15
リサさんの村を救った翌日。僕は村長さんの家で目を覚ました。
「ハルト、昨日は眠れた?」
「まだちょっと眠たいです……」
「外にある井戸で顔を洗ってくる? すぐに目が覚めるよ」
この村を救ったあと、村はお祭り騒ぎになった。英雄扱いされた僕は代わる代わる村の人たちに感謝され、ご老人なんかには手を合わせて拝まれた。そして、夜遅くまで村の人から接待を受けていた僕は、若干の寝不足気味だった。
僕は眠気を覚ますために、井戸で顔を洗うことにした。リサさんにその場所まで案内してもらう。
井戸からくみ上げた水はひんやりと冷たく。一瞬で目を覚ますことができた。
「黄昏の召喚士様だ!」
「黄昏の召喚士?」
リサさんの家に帰る途中で、村の人から声を掛けられる。聞き慣れない言葉に僕は思わず聞き返していた。
「村の人がハルトに勝手につけた名前だよ。昨日キャヴァリアントを倒したときの時刻が夕暮れ時だったでしょ? それで、黄昏」
「あー、なるほど」
悪くない名前だ。二つ名で呼んでもらえる冒険者なんて如何にもって感じがして嬉しい。僕の厨二心がくすぐられる。
流石に自分で名乗るのは恥ずかしいけど。
「ハルトはこれからどうするの?」
「アマリスさんも心配してると思うので、スタツの街の冒険者ギルドに行こうかなと」
「それなら、私もついていくね。昨日のことをちゃんと説明しないと――多分、街の方も大変なことになってると思うし」
苦笑いしてこちらを見てくるリサさん。スタツの街が大変なことになっているとは、どういう意味だろうか。キャヴァリアントの群れは全部倒したはずだから、脅威は去ったと思うのだが。
「私はお父さんに街に行ってくるって伝えてくるね」
僕が質問するまえに、リサさんは家の方に走って行った。
手持ち無沙汰になった僕はラビット・ドラゴンを召喚して、街に帰る準備をしておくことにした。
数分後、リサさんが帰ってきて一緒にウサギのドラゴンの背中に乗り込む。
「本当に助かったよ、ハルトくん。君がいなかったらこの村は滅んでいたに違いない」
見送りに来た村長さんに声を掛けられる。彼の他にも、多くの村の人が集まっていた。
「僕の方こそ、役に立ててよかったです」
「娘のことを頼む。基本はしっかり者の娘なんだが、たまにやらかすことがあるから気にかけていて欲しい」
「お父さん! 余計なこと言わないで! ハルト、さっさといこう!」
僕の後ろに乗り込んでいるリサさんが声をあげる。しっかりものに見えるリサさんも少し抜けているところがあるらしい。
「また困ったことがあったら、呼んでください! すぐに駆け付けるので!」
「黄昏の召喚士さま、本当にありがとう!」
「ありがとう!」
村の人たちに笑顔で見送られ、ラビット・ドラゴンは上空に羽ばたいていく。目指すはスタツの街だ。
村でもらったオレスの実をおやつにしながら、ラビット・ドラゴンの背中に揺られること一時間。今回は特に急ぐ用事もなかったので、ゆっくりと空の旅を満喫しながらの移動することにした。
ゆっくりと言っても、本来なら街の村の移動は半日以上は掛かる道のりらしいので、実際はものすごく早い移動となった。それに、森や山道を抜ける必要がない空の旅は快適であった。
街の少し離れた場所に着地する。ラビット・ドラゴンをカードに戻し、街に近づいていく。
昨日までより街の入り口が騒がしかった。大勢の人でごった返している。人の流れを見ている限り、街から出て行こうとしている人が大半であった。
「なにかあったんですか?」
一番近くにいた男性に話しかける。彼もまた荷物を纏めて、街の外に出て行こうとしている様子であった。
「お前たち昨日のドラゴンを見ていないのか? 巨大なドラゴンがこの付近に現れてこの街に向かって攻撃してきたんだぞ。幸いにも、街の上空を掠めただけで被害はなかったけど、またこの街が襲われるかわかったもんじゃないから、みんな別の街に避難しているんだよ」
「やっぱり、こうなってたか……」
男性の話を聞いたリサさんが額に手を当てて、頭を抱えていた。
「……もしかして、この騒ぎは僕のせいですか?」
「やっぱり、お前たちのせいだったんだな」
リサさんに語り掛けたはずが、別のところから声が聞こえた。声のした方向に顔を向けると、いつの間にかすぐ傍にアマリスさんが姿を現していた。
「アマリスさん、どうしてここに?」
「白い魔物が空を飛んでるという報告を聞いてな。お前たちだと思って迎えに来たんだ」
「迎えに……?」
彼は僕たちに近づいてくると、僕とリサさんを両脇に抱える。抱きかかえられた僕たちは宙ぶらりん状態で、身動きが取れなくなってしまった。
「僕は普通に歩けますよ?」
「逃げられたら話を聞けんからな、このままギルドまで連行させてもらうぞ」
妙に笑顔のアマリスさんの迫力に何も言えずに、リサさんと一緒にギルドまで連行されるのだった。
「おい、あいつら何しでかしたんだ?」
「さあ、わかんねぇ。でも、見覚えがある顔だな。もしかして、昨日討伐隊にいたやつらか?」
ギルドに入ると、中に居た人たちの視線が一気に僕たちに集まる。ヒソヒソと僕たちのことを話している声も聞こえる。
「リサさん、大丈夫ですか?」
隣で顔を真っ赤にして抱きかかえられているリサさんに声を掛ける。彼女は先ほどから無言で、ずっと俯いていた。
「むしろ、ハルトはなんで平気な顔してるの……」
人にジロジロ見られるのは僕だって嫌だったけど、小脇に抱きかかえられて移動するのはアトラクションみたいで楽しかった。ただ、それだけの話だ。
アマリスさんは二階にあがる階段の方に向かっていく。その時、こちらに駆け寄ってくる女性の姿が見えた。怒り顔のエルザさんだ。
「ギルマス! リサちゃんは女の子なんですよ! どうして、そんな乱暴な運び方で連れて来たんですか!」
エルザさんが、アマリスさんに向かって怒鳴る。すぐにリサさんを降ろせと、抗議していた。
「す、すまん……」
アマリスさんが焦った表情で頭を下げる。勇敢にもキャヴァリアントの群れを薙ぎ払っていた人とはまるで別人だ。
「うう、恥ずかしかった……」
街を移動している間はずっと奇異の視線にさらされ続けたリサさんは顔はトマトのように赤色だった。そんな彼女の頭をやさしく撫でるエルザさん。
「リサちゃん、ごめんね。ギルマスも悪気があったわけじゃないの、許してあげて」
「い、いえ……元はと言えば、私たちが起こした騒ぎが原因ですから」
ひと悶着あったものの無事にギルドにたどり着き、アマリスさんの部屋まで移動をする。
部屋の中には三人掛けソファが机を挟んで向かい合っており、本がびっしり詰まっている棚や、書類が積まれた執務机などが配置されていた。
僕とリサさんが同じソファに座り、対面にアマリスさんとエルザさんが座った。
「先ほどはすまなかった。王都の方からも昨日の出来事の詳細を報告するようにと命令が来ていてな。少し焦っていた」
ここで初めて知ったことだが、このスタツの街がある国をアーノルド王国というらしい。その国の中心である王都がここから歩いて二日ほどのところにあるそうだ。
昨日の異変を察知したこの国の偉い人達が、スタツの街の方で何があったかを把握するために、このギルドにも人を送ってきたそうだ。昨日の出来事だというのに、素早い対応である。
「さっそくで悪いんだが、昨日の出来事を話してくれるか?」
「わかりました。僕たちが別れたあとから話しますね」
僕は女王を含めたキャヴァリアントの群れを殲滅したこと。その為にサイカを呼び出したことなどをアマリスさんに話した。
アマリスさんはテーブルに置いてあった紅茶に口をつける。
「あんな世界を滅ぼせるような竜が、お前の使い魔だとはな……」
「世界を滅ぼすドラゴンって響きは、カッコイイですね。サイカに伝えてあげたら喜ぶと思います」
「おい、リサ。お前の連れは一体どうなってるんだ?」
「……ハルトは出会った時からこんな感じでしたよ」
「そうか、お前も苦労しているみたいだな」
人を厄介者扱いしないで欲しい。
「エルザ、礼のものを持ってきてくれ」
エルザさんが袋を二つテーブルの上に置く。かなり重たそうな袋だった。
「今回のキャヴァリアント討伐の報酬だ。金貨が五十枚ずつ入っている。お前ら二人合わせて金貨百枚が、今回の報酬だ」
「き、金貨百枚!」
リサさんが目を見開いて驚く。金貨一枚が、一万円くらいの価値だから、今回の報酬は百万円ということだ。
「こんなに貰ってもいいんですか?」
「むしろ、少ないくらいだろう。お前は村一つ救った英雄だぞ?」
「僕は何もしてないですけどね。戦ってくれたのは僕が召喚したモンスターたちだし」
「金はあって困ることはないだろ。いいから、受け取っておけ」
アマリスさんは金貨の入った袋を投げつけてくる。反射的に袋をキャッチしたが、かなりの重量だった。
「それでは遠慮なく貰っときます」
受け取る受け取らないの堂々巡りになりそうだったので、僕は素直に報酬を受け取ることにした。
「今回の活躍でお前さんのギルドランクも上げたいところなんだがな。ありのまま国に報告すると、お前がどう扱いを受けるか分からん。下手すれば、王族のお抱え魔術師なんかに任命されるかもしれん。そうなったら、一生この国から出ることはできないだろう。それは嫌だろう?」
「そうですね……僕はこれからこの世界を見て回りたいと思っていますし。まだ定職に就く気はないです」
「だったら、俺の方で今回の件は上手くごまかしといてやるよ」
「そんなことして大丈夫なんですか? 国に嘘をつくってことですよね?」
「冒険者ギルドは一国の組織というわけではないからな安心しろ。それに、お前みたいな子供が心配することじゃない」
アマリスさんは僕の頭を大きな手で揉みくちゃにする。最近よく頭を撫でられる気がするのだが、気のせいだろうか。
「用件はそれだけだ。もう帰っていいぞ」
僕とリサさんは冒険者ギルドから立ち去る。二人で宿屋までの帰り道を歩くのだったが、僕は彼女に伝えたいことが一つあった。
僕はこの世界を旅して周りたいと思っている。その旅に彼女も一緒に着いてきて欲しいということだ。
彼女にはこの異世界に飛ばされてきてから、大変お世話になっている。もし、初日に出会った人がリサさんでなければ、僕は今頃ここにはいないだろう。
でも、彼女には彼女の生活がある。そのことを考えると、気楽に彼女に伝える気力が湧かなかった。
「ハルトはいつこの街から出ていくの?」
宿屋までの帰り道で、先に口を開いたのはリサさんだった。僕は冷静を装い、普段通りに話す。
「宿を先に一か月分借りちゃったので、それが終わり次第になると思います」
「それならまだ時間はあるね。その間に次はどの国に行くか相談しようか」
彼女の言葉に耳を疑った。まるで、僕と一緒に旅に出かけてくれるような言いぐさだったからだ。
「えっ? それって、リサさんもついてきてくれるってことですか」
「もちろん! ハルトを一人で旅をさせるなんて、何が起こるか分からないからね! 嫌って言っても着いていくから!」
とびきりの笑顔を浮かべるリサさんに釣られて、僕も思わず笑みがこぼれる。
僕は彼女に右手を差し出して、握手を求める。
「これからもよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくね」
お互いにしっかりと手を握り合う。
こうして、僕の異世界の生活が始まったのだった。




