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嗤う女騎士  作者: カスミカ
勇ましきものたち
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ガーデルマン造反計画(1)

 七月十八日。


 アミル・カルカヴァンを始めとする魔王軍使節団は、ガリア社会党の党大会に参加するための来賓として招かれていた。党員がオーナーを務めるプラザホテルに部屋を用意されるなどの厚待遇を前に、連日の国家間会談への参加に追われていたアミルたちは、しばしの休息にあずかることができた。数日は使節団による貸し切りが続くらしく、他の客の姿は見えない。


 党大会当日まで、あと二日。代わりにアミルの身を案じたブルクゼーレ義勇軍、ならびにフリュギア軍の面々が、通路のあちこちに張り込んでいる。クラシックで華やかな内装の反面、屈強な職業軍人たちの強面からもんもんと発される、ものものしい雰囲気が立ち込めていた。自発的な魔王エレシュキガル二世への畏敬の賜物といえば聞こえはいいが、当のアミルは少々の肩身の狭さを感じているらしかった。


 ラウラがアミルの私室へ入ると、彼女は真剣な面持ちでテーブルに向かっていた。アミルの前には、銀の光沢がまぶしいスイングアウト式のリボルバー。たどたどしい手つきで、アミルは銃のシリンダーに弾丸を込めていく。傍らで彼女を見守るドリヴァス大佐は、こちらに向けて軽く会釈した。


「やアどうも、勇者殿」


「おかえりなさい」


 剣呑な雰囲気から一転して、アミルは温厚な表情をラウラに向けた。


 こうしてアミルの護衛に当たる際には極力表情を険しいものにすまいと努めていたラウラだったが、しかし彼女は訝しげに、ドリヴァスとアミルの銃を見比べた。


「彼女にも、銃を持たせるんですか?」 


「なにかと物騒ですからな。私の目が届くところであれば、喜んでこの身を挺するところですが。お一人でいる際、万が一ということもありますでしょう」


 目どころか、頭蓋骨の存在すら朧げなドリヴァスはからからと笑って言った。


「私から教えてもらえるように頼んだのです。心配しないで、ラウラ」


「……そんなものを持ち歩かせないで済むなら、良かったんだけど」


「さっき、表で初めて実弾を撃たせてもらったの。思ったよりも疲れるのですね、たった六発で筋肉痛になってしまいそう」


「外に出たの」


「え、ええ」


「誰かに見られたりはしなかった? 周りに怪しい人間は居なかった?」


 語気の強まるラウラの言葉に、アミルは怯えがちに応じた。


「お、落ち着いてラウラ。ちゃんとドリヴァス大佐と一緒でした。ホテルの中だって、オリオール議員のご厚意で貸し切りにしていただいているのですよ」


 ピエール・オリオール上院議員は、確かに信頼のおける人物の一人である。新進気鋭のテクラ・クラカウ議員と同じく、ガリア社会党の立役者として名を馳せた政治家にして、ガリア国内で複数の宿泊施設を経営する実業家の一人であった。帝国出身の煙窟人という人種的ハンディを乗り越え、パリの一等地で成功を収めた大人物であり、社会党への参画やアミルたち魔王軍への呼びかけは、その出自から、格差と差別の是正を真に願うものに相違ないはずであった。


「警戒の方向が、いささか間違っているのでありませんかな。勇者殿もここらで一息入れては」


「少なくともボクはまだ、リーハイムのことは忘れちゃいない」


 それは暗に、ドリヴァスの発言にあった暢気さを諫めるような応答だった。ドリヴァスは決して無能な将ではない。しかし、実際にリーハイムの宿舎が橙色に燃え上がるさまを目の当たりにはしていない。ブロンド女の所業について今一つ掴みかねているところがあるのではないかという、ラウラの邪推によるところが大きかった。


 そしてあの女は、ヘルヴェチアとモスクワを隠れ蓑にしていたのだ。帝国を裏切り、諸国家に唾を付けては寄生する病害虫だ。どこに敵が潜んでいてもおかしくはない。


「しかし勇者殿とて、一睡もせずにパフォーマンスを維持することはできますまい。いざというときに満足に動けなければ、このスッカラカンにも劣るデクノボーの誹りは免れませんぞ」


 ドリヴァスは空の手甲で、同じく空の兜を小突いた。パコンという小気味よい音がした。


「ご忠告ありがとう、睡眠は欠かさないようにする。ただ、今のパリが単なる観光地とは思わないでおいてほしい。路地裏に潜んでいるのは、物取りや詐欺師だけじゃない」


 伏し目がちに唇を噛むアミルを見て、ようやくラウラは自分がどんな形相でいるか気づいた。


「ごめん、二人とも。大佐の言う通り、少しカリカリしてたみたいだ」


「……無理もないでしょう。ずっと、探しているんでしょう。エルチェのことを」


 鋭く図星を突かれたことで、ずきりとラウラの心臓が跳ねた。


 リーハイムの虐殺の日を境に、彼女は姿を消した。エルチェはもういない。死んだのだ、きっと。彼女は戦ったはずだ、理不尽な暴虐に立ち向かったはずなのだ。ふりかかる悪意の発露から人々を守るために、ふたたび杖を手にとったに違いないのだ。

 そんな彼女は、きっと殺された。あの女の手で。


 せめて遺体だけでもと思ってヘルヴェチア外務省に何度も問い合わせたが、エルフどもがラウラの訴えを聞き入れることはなかった。むろん本業であるアミルの護衛やブロンド女の追跡を疎かにすることはなかったが、エルチェの捜索が徒労に終わったことは、彼女の心に暗澹とした影を落としているのだった。


「それじゃあお言葉に甘えて、少し休ませてもらおうかな」


 苦労して作り上げた愛想笑いは、果たしてアミルに信じてもらえただろうか。確信が得られないまま、静かにラウラは退室しようとした。


 ドアを開けた先の廊下には、今さっき名前の挙がったオリオール上院議員の小柄な体躯が立っていた。ほかに数名のホテルマンや、ブルクゼーレ義勇軍の下士官の姿もあった。


「ベルギエン卿。こちらにおられると聞いて参ったのですが、少しお時間をいただいても?」


 ラウラはドリヴァスに目配せすると、オリオールを部屋に招いた。


「しかし……事が事でして。お人払いをするのが得策かと存じ上げるのですが」

「彼女に聞かれては、まずいことなのかな」


「いえ、そういったわけでは決して」


「私なら、構いません。お話が終わるまで別室で……」


「と、とんでもございません。押しかけたのは私どもの方でございますのに」


 予想外のアミルの譲歩に狼狽えるオリオールの真横を通って、ラウラはドアを施錠した。


 そのまま、ラウラはオリオールに尋ねた。


「何があったの」


「……実は、こんなものが」


 オリオールは手にしていたブリーフケースからひとつの封筒を取り出すと、おずおずとそれをラウラに手渡した。差出人は名も知らぬとある男性らしく、封蝋にはパリ市内にあるセント・ヴァレンタイン郵便局の押印があった。ラウラは中に納められた一枚の紙を取り出した。紙面には、走り書きの筆致の帝国語で文章がしたためられていた。


『第四皇女がパリに滞在している。


 あなたたちのチカラで、講和を実現していただきたい。


 党大会前日、午後十時。マラコフ通り一三四番地、ラ・ヴィラ・プリュムで待つ。


 勇者ラウラ様。エアフルトでの会食、リーツェンブルクでの火遊びに続いて、お逢いできる日を楽しみにしている』


「これは……」


 少なくとも、今では見慣れた非合法組織からの陳腐な脅迫状だとかの類ではない。告発文めいた雰囲気の一通である。


「……よく、見せてくれる?」


 アミルからの訴えに応じ、ラウラは手紙をドリヴァスに手渡した。改めて、紙に刺激物が染み込んでいるといったことがないのを確認すると、ドリヴァスは改めてアミルに文面を見せた。


「悪戯にしては具体的がすぎるように思えましてな。ベルギエン卿やドリヴァス大佐の指示を仰ぐのが得策かと思いまして、こうして参じた次第であります」


 剣呑な表情のまま、オリオールはラウラが手にする手紙をにらみつけた。


「仮にこれが真実だとして……」


「まさか、手紙の内容を鵜呑みにされるので?」


「そういうわけじゃない。ただ、指定されているのはパリ有数の高級ホテルだ、シノギを邪魔されたゴロツキが報復の場所として扱うには、いささか敷居が高すぎる。いたずらにしたって疑問が残る。襟を正したマフィア連中の示威とも思えない、彼らの警句はもっと血腥い」


 少なくとも差出人は二度、ラウラとの面会経験がある人間だといえた。エアフルト、それにリーツェンブルク。どちらもラウラには覚えのある地名であり単語だ。これがどちらか一方だけであれば、取るに足らない文面として捨て置いただろうが、リーツェンブルク宮殿に関する記述があれば話は別だ。帝国でアミル・カルカヴァンの身柄を確保し、これをフリュギアの国家元首として擁立させたことはともかく、リーツェンブルク宮殿への潜入作戦に関しては公になっていないはずである。ましてや、文中の火遊びという記述についても同じように、エルチェの使用した【魔術】に関してはなおさらだ。


 宮殿内では、所属不明の黒衣の一団と突発的な戦闘に陥った。あの直後にモスクワがヴィルヘルミーナ皇女の確保を発表したことを鑑みれば、十中八九あれはモスクワ軍の特殊部隊と断じることができるだろう。そしてまた、ラウラがエアフルトで会食した相手もまた、モスクワ軍の士官たちである。それも、かつては突破不可能とされた難攻不落のパルスベルク城塞を破った奇跡の男、ソロヴィヨフ大尉を筆頭とする部隊の面々だ。


 差出人があのソロヴィヨフ大尉本人だとすると、彼は自らヴィルヘルミーナ皇女の所在を公開するという、国益に反する行為に手を染めているということになる。理解しがたい行為ではあるが、ラウラはこの軍人の矛盾に満ちた行為を、さほどの違和感もなく受け入れることができていた。エアフルトやリーツェンブルクでの偶然の邂逅を、半ば暗号かのように交えて主張を発信しているところを見るに、差出人は何らかの拘束を受けているのではないかと推察できた。そう仮定するとなれば、ソロヴィヨフは不本意な立場で一連の事件に関与させられていることも考えられる。


 特に、あのリーハイムでの虐殺。ラウラの主観が多分に入り混じった第一印象では、ソロヴィヨフはあのように杜撰で突発的なジェノサイドを命じる人間には見えなかったし、また過度に人種的な偏見を持ち合わせているようにも思えなかった。彼のような人間が積極的にあの惨劇に加担しているとは、考えられなかったのだ。


 エアフルトでの出逢いから何度か手紙でのやりとりを試みようと、何通かの文を送ったが、よもやこうした形で返礼が来るとは夢にも思わなかった。


 しかし、この党大会前日という日付の指定ほどいやらしいものはない。恐らく差出人の想定の通りだろう。


「差出人はボクたちと同じように、戦争の終結を望んでいると考えていいと思う。彼は、ボクを名指しして、皇女殿下を託そうとしている。だとすれば、応じないわけにはいかない」


「本気でそう仰っておられるのですか」


 ドリヴァスが警戒の色を濃くしながら言った。


「件のブロンド女の差し金である可能性は?」


「今はボクらが連中を追っている側だ、あっちからわざわざ接触してくるとは思えない」


「意図的にベルギエン卿をアミル様の護衛から引き離すための謀りとも考えられませぬか」


「狙いはアミルにあると? 現時点で彼女を殺したとして、一体どこの誰が得をする」


 ただでさえ先進各国の世論は魔王軍擁護に傾きつつある。仮に魔王軍の行為を快く思わない勢力があったとしても、今の状況でアミルが落命すれば、いよいよ彼女が絶対不可侵の聖人として祀り上げられるであろうことは間違いない。人道的な大義に殉じた悲劇の聖者の後押しを妨げることなど、モスクワの物量戦術やブリタニアの航空兵力をもってしても不可能だ。


 当然ながら、これは虐殺を逆手に取った人気取りの策略だ。決して行儀のよい行いではないし、他者の同情を買って得た、その場凌ぎの偽りの支持であるということも承知している。ここまでしなければ、同盟内での発言力を維持することはできないのだ。逆説的には、アミルは同盟各国からの全力の庇護を受けられる存在だともいえる。


「殺すまでいかずとも、かどわかすことを目的として行動する集団も考えられましょう」


 オリオールがそう口にしてから、アミルの今の強みは、彼女に向けられる悪意そのものに強烈な牽制を与えられていることにあると気づき、やがて口をつぐんだ。呉越同舟と言わんばかりにブリタニア軍が屯し、警察組織が厳戒態勢を敷く現在のガリアでそうした犯行に及ぶリスクの大きさは考えるまでもない。それにラウラがアミルの傍から離れたとして、誘拐犯はプラザホテルに詰めるブルクゼーレ兵やフリュギア兵たちの警備を掻い潜らねばならないのだ。


「しかし……なにも、勇者殿自らが出向く必要はないのでは? 兵に対応させるだけで十分なように思えますが」


「指名を無視して、皇女の身柄を他所へ移されたら? 機会をフイにするわけにはいかない」


「私がラウラに同行するのが、一番安全なのではないかしら?」


 唐突に意見を出したのは、アミルであった。誰もが発案しなかったその希望は、同じく誰もが却下するであろう案でもあった。


「ラウラも、それで納得いくでしょう?」


「お戯れを」


「冗談のつもりで言ったのではないわ、大佐」


「どこの馬の骨とも知らぬ者が、手ぐすね引いて待ちかねているやもしれぬ場所へ、アミル様を向かわせることなどできませぬ」


「アミル様、どうかお考え直しくださいませ。御身にもしものことがあれば……」


 社会党内での自分の居場所がなくなってしまう、とでも言いたげな顔で、オリオールが懇願した。党大会における、アミルの参加に際しての諸々のセッティングを施したのはオリオールだ。箔を付けさせるため、旧王党派の重鎮たちにも出席を呼び掛けている。当日に用いる最新鋭の音響機材も、相応に高価なものだ。オリオールとしては、このような突発的なワガママが原因で今日までの東奔西走の努力が泡沫に帰しては、死んでも死にきれないのであろう。


「聖剣の庇護にあずかれないのであれば、どこにいても同じこと。皆も内心、それは感じているのではなくて?」


 勇者という個人の有する戦力は、只人ひとりを大きく凌駕する。将兵たちにとってそれは、自覚はすれども、口にしてしまえば自分たちの無能を認めてしまうことに他ならない。アミルの発言は、実質的にドリヴァスたちの反論を完全に封じるための意図が含まれていた。


「相手はやんごとなきお家柄に連なる高貴なお方です。フリュギアの魔王たる私が直接お迎えに参上するのが道理でしょう」


「アミル、でも」


「二度は言いませんよ、皆さん」


 頑なな主張を諫めようとしたラウラに、ぴしゃりとアミルは言い放った。


「皇女殿下がそこにおられるという可能性が少しでもあるのなら、私は行かねばなりません。そういう契約でしたわね、勇者ラウラ」


 漆黒に浮かぶ黄金色の虹彩が、ラウラにきっと向けられた。ベルリンを発ってからというものの、彼女がこんなにも激しく自己主張をすることなど皆無と言ってよかった。ドリヴァスはもとより、ラウラすらも半ば彼女のことを、無意識的ではあれど、傀儡かのように認識していた部分があった。ここでのアミルの気丈さに、驚愕してしまうくらいには。


「幸い、ここからさほど遠いわけではないでしょう。私も、今の自分の命が自分だけのものだとは思っておりません。この身を可能な限り、自分の手で守る覚悟はできています」


 テーブルの上に置かれた銀のリボルバーを手にして、アミルは言った。


「それさえ許されないのであれば、私があの広場に立つ理由もまたなくなります」


 弾倉が嵌る金属音が響く。撃鉄を起こし、アミルは銃口を自身の顎先に突き立てた。ドリヴァスとラウラは、弾倉内に弾が装填されているのを目にしていた。


「やめて、やめてくれ、アミルッ……!」


「アミル様、おやめください。どうか銃を下ろしてください」


「それなら誓って頂戴。私をミーナ様の……皇女殿下のもとへ連れていくと、この場でもう一度、誓ってみせて。そうしてもらえないのなら、こうして壁と絨毯に、血と脳漿で絵図を描いてみせますけれど……ラウラ。貴女は、私をここで自害させるために、リーツェンブルクから連れ出したというの?」


「アミル……」


「私にこうさせているのは貴女よ、ラウラ。貴女が私に銃を向けているの。おわかり?」


 温厚な彼女らしからぬ、重く沈んだ声色。恫喝めいた語気。文字通り、人が変わったとも形容すべき重々しい威圧。


「貴女も、私から自由を奪うというの?」


 魔王エレシュキガル二世の命を人質にして、アミルはラウラに迫った。


「お願い、ラウラ。私を連れて行って。ここから、出して」


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