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15.5

 夢を見ていた。それは私が人生で初めて味わった絶望の日でもあり、また生涯忘れることのない喜びに満ちた日の記憶だった。



「なんだよ、このゴミカード。こんなのいらねーわ」


 始めて私を手にしてくれた彼はそう言って、すぐに私のことを捨てた。投げ出された私はヒラヒラと空を舞い、やがてアスファルトの上に落ちた。


 一連の出来事に理解が追い付かず、私はパニックに陥る。


 どうして、私を捨てるの? 私を見捨てないで!


 私の声が届くはずもなく。彼は私の元から去っていく。道端に捨てられた私は絶望していた。ただのカードでしかない私には自分の置かれている状況を打破する方法などなく、私に残されたのは自分が、腐り落ちていくのを待ち続けることだけだった。


 彼が私を捨てた理由は単純だった。私が価値のないカードだったからだ。


 私は攻撃力0、体力も1しかなく上に、強い効果も何一つ持っていない。彼がゴミカードと判断しても仕方ない、役に立たないカードなのだ。


 私は全てを諦め心を閉ざそうとしたとき、運命の人と出会った。


 捨てる神あれば拾う神あり。この世界のことわざだが、まさに私の目の前に現れたのは、私にとって神様だった。


「かっこいいー」


 舌足らずな口調で話す幼い少女。いや、少年か。艶やかな黒い髪。漆黒の綺麗な瞳は、純粋な眼差しで、拾い上げた私のことを見つめていた。


「おじさんー これなにー」


 少年は背後にいた別の少年に私を見せつける。


「叔父さんって呼ぶなって、俺まだ小学生なんだけど?」


「おじさんー これなにー」


「……ったくよ。これは『MKB』のカードだな」


「えむけーびー?」


「うーん、お前にはまだ早いかな。もう少し大きくなったら教えてやるよ」


「わかったー」


 少年は私のことを持ち上げたまま歩き始めた。大事そうに胸に抱えてくれる。彼の温かい体温は、私をやさしく包み込んでいく。


「おいおい、そんな落ちてたカード持って帰るつもりか?」


「このかっこいいのは、ハルのもん!」


「まあ、捨ててあったカードの一枚くらい持って帰っても誰も怒らねぇだろ。ちゃんと、大切にするんだぞ?」


「うん!」


 少年は私を太陽に方にかざして、高らかに宣言する。


「これからよろしくねっ!」


 私の大切な記憶。この身を捧げると誓った、マスターと出会った運命の日の出来事だ。










「あれ? 私いつの間に寝てたんだっけ……」


 暗闇の中で一人の少女が目を覚ました。久方ぶりにとある世界に現出した彼女は、自分が想像していたよりも力を使い果たしていたらしく、気が付けばいつの間にか眠っていたようだ。


 手足を伸ばして、大の字でその場に寝転がる。


 赤と黒とオレンジ色が混じったような複雑な髪を持つ少女は、自分の毛先をくるくると回していた。


「うふぇふぇふぇ……マスターと間接キスとか、マジサイコー」


 蕩けた表情で自分の唇をなぞる少女。


 実際は唇であろう場所を手で撫でられただけで、間接キスでも何でもないのだが、幸せの絶頂にいる彼女にはそんなこと関係ない。


 自分の敬愛するマスターに唇を撫でてもらった喜びを、未だに噛みしめていた。


「サイカちゃん、嬉しそうですね」


「ロア! 貴方の言う通りに生マスターはマジでヤバかったわ」


「あふ……息が苦しい」


 サイカと呼ばれた少女は、暗闇から現れた同僚に駆け寄って、目を輝かせながら抱き着く。身長差的に、ちょうどサイカの胸部にロアの顔が押し付けられる。少女の豊満な胸に沈められたロアは、なんとか脱出して事なきを得る。


「あっ、ごめん」


「マスターには抱き着いちゃだめですよ? 彼の身長ではこの胸に溺れて死んじゃいますから」


「そ、そんなはしたないことは、私はしないし……」


 口ではそうは言っておきながら、実際に出会ったときに抱き着かない自信がなかったので、言い淀む少女。ロアはそんな彼女の可愛らしい姿を微笑ましく見守りながら言葉を紡いだ。


「この世界にマスターを連れてきてよかったですね」


 ロアの一言に、サイカは動きを止めてしまう。マスターのことを考えての行動だったとはいえ、彼を異世界に無断で連れて来てしまったのは、やはり間違いだったのではないかと、未だに悩んでいたからだ。


「本当にこれでよかったかな……」


「何を後悔する必要がある? マスターのあの笑顔を見ていただろう」


 暗闇からまた新しい人物が姿を現す。真っ赤な鎧に身を包んだ騎士のディルムットだ。


「ディル……でも、マスターはお父さんとお母さんに会いたいと思ってるかも知れない。私たちも心の底までは読むこともできないし、本音では元の世界に帰りたいと思っているかも……」


 自身をなくして俯く少女を見てディルムットは兜の下で笑う。マスターに一番愛されている彼女が嫌われる想像など全くできない。


「だったら、直接聞いてみたらどうだ?」


「人型で会うとか絶対無理だし! だって、マスターは私のことを男だと思ってるんだよ!? 女だったなんて知られたら、絶対に捨てられる!」


 彼がサイカのことを雄だと勘違いしていることは事実だが、性別の違いくらいでマスターが彼女を手放すわけがない。杞憂とは正しくこのことだろう。


 むしろ、マスターも男なのだから、その恵体で篭絡すればいいものをと、ディルムットは考える。女性陣の間で、マスターの貞操管理協定が結ばれていることを、彼は知らなかった。


「……まあ、時が来れば話をすればいいさ」


 彼の余命というタイムリミットはこの世界に来たことで解消された。これから話す機会はいくらでもあるだろう。


「私たちがいれば、マスターに危害が加えられる心配もないでしょう。今はマスターのこの世界での旅路を見守りましょう」


「マスターが楽しんでる姿を見られるだけで、私たちは嬉しいもんね」


異世界に来て笑顔が増えた主人を見て、従者たちは笑顔を浮かべる。主人の喜びが、彼らの喜びであり、生きがいであった。


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