ヴァイルブルク・スキャンダル(4)
その日のオスカー・ヴァイルブルク参事官の出勤は、二時間ほど遅かった。気づけば、太陽は天頂に上りかけていた。出勤の傍らで購入したビーフサンドイッチを口にしながら、オスカーは議事堂内の廊下を足早に歩く。
モスクワ本国やガリア側との各種折衝に追われる日々が続いており、それだけでも非合法な綱渡りを伴う激務であるにもかかわらず、同盟もとい魔王軍側からは、リーハイムの一件での事後処理を連日詰め寄られている。後者はオーギュストやリヒャルトが対応を担当しているはずが、気づけば始末をまとめて押し付けられる形となりつつあった。
リヒャルトに関しては、リーハイム事件で殉職した将兵の遺族への対応に奔走したり、何かと曰く付きのソロヴィヨフ中隊や騎士団のガリア入りに同行する目付け役というキナ臭い貧乏くじを甘んじて受け入れているということもあってか、そう業腹に感じることもない。一方で長兄たるオーギュストの職務怠慢は、いささか目に余るものがある。魔王軍側との対応を国防官僚たる自分に押し付けるばかりで、進捗の確認を取ろうにも、外務省側に業務を引き継いだ人材を用意していないなどの、きわめておざなりな対応が目立つのである。
声高には言えない非合法なヤラカシの揉み消しの見返りとして、ホテル内に宿泊する女を宛がってやるといった便宜を、オスカーはこれまで長兄に図ってやっていた。オスカー側への見返りが反故にされるといったことは、実のところこれが初めてであった。兄弟の血は、油よりも濃いのだ。オーギュストがお楽しみの最中に女を誤って殺してしまい、その後始末に骨を折ることはしばしばあったが、その恩を長兄が仇で返すようなことは、皆無だった。
オーギュストの放埓な性生活や、その独特な異性愛の形を批判するつもりはないし、実の兄である彼に対する親愛の念ももちろんある。今回の長兄の仕事ぶりにはいろいろと物申したいことはあるが、歩きながらサンドイッチを五割がた食べ終わるころには、その憤りは徐々に彼への心配へと変わっていた。仕事柄、そして小遣い稼ぎの業種柄、危ない橋を渡ってきたことはままある。剣呑な案件には自分以上にこなれた兄であれば、そう簡単に命を取り落とすことはないはずだ。
ああ、いやだいやだ。この心配性の気質は昔からだ。
奔放な兄や、彼と同じく奇矯な嗜好の持ち主の弟に挟まれていながら、オスカーは比較的凡庸な面のある人格の持ち主であった。異性との逢瀬や仕事の合間に、気の合う仲間との鳩撃ちに興じながら、これまでエルフとしての即物的な生を満帆に謳歌してきたつもりである。
だが今回ばかりは、無根拠な胸騒ぎを抑えられずにはいられなかった。こんなとき弟のリヒャルトにでも打ち明けられればいいのだが、彼は今頃ガリアとの国境を越えた先、ヴィッテルスバッハ伯やソロヴィヨフ大尉とともに、列車の客車でごとごと揺られているはずだ。
足元が浮つくような苛立ちを抱えながら、オスカーは執務室のドアを乱暴に開けた。
見慣れた室内の中、一か所だけ違和感を覚えた。オフィス奥に置かれた、オスカーのデスクの上。贈答用の四角い小包が置かれているのである。怪訝な顔を浮かべて、おそるおそるオスカーはデスクに近づいていく。小包は白い包装紙で覆われ、赤と青のリボンで丁寧に飾り付けられている。リボンには、一枚のメッセージカードが添えられていた。
『親愛なる弟オスカー、そしてイデアの君に捧ぐ』
とだけ、簡潔に記されていた。その文面から、小包とカードの差出人にオーギュストを浮かべたが、しかしどうにもオスカーは生理的な嫌悪感を拭えなかった。清潔にしつらえられた白い小包の箱にも、言い難い不快感が漂っているような気がしてならなかった。単なるオーギュストからのジョークというのも、あまり現実的とは思えない。
意を決して、オスカーは箱に手を触れた。リボンをほどき、包装紙を破り、箱を開ける。
中身を目にしたオスカーは、身震いさせて後ずさった。
そこには、オガクズに包まれた血まみれの人間の手首が、中指を立てて納まっていた。




