ヴァイルブルク・スキャンダル(3)
長兄の強姦未遂を耳にした三男リヒャルトがホテルの一室へ飛んできたのは、明け方すぐのことだった。
ノーラ達からの簡易な治療を施されたヘレネは、左目に眼帯を当てられ、頬に大きな湿布薬を貼り付けられていた。据わったままの右目でリヒャルトを捉えると、すっくとヘレネは立ち上がった。リヒャルトが怪我の具合を案じようと口を開きかけた瞬間、ヘレネのビンタがリヒャルトの頬を打ち抜いた。
「何しに来やがったこの野郎、あのレイプ魔のケジメでも代わりにつけるってのか」
リヒャルトは張られた頬を押さえ、ヘレネを見た。
「すべてはこちらの不手際によるもの、弁解のしようもございません」
深々と頭を下げるリヒャルトのみぞおちに、ヘレネの前蹴りが突き刺さる。リヒャルトは受け身も取らず、噎せ込んで倒れ伏した。
「当たり前だこのバカ野郎、あのクソの首さっさと持ってきやがれ! テメエんとこの官僚はいったいどういう教育してやがんだ! 来賓の寝込みを襲ってガキ孕ませんのがエルフの礼儀って言いてえのか、あー?」
憤怒の限りを尽くして、ヘレネはリヒャルトの腹に蹴りを入れ続ける。周囲の女騎士たちの視線が、蹲るリヒャルトを冷たく睥睨する。
「こともあろうに、このあたしを、あたしを犯そうとしやがった! あのノッポの長耳ごときが、あたしを! 汚ぇマラをイキり立たせながら、あたしの、あたしの顔を殴りやがった!」
なおも平身低頭するリヒャルトの頭を、ヘレネは再び硬い爪先で蹴り飛ばした。奥歯が折れ飛び、鮮血が花びらのように宙を舞った。
「確かテメェ、あのタンカス野郎の弟だったよなあ。テメェもあわよくばあたしと一発ヤれるとか考えて近づいたんじゃあねえのか。おい、聞いてんだよ」
リヒャルトの傍でしゃがみ込み、ヘレネは彼の前髪を掴み上げた。
血みどろの制裁の渦中にありながら、しかしリヒャルトは敬愛すら感じさせるような爽やかさを孕んだ表情で、にっこりと破顔してみせた。
「誤解を恐れずに申し上げるならば、恥ずかしながら、その通りでございます」
ヘレネはリヒャルトの顔面に膝蹴りを叩き込んだ。裂けた額から出血し、リヒャルトは悶絶しながら、床を這った。
「上等じゃねぇか、兄弟まとめてケツ穴にセメント流し込んでライン川に沈めてやっから覚悟しとけ! おっ死ぬそン時までタダじゃおかねぇからな。口からクソと内臓垂れ流すまで、つま先から輪切りにしてってやるからよぉ!」
やがてふらつきながら立ち上がると、リヒャルトは言葉の続きを口にした。
「貴女を慕っております、ヴィッテルスバッハ伯。慕うなんて言葉だけじゃ到底足りません、この地上のあらゆる悪意と残酷さから、貴女をお守りしてさしあげたいと」
騎士たちからの視線が、より冷たく鋭いものへと変わっていく。ケープ内の銃に手を伸ばす騎士もいた。
「守れてねェだろうがボケナスがぁ!」
言葉を終えるより先に、ヘレネに代わってノーラの肘がリヒャルトの頭部を横から叩き飛ばした。
「テメエのチンポの世話もロクにできねぇ兄貴を野放しにしといて、ふざけたことほざいてんじゃねェぞ!」
もんどりうったリヒャルトの顔面めがけ、ノーラは罵倒とともに何度も踏みつけた。
「いい加減ここでブッ殺すぞテメエッ! キメえんだよヒョロガリのモヤシ野郎! 青っちろい雰囲気イケメンのウスバカ風情が、調子くれてんじゃねぇぞこの野郎!」
「……ふざけてなど、おりません。ヘレネ卿ほど美しく聡明な女性は、今までの人生で見たことがありません。昨日など、いかにして彼女をファーストネームでお呼びできる名誉を賜れるかとずっと考え込んでおりまして」
「なんだァこの野郎」
ヘレネはノーラを押しやり、血だるまになったリヒャルトの元へと進み出た。彼の襟首を掴み上げると、引き抜いた拳銃の銃口を彼の顎先につきつけた。
「一体あたしに何が言いてえんだ? 自分がいかにイカれてるかアピりてえだけか? そういうの間に合ってんだ、大して面白くねえから要点だけ喋れよ」
「一目惚れを明晰に解説できる人間などいるはずがないでしょう。僕はただ、貴女に尽くしていたいだけ。貴女が美しくあれる瞬間を演出できるのであれば、文字通りなんでも致します」
不可解な嫌悪感からか、ヘレネはリヒャルトを突き飛ばした。
「つきましては今宵の落とし前……どうか僕につけさせてはくれませんでしょうか?」
口元をどす黒い血でまみれさせながら、リヒャルトは恭しくヘレネに傅いた。
ヘレネは彼の頭頂に唾を吐きかけると、その顎を勢いよく蹴り潰した。
「キッモ! 死ね豚!」




