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嗤う女騎士  作者: カスミカ
勇ましきものたち
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コンコルド七月暴動(5)

 Ah ! ça ira, ça ira, ça ira,

 Le peuple en ce jour sans cesse répète :

 Ah ! ça ira, ça ira, ça ira,

 Malgré les mutins tout réussira !


 Nos ennemis confus en restent là,

 Et nous allons chanter Alleluia !


 Ah ! ça ira, ça ira, ça ira,

 Quand Boileau jadis du clergé parla

 Comme un prophète, il a prédit cela,

 En chantant ma chansonette,

 Avec plaisir on dira,

 Ah ! ça ira, ça ira, ça ira,

 Malgré les mutins tout réussira !


 ヘレネの巧みなソプラノ歌唱が、暴徒と化した参加者たちの罵倒と怒号を伴奏にして、パリの空へとのんびり奏でられていく。巻き舌も軽やかなガリア語の歌詞は、反骨と逆襲に燃える平民たちが、貴族の首を求めて行進する革命歌である。


 いいじゃねえか、いいじゃねえか、うまくいくに決まってらあ。


 血濡れの希望に溢れた快活な歌声は、石畳を小気味よく叩くヘレネの踵に彩られ、上機嫌なリズムを形づくっていく。平穏な早朝の散歩を思わせるような足取りで、ヘレネはセーヌの川岸を歩いていく。


 その右手には、彼女愛用の自動拳銃。七千人の聴衆に恐怖と憎悪を芽吹かせたその銃口からは、未だ生々しい硝煙が排莢口と銃口から立ち上っていた。そこから放たれた弾丸が、他者の命を奪ったことは一度たりともない。だが、弾丸が呼び起こした災厄は、閣竜が招来せしめる天災による犠牲者数を、はるかに超える数の生贄を欲しているのだった。左手に握る取っ手から延びる先には、車輪付きの大きなトランクである。ごろごろとこれを引いて歩くさまは、さながら観光を優雅に楽しむ旅行客のようであった。


 暴動の余波は、さながら疫病の感染拡大のように、広場を中心に広がっていく。東は凱旋門にのぞむシャンゼリゼ通り、西は緑豊かに演出されたテュイルリー公園、南はセーヌ川を越えてブルボン宮殿へ続くコンコルド橋、北は天を仰ぐ神殿を思わせるマドレーヌ教会、そこへつながるロワイヤル通り。いずれの場所でも人々は団結し、決意し、討つべき敵に立ち向かっていった。


 自らを愛国の志士と思い込んだ民衆は、同じく正義をその胸に抱く敵対者を殴りつけ、蹴飛ばし、石を投げ、革命を叫びながら、いとしい母国に巣食う寄生虫の息の根を止めにかかった。奴らは国家の白い首筋に口吻を挿しこみ、不法に血税を啜る羽虫である。私腹を肥やした糞虫どもから、我らの私財を取り戻すのだ。正義の理屈がひとたびふりかざされると、愛国に基づく公共財の奪還作戦が開始された。


 華やかなパリ中心部の街路に軒を連ねる店舗という店舗のショーウインドーが叩き割られた。粉砕されて路面に飛び散ったガラスの破片は、さながら冬空に浮かぶ星海のように瞬いていた。棚に並ぶ盗品に違いないあらゆる商品は、聖戦士たちによってそのほとんどが回収され、また破壊された。居合わせた店主や従業員は、人種を問わず正当な制裁が加えられた。こんな一等地で店を構えているということは、不正な手段で国庫から資金を掠め取ったに違いない、こういう不逞な輩には死罪が適当だろう。そうだ、そうに決まっている。非猿人の従業員や使用人の引き渡しに応じないようなオーナーにも、同様の罰が与えられた。


 花屋の店主はテラコッタの植木鉢で頭骨を砕かれ、店先のカーペットの上に血と脳漿で深紅の花を咲かせた。カフェテラスのウェイトレスは、男たちの真摯な物理的総括を受けたのちに、煙窟人の穢れた血脈の浄化を目的とした、神聖なる性交を強いられた。


 セーヌ川南岸のサンテ刑務所に、戦士たちは突撃を敢行した。ここに収監されているのは、いずれも悪しき法務官僚たちの陰謀によって自由を奪われた政治犯である。ゆえに、彼らを解放することもまた、正義の行いに他ならないのだ。制止をかけた刑務官や警察官は、一様に袋叩きにあった。破裂した眼球を眼孔から露出させた死にぞこないの看守から牢の鍵束を奪うと、彼らは囚われの身にあった猿人のすべてを解き放った。猿人ではない者は、鉄格子越しに鉛玉を叩き込んで浄化してやった。


 不遜にも聖戦士たちに散弾銃を向け、同胞の二人に重傷を負わせたプランタンの従業員は、陳列されていたライターオイルをかけられて、そこに火を点けられた。みるみるうちに踊り狂う火だるまとなり果て、彼が息絶えるより早く、その火の手はプランタンの建造物そのものへと燃え広がった。正義の火である。浄化の炎である。制裁の輝きである。この光をもって、パリは新たに生まれ変わるのである。戦士たちは、より一層の団結を胸に秘め、次なる啓蒙に向けてそこを後にするのであった。


 猿人か、そうでないかで二分されたこの闘争には、どちらの行いにも、およそ人道的と呼べるほどの理性の類は備わっていなかった。奴は自分と違う形態を持つ、ゆえにガリアにとって有害な危険分子に違いない。それこそが今の彼らの理性のすべてであり、また本能であった。


 いかに法秩序の番人たちがこれを阻止せんと警棒を振りかざしたとて、焼け石に水であった。敵意は伝染し、害意は即座に育まれ、隣人への攻撃となって顕現する。際限なく瀰漫していくこの死病を人為的に食い止める手立てなど、誰一人として持ち合わせていなかった。


 彼らは、最初の一発の弾丸を放った名もなき革命者を讃美した。そんな彼、あるいは彼女の行いによって称揚され、寿がれ、さながら自分たちもまた、変革の一翼を担う執行者として、輝かしき祝福が授けられているような高揚に包まれていた。


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