずにいた。


 ちょっとだけ脅すつもりだったけど、想像以上に怖がらせてしまったようだ。


「すみません、大事な部下の人を傷つけてしまって」


「いえ、元はと言えばこちらから、仕掛けてしまったことです。キャロリーナには後できつく叱っておきます」


 ソフィア様はその場に立ちあがり、僕に向かってお辞儀をする。


「貴重な時間を割いていただき、ありがとうございました。私の護衛依頼の件は、冒険者ギルドと相談させて頂くことに致します。それでは失礼します」


 彼女は護衛を引き連れて、お店を出ていく。僕は背もたれに体を預けて、ため息を吐いた。



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