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 パーダンの方に視線を向ける。あれだけ集められていたオレスの実はもうほとんどない。気が付けば、パーダンの体は元の体形から、三倍近く大きくなっていた。


「皆さん! 先ほども言った通り決して驚かないでくださいね! 怖い人は家の中に隠れていてください! 大丈夫、すぐに終わりますから!」


 僕はできるだけ大声で叫ぶ。家の中からこちらを窺ってくる人や、広場の周りにいる人に伝える。ドラゴンを見たことない人ばかりだと思うから、今から召喚するモンスターを見れば腰を抜かす人もいるかも知れない。その為に、注意喚起を一応しておいた。


「【龍呼びの儀式】発動!」


 僕はデッキから引いたカードを空に掲げる。【龍呼びの儀式】は魔術カードで、発動するにはマナコストを2と、モンスターを生贄に捧げなればならないカードだ。その効果は生贄に捧げたモンスターの攻撃力と同じモンスターを、マナを支払うことなくデッキから召喚することができる効果を持っている。


 現在のパーダンの攻撃力は10。つまり、10コストのモンスターを召喚することができる。今の僕のマナ総量の二倍のモンスターを呼ぶことができるとっておきの作戦だ。


「にゃあ」


 パーダンの足元に巨大な魔方陣が描かれる。魔方陣から黒い渦が飛び出しパーダンを飲み込む。渦は一本の柱となって、一直線に空に向かって伸びていった。快晴だった空には暗雲が立ち込め、瞬く間に村の上空を覆った。


 雷の鳴り響く音が、空を駆け抜ける。魔方陣から吹きすさぶ風が、全身を襲う。立っているだけで精一杯だ。


「な、なんなのこの威圧感は! ハルト! 一体何を召喚するつもりなの!」


 魔術の発動の様子を見ていたリサさんが大声で叫ぶ。そんなに怯えた表情をしないで欲しい。僕が召喚したのは、一番好きなカードなのだから。


「僕のデッキのエースモンスターですよ!」


 自分でも声が弾んでいるのがわかった。今から彼と会えるのかと思うだけで、わくわくしてくる。


 群がっていた黒い雲たちに大きな穴が開く。それと同時に村を覆いつくす影が現れる。


 日中だというのにも関わらず、辺りはすっかり暗くなってしまった。


「空が落ちてくる……」


 村人の誰かが呟いたのが聞こえた。心配しなくていいといったはずの村人たちは、みんな恐れおののき、空に向かって手を合わせて祈りを捧げていた。世界の終わりのような顔をしている。


 村人が答えた空が落ちてくるという表現もわからないわけでもない。僕たちの頭上にいるのは、村ひとつを自身の影に入れてしまえるほど巨大な生物なのだ。下手すればスタツの街と同じくらい大きいかも知れない。僕もここまで大きいとは思っていなかった。


 黒い鎧のような鱗に、紫色の爪。背中に生えている翼は周りにある山脈すら覆ってしまうほど大きい。あまりにも大きすぎて、顔をきちんと見ることができないが、彼の瞳にはトワイライトに輝く瞳があるはずだ。


「やっぱりカッコいいな……僕のドラゴンは」


 召喚したモンスターは、僕のデッキの中で最強のドラゴン。名は【逢魔龍 サイカ】。僕が一番好きなモンスターだ。


「ま、魔物だ! 魔物が攻めてきたぞ!」


 村人の一人が指をさして叫ぶ。僕も同じ方向に視線を向けると、キャヴァリアントの女王が先頭を走り、村のすぐ近くまで来ているのが見えた。後ろには、無数の部下を引き連れている。


「ハルト……」 


 隣にいたリサさんが、僕の服の袖を掴んでくる。彼女の手は震えていた。


 彼女の手に自分の手を重ねる。


「一瞬で終わらせますから、心配しないでください」


 リサさんも、この村の人たちにも指一本触れさせない。彼らには悪いけど、最初から全力で行かせてもらう。


「いくよ、サイカ!」


「ギャオオオオオオオ」


 僕の掛け声にサイカが吠える。空気が震え、大地が揺れる。その声は、空の彼方まで響き渡った。

全速力で走っていたキャヴァリアントたちが、急ブレーキを掛けて、一斉に歩みを止める。サイカの咆哮に、恐れをなしたようだ。


 空高く飛んでいるサイカの存在にようやく彼らは気が付いたようだ。群れの中には、逆走を始め、逃げようとする個体もいる。


 だけど、もう遅い。彼らの逃げ場所など、どこにもないのだ。


 頭上に光が集まっていく。空中にいるサイカが口元に魔力を集めているのだ。


 真っ暗だった村は、一転して日中のような明るさになる。今まさに一撃必殺の攻撃が放たれようとしていた。


 彼から準備万端という合図が念で送られてくる。


 眼前で戸惑うキャヴァリアントたちに狙いを定める。彼らも生き残るために、巣穴から逃げ出してきたことを考えると胸が痛む。


 だけど、僕の恩人であるリサさんの悲しむ顔なんて見たくない。この村を彼らに滅ぼされるわけにはいかない。


「グローミング・バースト!」


 僕の掛け声と共に、光が放たれる。光の奔流は瞬く間にキャヴァリアントの女王ごと、彼女たちの群れを飲み込んでいく。光のブレスは、一直線に地平線の彼方まで飛んでいく。


 サイカはそのまま首を持ち上げ、空に向かって光を放つ。天を覆っていた暗雲が、光によって切り裂かれ、夕日が顔を覗かせる。


 天空に放たれた光は、静かに消えていく。ブレスをやめたサイカは、空に向かって咆哮する。


 勝利の雄たけび。それと同時に、戦いが終わったことを表す咆哮だった。正面にいたはずの数百匹のキャヴァリアントの群れは、跡形もなく消え去っていた。


 咆哮を終えたサイカは、大空に飛翔する。戦いに勝った喜びを表すかのように上空を優雅に飛行していた。

西の方角に沈みゆく太陽は、世界を茜色に染め上げていた。雲に覆われて気が付かなかったが、もう夕暮れになっていた。


「綺麗だな……」


 夕暮れをバックに空を飛ぶサイカ。僕はその光景を一生忘れることはないだろう。瞼に充分に焼きつけたところで、僕は背後を振り返った。


「キャヴァリアントは全て討伐しました。これでもう安心です……よ?」


 村長さんやリサさんに語り掛ける。しかし、誰もが時が止まったように固まってその場に佇んでいた。


「リサさん? もう終わりましたよ?」


 再びリサさんに語り掛ける。彼女は口をわなわなと震わせていた。


「ハ、ハルト! あっちにはスタツの街があるんだよ!?」


「はい? 知ってますけど」


 リサさんが急にスタツの街の方向を教えてくれる。その方角から来たのだから僕も知っているのだが、どうして急にそんなことを言い出したのだろうか。


「なんでドラゴンにあんな攻撃を指示したの!? 街に直撃してないよね!?」


 彼女が妙に慌てていると思ったら、サイカの攻撃がスタツの街に被害をもたらしていないか心配だったらしい。サイカの光線は真っすぐにスタツの街の方まで飛んで行ったから不安に思ったのだろう。


 でも、街は無事だから安心して欲しい。というか、村一つ救うのに街一つ消し飛ばしていたら本末転倒である。


「さっきの攻撃はキャヴァリアントだけを狙いましたから。ほら、その証拠にオクトビーがいるのがわかりますか?」


 僕は森の方を指さす。指示した方向には、呑気に村の中に飛んでくるオクトビーの群れがいた。キャヴァリアントたちと一緒にここまで来た連中だ。彼らは何事もなかったかのように僕たちの頭上を飛び越えて、そのままオレスの畑の方まで飛んでいく。


リサさんを含めた村人たちは、その光景を唖然とした表情で眺めていた。


「あれ? オクトビーって人間に害を与えないって聞いていたんですけど、生かしておいちゃ駄目でした?」


 人間を襲うことはないって聞いていたから、サイカのブレスの効果対象から外しておいたんだけど、やっぱり魔物は殲滅しなきゃいけなかったようだ。


「だったら、さっきの攻撃をもう一回――」


「ストップ! ストップ! オクトビーは世話したら共存できる魔物だから大丈夫! 問題ないから、村にさっきの光のブレスを放とうとしないで!」


「そうですか?」


 僕の前で必死に体をバタつかせて攻撃の中止を願い出るリサさん。サイカの効果は『相手モンスターを全て破壊することができる』という効果だ。サイカのブレスは味方には当たらないから安全なんだけど。そのことをちゃんと伝えてなかったな。


「ハルトくん。助けてもらっておいて、本当に申し訳ないのだが、あのドラゴンを退散させてくれないだろうか? さっきから村人たちがあのドラゴンに、魂を奪われたように目を離せないでいるんだ」


「わかりました」


サイカは器用に首を下げて、頭だけを僕の前まで持って来る。


 頭一つでも村の広場と同じ大きさくらいの彼の頭を撫でることなんてできない。代わりに、僕は腕がギリギリ届く、口先の辺りを撫で回しておいた。


「ありがとう、サイカ。本当に助かったよ」


(ふわあああああああ! 生マスターが私の唇に触ってるんですけどぉ!? やっば、こんなのもう間接キスじゃん! ってか、生マスターマジでかっこいんだけど!?)


「ん? この声って……」 


(あっ、やべっ……!)


 サイカが光の粒子となって、消えていく。空中から一枚のカードが僕の手元に帰ってきて、そのまま右手の中に消えていった。


 サイカが消える前に、なんか無駄にテンションの高い女の子の声が聞こえた気がした。周囲を確認したのだが、僕の周りにいる女性はリサさんしかいなかった。彼女の声ではなかったし、僕の聞き間違いだったのだろうか。


「まあいいか」


 なんやかんやあったけど、無事にリサさんの村を救うこともできたし一件落着だ。


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