表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
嗤う女騎士  作者: カスミカ
勇ましきものたち
61/68

コンコルド七月暴動(3)

 七月二十日、午後三時二十三分。


 パリ市中央の南東十キロ弱に位置するヴァンセンヌの森、その新緑に覆われたヴァンセンヌ旧城は、皇帝がヴェルサイユへと転居してからは宮殿としての機能を失い、時には王族たちのロッジとして、時には断頭台に送られるのを待つ人々を収容する牢獄として扱われ、昨今においては、共和国軍国防史編纂部の拠点に転用されたといういきさつを持つ、中世期の武骨な風情を残した石造りの城塞群である。


 こんにちにおけるヴァンセンヌ城は、ブリタニア空軍陸戦飛竜兵団の在ガリア駐留基地として用いられ、非戦闘員を含めた二百名弱の人間が、森林に囲まれた城内で寝泊まりしていた。


 パリ上空二百メートル付近。定例の哨戒任務にあたっていたマーヴィン・サンドフォード空軍少尉は、幼馴染も同然の赤い飛竜の背の上で、ヴァンセンヌ城塞群が轟音とともに崩れゆくのを眺めていた。パリの数百年を見守ってきた建材が四方八方へ弾け飛び、やや遅れて天守をいだく本城は、地表にずぶずぶと沈み込んでいくように倒壊していった。色濃い土煙や粉塵が巻き起こり、それらが自然風で晴れてくると、続いて橙の火の手が他の建造物から出始めた。


「……何がどうなってやがる」


「城が、城が吹っ飛んじまった。俺たちの、仲間が。竜が!」


 僚騎であるマディソン少尉からの狼狽えは、サンドフォード少尉の困惑を覚ます材料にはならなかった。真に彼に冷静さを取り戻させたのは、先日パリ市内のグランドホテルで起こった爆発事件に関しての記憶だった。


「サンドフォード、今すぐ降りねえと」


 マディソンが声を張る。ガリア社会党の党大会とやらに際し、その警備活動に相当数の飛竜騎兵が出払っていたとはいえ、当時地上には待機要員や飛竜の世話役といった軍属の人間、待機要員、そして兵站将校がいたはずである。彼らがいまの爆発の被害をこうむったであろうことは、想像に難くない。


 しかしサンドフォードの考えは、マディソンとは異なっていた。


「……今、降りるわけにはいかんだろう。落ち着け」


「バカ言えッ、今行きゃ助かる奴だっているかもしれねえだろうが」


「それが狙いならどうする、俺たちを誘き寄せる罠でないとも言えんぞ」


「しかしだな!」


「俺たちの竜まで失うわけにはいかんだろうがッ!」


 サンドフォードの一喝に、マディソンは口をつぐんだ。女王より下賜された飛竜を故意に、または重い過失を伴って死なせるなど、竜と命運を分かち合って戦場を生きる戦士には、あってはならないのである。飛竜騎兵の多くは、ヴォーパル鋼製の騎乗装備が実用化の日の目を見る以前から、由緒正しき血統の飛竜と絆を深めてきた者たちがほとんどである。新技術の導入にあたって騎乗時の竜への指示精度は格段に上がったが、元来は飛竜にゆかりのない兵に向けられた試みであり、サンドフォードを始めとする男たちにしては、補助器具なしで共に空を駆け巡ることができて当然なのである。


 飛竜とは僚友にして戦友、勝手知ったる旧知の仲。お偉方がどれだけ騎兵や飛竜の頭数を増やしたところで、自分たちほどの存在にはなりえまい。


 そうした譲りえない空の男の矜持が、サンドフォードを叫ばせたのだ。


 昨夜のホテルでの一件を受け、パリ市内の警察や憲兵隊は、その威信をかけるかのように特別警戒態勢を敷き、コンコルド広場周辺警備に三千人以上の人員を動員するほどの力の入れようであるという。この日のブリタニア駐留軍においても例外ではなく、痴情での暴動やテロに対する警戒は、一層強められていた。しかしながら彼らの尽力は、まさに自らの足元からの一撃によって、あえなく水泡に帰さんとしつつあった。


「糞政治家と魔物どもが。どうして大人しくしてらんねぇんだ。何が党大会だよ、バカバカしい。聴衆を被害に巻き込んでもおかまいなしかよ」


 サンドフォードの忠言を聞き入れたマディソンは、手綱を翻して飛竜を旋回させた。


「テロリスト相手に下手に出て、周りからチキン野郎だって謗られるのが、よほど怖かったとみえるな。にしても、時と場合を考えるくらいの頭は持ち合わせていてほしかったもんだが」


 この度の事件もまた、ホテル爆破の実行犯によるもの。考えを巡らせるまでもなく、社会党や魔王軍に何がしかの私怨を抱いているテロリスト、もしくはそれに類する模倣犯の仕業に違いない。サンドフォードはそう判断していた。


 サンドフォードは周囲を見回した。先の爆音を聞きつけた飛竜騎兵たちが、次々とヴァンセンヌ方面に駆け付けるべく、パリの空を滑空してくるのが見えた。いずれもサンドフォードが浮かべた懸念と同じものを抱いているらしく、不用意に着陸を試みようとする者はいない。二次的な爆破によって一網打尽にされる恐れはもっともだし、森林に敵の伏兵が隠されている可能性だってあった。それでは、この敵とはいったいどこの誰か。いかなる故があって、列強ブリタニアの嚆矢たる飛竜騎兵団目がけ、こうして弓引くような真似をしたというのか。どういった術をもって、駐留地を爆破せしめたのか……まさか、自分たちの中にテロリストとの内通者がいたとでもいうのか? サンドフォードは唇を噛んで、姿なき爆弾魔からの屈辱を耐えた。


 そもそもテロの標的と目されていたのは、あの魔王エレシュキガル二世や、もしくは彼女と懇意の社会党に属するトマシュ・クラカウ上院議員のような著名な人物ではなかったのか。多数派となりつつある彼らへの、牽制を始めとする政治主張が一連のテロの目的であるならば、振り上げた拳を外様のブリタニアに振り下ろすのはお門違いも甚だしく、その行為は支離滅裂と称する以外にないだろう。リスクとリターンが、あまりに吊り合ってなさすぎる。


 誰もが明確な答えを持ち得ず、無情にも手をこまねいているほかない状態にある中、二騎の飛竜騎兵が、他の騎手とは真逆の方向を目指して飛行していた。


 多くの騎手が瓦礫の山と化したヴァンセンヌ城を見下ろしていたが、彼女たちだけは、コンコルド広場にそびえるオベリスクのふもとを、まっすぐ見据えていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ