ガリア社会党要人暗殺(2)
凱旋門から終端であるコンコルド広場までのシャンゼリゼ通りは、全面的に交通規制が敷かれていた。これ自体もガリア社会党による大規模なパフォーマンスの一端なのであろう、道筋のそこここに騎馬警官や武装した憲兵隊員が配備されている。市街上空では、ブリタニア駐留軍の翼竜編隊が、これ見よがしに東西を飛び交っている。
先日の事件の捜査を担当したパリ市警は、爆発の原因に関しては目下調査中との声明は出したものの、多くの人々は昨夜の一件を、過激派によるテロ活動だと決めつけた。曰く、社会党に反目する政党による牽制。曰く、人種間の平等に反対する国粋主義者による脅迫。曰く、被差別人種による富裕層への憂さ晴らし。どれも的を射ない噂の域にすぎなかったが、ゴシップを構成する要素が社会的に卑賎であればあるほど、人々の想像力は掻き立てられるものである。
広場に向かう民衆は、大きく分けて三種類。熱心な社会党支持者か、そうでないか。そして、政治への関心は二の次に、空き腹を抱えて炊き出しを目当てにやってきたか、である。
つい半日前に発生したラ・ヴィラ・プリュムでの爆発事件をうけ、なおも党大会の中止を宣言しない党員たちが、どんなジョークで茶を濁すのか。物見遊山で訪れた者のほとんどは、その一点に期待を注いでいた。議席欲しさでのこのこ公衆の面前に顔を出すのは、一体どういう命知らずの阿呆議員なのか、と。
もっとも、投入した資金が資金なのだろう。回収のめどが立たないまま当日の中止に踏み切ることもできず、予定通り党大会は行われつつあるのだった。仮にも二国の皇族を招こうとしておきながら、あまりにも無謀な試みであった。しかしながら、ここでひとたびテロに屈してイモを引いてしまえば、所詮はそれまでだというレッテルが貼られるのも事実である。リスクを恐れず支持を得るか、ここで出席を辞退してリスクを避けるか。少なくとも社会党と魔王エレシュキガル二世は、果敢にも前者の選択をしたらしい。
各々が各々の頭の中でこねくりまわした事件の真相を、互いに聞いているのかいないのか、人々は口々に垂れ流している。そんな雑音にもまれながら、ソロヴィヨフは人込みの中を、ひたすらに南東に向かって歩んでいた。エリーゼに顔が割れているという関係上、あの女が未だヘレネ側に与しているという可能性を考慮し、ソロヴィヨフはキャスケット帽を目深に被り、顔を隠しながら歩き続けた。
辿り着いたのは、数週間前に軒をくぐった、リヨン駅であった。ヘルヴェチアから列車を使えば、必然的にこの駅からパリ入りすることになる。ソロヴィヨフはまず、自分たちとモスクワ情報庁がガリアへ入国する際の列車移動で用いた車両について、駅員に尋ねることにした。リヒャルトによって偽造された身分証と乗車券の半券を提示すると、驚くほど呆気なく車両基地へと通された。
職員付き添いのもとで調べを進めたかったのは、ヴィルヘルミーナ皇女が乗車したはずの、貸し切り車両についてであった。情報庁が主導して護衛が行われているという名目が、果たして真実かどうか。今になって、それが疑わしく思えたからである。
ヴィルヘルミーナ皇女が、ラ・ヴィラ・プリュム最上階の部屋に滞在している。それがエリーゼの言い分であった。だが呼吸するかのように嘘を吐き散らすあの女からして、それが正しいかどうかは甚だ疑問である。仮にそれが事実なら、帝国皇室の貴き血を引く第四皇女は、昨夜の爆発で木っ端微塵に吹き飛んでしまっていることとなる。
使用された爆発物は、エリーゼが用意したものでまず間違いない。パリ市警の発表から、現場からはニトロ化合物由来の爆薬の痕跡が発見されたことが判明していた。かつてベルリン付近で皇女の拉致を目前に控えた時期、あの女が自動拳銃とともにヘルヴェチアから買い付けたダイナマイトによるものであろう。
いかにヘレネが後先考えない阿呆だとしても、そしてエリーゼがいかに残忍な女だとしても、現在の大陸において魔王エレシュキガル二世に比肩しうる影響力を持つ外交カードを、ソロヴィヨフなどという一介の士官の口封じのために切って捨てるだろうか。そもそものガリア入りの目的は、皇女にクリゾルト派亡命貴族の説得や社会党を通したロビー活動をさせることである。本末転倒もいいところだ。この罠の絵図を描いたのがエリーゼであるならばなおさらだ。
あの部屋にヴィルヘルミーナ皇女は居なかった、そう考えるのが自然だといえた。
それでは、ガリアにおける活動の前提条件となる皇女はどこへ行った?
爆破装置の罠を仕組んだエリーゼが、皇女とその護衛を動かしたのか? しかし彼女が帝国諸民族解放委員会の一員とはいえ、そんな言動をおとなしく情報庁が聞き入れるか? しかも目的は自身の亡命のためだ、いかに策を弄したところで、党大会への参加を目前に控えた時期に宿泊場所の移転など背広組が認めるはずがない。
当時、皇女の利用に基づき貸し切りに指定された客車を観察しても、一向に不審な点は見当たらない。職員からの案内を受ける中で、ソロヴィヨフは一つの仮説に辿り着く。
ヴィルヘルミーナ皇女は、そもそもガリアへ入国してすらいないのではないだろうか?
この考えが正しければ、党大会で傀儡政府樹立の支持を得るという根本的な前提が、音もなく崩れ去っていくこととなる。ガリアでのロビー活動を提案してきたのは、確か党員の娘であるテクラと、そしてリヒャルトだ。あの二人はそもそも、ガリア社会党に対して穏便に協力を図ることなど想定していなかったのではないか? 第一あの享楽主義者ヘレネが、党大会での演説合戦などというまだるっこしい手段を使って、勇者ラウラへの意趣返しを仕掛けることに賛同するだろうか。仮に言説で勇者と魔王を論破できたところで、あの女が喜ぶはずがない。
ヘレネやリヒャルトの意図とは異なる方向からの関与があった可能性も否定できない。対立する二勢力をあえてブッキングさせることで折衝の手腕を喧伝するべく、社会党の側から策が講じられていたということも考えられる。何より、眠れる獅子ことブリタニアという客人にも、自分たちの辣腕ぶりをアピールできる絶好のチャンスなのだから。
加えて先日エリーゼは、諸民族解放委員会の人間といえど、モスクワ主導の戦後社会における立ち位置が安泰とは言い切れない、といった旨の発言をしていた。ヴィルヘルミーナ政権の成立と、同盟との宥和政策に依存することを目的としたテクラやリヒャルトの計画とは、食い違ってはいないだろうか。しかしいずれにせよ、この差異に関しては保留にするしかあるまい。現状では、諸民族解放委員会内部の齟齬にかかずらっていても仕方がないのだ。
ヘレネたちはヴィルヘルミーナの身柄を口実に、クラカウ親子を通じてガリア社会党に渡りをつけ、そこで何らかの甘い汁を啜るためにパリ入りした。かねがね手を染めていた銃器や麻薬の売買か、それに類する資金繰りに関してのことか、おおよそそんなところだろう。そして魔王と勇者の入国を知り、彼女たちの排除を目的に付け加えた。ソロヴィヨフ中隊は、引き続きモスクワからの追求をかわすための目付け役として必要だったのだろう。そして同盟側とまともに交渉する気がないのであれば、ヴィルヘルミーナ皇女や、彼女の警護官の入国については、すべてがソロヴィヨフを言いくるめるためのブラフだったと考えられる。戦争終結など、ヘレネたちは毛筋ほども望んでいなかったわけだ。
ソロヴィヨフは車両基地の事務所に戻ると、事務職員に運行記録を尋ねた。もちろん、ソロヴィヨフらが入国に用いた当日の便だ。皇女が乗車していたはずの最後尾車両についてを聞き込んだが、切符の購入枚数に関してはおかしいところはなく、貸し切りにかかる料金もまた、後日きちんと振り込まれたのだという。
ヘレネ側にハナから演説合戦などする気がなかったのだとしたら、モスクワあずかりのヴィルヘルミーナをガリアに連れていくことの意義は極端に薄くなる。とはいえ表向きには彼女の身柄がないことには、社会党からの信頼は得られない。だとすると、ヘレネたちはカラの客車を走らせたのだろう。そうなると、情報庁がどうこうといった連中の言動の大半は真っ赤な大ウソということになる。社会党を欺くついでに、ソロヴィヨフたちもまた煙に巻かれたのだ。
そのほか、この日に前後して、何か変わったことがないかを調べてもらうと、ソロヴィヨフらの列車利用の数日後、リヒャルト・ヴァイルブルクの名義でヘルヴェチア側から貨物車両が臨時に到着していることが判明した。爆弾の輸送はこれで行ったに違いない、そう思って職員から書類を受け取ると、紙面の品目欄には、【特定大型犬】としか記されていなかった。重量は百キロにも満たない。およそホテルの一フロアを丸ごと吹き飛ばすほどの量の爆薬が積載されているとは思えない……と、ここまで考えて、爆薬に関しては調べるだけ無駄ということにソロヴィヨフは気づいた。品目を偽ったうえで、いくつかの小口に分けて定期便で輸送してしまえば、臨時車両など手配する必要はない。
しかしながら、新たな謎が浮上してきたのも事実である。リヒャルト名義で送られた【特定大型犬】とは、いったい何を示すのだろうか。まさか、皇女本人か? 仮にも敵国の皇族とはいえ、モスクワの背広組が彼女を貨物として粗末なコンテナに放り込むとは到底思えない。
そも、たった今ガリアに皇女は滞在していないという仮説を立てたばかりである。
いったいこれは何だ? 何のために、わざわざリヒャルトはこんなものを送らせたのだ?
胸中にささくれだったものを残しつつも、ソロヴィヨフは職員らに頭を下げ、車両基地から立ち去った。




